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朱き帝國  作者: reden
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第66話 合同

 黒塗りの幕僚専用車が次々と王都キュリロスの官庁街に存在する王都衛視隊本部の敷地内に滑り込んでいく。

 前後の扉が開き、ソ連保安機関将校たちが次々と降り立つ。



 モラヴィア王国において、王都キュリロスの治安維持を担うのは内務省隷下の王都衛視隊である。

 これは守備軍とは別に市街の治安維持を担当する部隊であり、軽武装の衛視2000名と300騎程の軽騎兵からなる。

 市内の捜索に当たっては、王都の地理に精通した彼らが主力とならざるを得ない。

 王都内外の捜索指揮を執ることとなったクラシュキン、ルーキンはそれぞれの部下を引き連れて衛視隊本部を訪った。


 慌てた様子で出迎えに現れた王国軍将校が、ルーキンたちの前に立ち敬礼する。


「ゲラルド・ビューロウ少佐であります。皆様の御用をするよう命じられました」


「よろしく頼む」

 

 ルーキンは答礼を返すと、そのまま大尉の先導を受けて本部庁舎内へと足を踏み入れた。

 煉瓦造りの古びた階段を昇り、モラヴィア側の捜索本部として準備された一室へと入っていく。

 準備されていたオフィスはそれなりに広々としていた。クラシュキンとルーキンはそれぞれに室内全体へと視線を走らせる。

 部屋の中央には硬材のデスクが8組置かれており、壁には王都の市内……そして、王都周辺部の精緻な地図がかかっている。

 地図をしばらく眺めてから、ルーキンは案内役のビューロウ少佐に振り返った。


「―――さっそくだが、現時点での捜索状況について、説明してくれ」


 ビューロウは丁寧に一礼すると壁に掛けられた地図へと歩み寄った。


「貴国からの要請に基づき、既に王都の門は全て封鎖されております。無論、物流を完全に止めるわけにはいきませんので交通が全くないわけではありませんが、厳重な統制下にあるのは事実です」


「通行者のチェックはどうなっている?」


「基本的には逓信省が発行する通行証をもとに身分照会を行い、合わせて運搬する荷に関しても衛視があらためます。王都に住居を持たない冒険者などは、ギルドに直接照会できるよう、各検問には冒険者・魔術師ギルドから派遣された職員を常駐させております」


 ルーキンは一瞬、クラシュキンと視線を交わすと、気になった点を大尉に問う。


「軍関係の人間はどうだ」


 ソ連保安将校の質問に、モラヴィアの官憲は大きく頭を振った。


「今回のような状況に限らず、軍人の都市内外への出入りは常にチェックされています。軍属魔導師は国家の重要戦力ですので…仮に軍人を装って検問をすり抜けようとしても、逆に目立ってしまいます」


「ふむ…」


 ルーキンはちょっと考えてからクラシュキンに向き直った。


「聞く限り、目立った穴は無いようですね」


「聞く限りではな」


 にべもない答えに、ルーキンは苦笑した。

 ええ同志、警戒体制は完璧です…などという答えは、職務中に飲んだくれた不良民警だろうと返す類のものだ。

 NKVDの大佐に『大丈夫か』と聞かれてニェートなどと答える馬鹿はいない。

 問題は、彼ら衛視隊の完璧な警備体制とやらが末端まできちんと機能しているかという事だ。

 いずれにせよ、ルーキン自身が封鎖線を直接見て回る必要があるだろう。


(とはいえ…)


 そこでルーキンは衛視隊の少佐に視線を向けた。


「……ところで、君は王都の生まれかね?」


「はい。母方の実家が王都になります。それと私自身も、王都の衛視隊本隊には6年前より配置されております」


 期待通りの答えに、ルーキンは小さく笑みを浮かべた。

 地理に精通した地元の捜査官。これこそ求めていたものだ。


「では試みに問うが…君が魔道院の術者だったとして、王都からモラヴィア国外を目指すとしたら…どうする?」


「どうする…とは?」


「どんなルートで逃げるか。どんな変装、身分偽装を行うか…どうやって我々の目を欺くか、ということだ」


 暫く考え込む様子を見せたビューロウは、ややあってルーキンに向き直った。


「……捜査の状況によると思います」


「ほう?」


「ひとつは逃亡中であることを敵に…つまり我々に気付かれている場合。そして、もうひとつは庁舎の崩落に巻き込まれて既に死亡していると我々が判断していた場合です」


「なるほど。前者ならば?」


「乗合いの馬車か商隊に紛れるなどして近隣の都市を目指します。最短距離……主要街道を使うでしょうね。身分は……やはり冒険者が有望でしょう」


 冒険者ギルドは他の職能ギルドほどに大きな力を持っているわけではないが、国を跨いで存在するため身分照会を行うにも手間がかかる。いくらモラヴィアのギルドから人員が派遣されているとはいえ、他の身分と比べて誤魔化しが効きやすいのも事実だ。


「少なくとも、軍人に扮するという選択肢はありません。先程も申しあげましたが、チェックが厳しいので逆に悪目立ちするだけです」


 そして後者なら……と、ビューロウは言葉を繋いだ。


「国防庁舎からの転移によって一足飛びに都市外に逃れたのなら、先程の想定と同じように近隣の都市を目指します。都市外に隠れる場所など有りませんし、野生の獣などに襲われる危険性もあります。しかし、転移先が同じ王都内に留まるのなら、数日間は王都でほとぼりを覚まし、最短ではなく多少は迂回経路を使って都市外…ひいては国外を目指すでしょうね。当然いずれの場合も変装は行います」


 少佐の答えについて頭の中で検討を済ませると、ルーキンは大きく頷いた。


「宜しい、大いに宜しい。ではその二つのケースを想定して動くとしよう。まずは王都から延びる全ての主要街道と支道、そして街道の通じる都市の出入り口全てに検問を設置して非常線を張る」


 ルーキンは地図に歩み寄ると、王都から延びる街道の結節点を一つ一つ押さえていく。


「逃亡した魔導師達の年齢はかなりバラつきがある。人相は既に周知されている筈だが、変装している可能性も考え、調べる範囲は16から70歳までの男女全てをチェックしろ。いいかね?女もだ」


 ソ連保安将校の言葉―――形式としては要請だが、実質は命令に近いそれを聞いているうちに、ビューロウ少佐の顔が段々と引き攣っていく。

 100万近い人口を有する大都市。さらにはその周辺数百キロメートルが捜索範囲となるのだ。都市外に関してはその大半が無人の平野部として除外できるにしろ、衛視隊の人員でどうにかできる範囲を遥かに超えている。

 全身から拒否感が滲み始めている少佐に、ルーキンは冷ややかな一瞥をくれた。


「変装して逃げる…と言ったのは君自身だぞ?まぁ、これは私も同感だ。検問を抜けようとする者は子供と動物以外全て…いいかね、全て厳重にチェックするのだ」


 そこで一旦言葉を切り、ルーキンは顔色を悪くしている少佐を落ち着かせるように言い聞かせた。


「人員の都合が付かぬなら、魔道軍から更に引っ張ってきてもいい……というより、最初からその予定だ。それで奴らの逃走路はほぼ塞がる筈だ。これでも見つからんようなら、以後は王都近在で隠れ家になりうる場所一つ一つに徒歩パトロールを送りこんで虱潰しにする」


 現状でも、王都外縁の封鎖線―――その一部を構成しているのは王国軍部隊だが、ルーキンが言うような大規模包囲網を敷くとなれば更なる人員が必要になる。

 モラヴィア側は渋るかもしれないが、連中の都合などかまっていられるかというのがNKVD将校たちに共通する思いだった。なにしろ、ソ連側に引き渡すはずの叛乱軍首魁に逃亡を許したのは王国側の責任でもあるのだから。


「外の囲いはそれで良かろう」


 と、それまで黙っていたクラシュキンがおもむろに口を開いた。


 クラシュキンが通達した王都市内での捜査も、おおよそはルーキンと同じ手法だ。

 第一に一般の宿泊施設、魔道院関係者の邸宅や関連施設を当たり、それで見つからなければ一般の民家一軒一軒に総当たりすることになる。

 数十万都市の家屋を全てひっくり返すような大規模捜査など、モラヴィア人からすれば非常識というよりない領域だが、ロシア人の感覚からすれば国家規模の重大事である以上は『やって当然』のレベルである。

 

「検問の王国軍にせよ、赤軍にせよ、捜査の専門家ではありません。各検問には必ず保安管理本部の担当官、モラヴィア内務省の係官を最低一名ずつは付けなくては」


 ルーキンの意見に、クラシュキンはもっともだと頷いた。


「その辺りのスタッフは本部から連れて行け。モラヴィア側の担当官についてはエイチンゴン同志の交渉次第だが…まぁ時間はかかるまい」


 手早く打ち合わせを済ませると、ルーキンは自らの腕時計に視線を落とした。

 無駄にできる時間など寸刻とてない。


「……では、私は早速現場に向かいます」


 そういって、ルーキンはちらりとビューロウ少佐に視線を向けた。

 続けて、クラシュキンにも一瞥を送る。


「―――ああ、わかったよ。彼もつれていけ」


 苦笑交じりに片手をひらひらと振るクラシュキンに、ルーキンは生真面目に礼を述べると衛視隊の少佐を従えて部屋を後にした。

 後に残ったクラシュキンは、無言で壁に掛けられた王都の地図を睨む。

 暫くそうしていると、部屋の扉が開いてNKVDの大尉が入室してきた。


「失礼いたします」


 ちらりと大尉に視線を遣ると、クラシュキンは無言で顎をしゃくって報告を促した。


「同志大佐。ご命令通り、反乱鎮圧後、魔道院本塔へ出頭していない魔術師の自宅を全て押さえました」


「それで?」


「大半は自宅に籠っているところを拘引しましたが、一部、所在の判らなくなっている者が居ります」


「……ふん」


 クラシュキンの口元に酷薄な笑みが閃いた。


「いい兆候だ。その逃げた者について情報を全て洗い出せ。親類縁者、学友、隣人、上司、部下…過去に住んでいたことのある住所に至るまで、全てだ」


「はっ。了解しました」


 敬礼とともに命令を受領する大尉。

 彼が踵を返して部屋を後にするのを見送ると、クラシュキンは自らのブリーフケースをデスクの上に置き、その中から一束の書類を取り出す。

 そこにびっしりと書き込まれた魔術師の名前……そこに書かれていたのは、王国政府に帰順した魔道院導師たちだった。









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