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朱き帝國  作者: reden
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第64話 背水



 王都東部。王立魔道院。

 モラヴィア王国における先端技術・兵器研究の場として知られるこの施設は、王都東部の市街地を抜けて、そこから更に公園として整備された緑地帯を跨いだ先に存在した。

 石壁によって外部から完全に隔てられた敷地内には、総身に魔術印を刻み込まれた6つの尖塔が等間隔に六角形ヘキサゴンを描くようにそびえ立っている。

 それは魔道院を初めて訪れたこの世界の魔術師が、院の門をくぐって最初に目にし、そして驚愕に打ち震えるであろう光景だ。

 なぜなら、それら6つの尖塔は全てが大規模儀式魔術用の魔術触媒であり、各塔最上層に安置された水晶触媒は、其々(それぞれ)ひとつひとつが広大な王都全域に要塞級の防護結界を施せるほどの魔力・マナを貯蔵しているのだから。

 その膨大極まりない魔力は、魔力遮断結界の役割を果たす門をくぐって院の敷地内に足を踏み入れた者たちに、無形の重圧をもたらすものだ。

 そして、それら各塔を結びつける石畳のみちが描きだす六芒星ヘキサグラムの中心に、魔道院本庁舎たる【黒曜の塔】はあった。

 北方ルテニア山地より運ばれた魔石の巨岩を媒体に、錬金の極大魔術によって築き上げられた地上150mに及ぶ超高層建築は、純粋に魔術のみを用いて形成されたものとしては大陸最大の高層建築物として知られる。

 この塔に学究の居を構えることは、秘跡魔術師にとって最高の栄誉であり、わけてもその上層階に工房という名の研究所を置いている各系統魔術の部門長ら6人の最高位導師たちは、モラヴィア王国随一の大魔導師として大陸全土にその名を知られていた。


 1.召喚魔術部門長、魔道院議長、宮廷魔術師筆頭ヴェンツェル・エッカート


 2.錬金魔術部門長、魔鉱ギルド長フィデリオ・クルップ


 3.死霊魔術部門長、魔術学院総理事トラバルト・バーテルス


 4.精神魔術部門長、魔術師ギルド次席マンフレート・シャイベ


 5.創命魔術部門長、宮廷魔術師団次席、王国公爵公子ブラージウス・サンドロ


 6.付与魔術部門長、魔装具ギルド長アポロニウス・ハイネマン


 彼ら六導師たちが【黒曜の塔】より行う采配は、魔道院内部のみに留まらず王国の経済・軍事・産業・教育の様々な分野に及び、その影響力は省の中の省と評される王国内務省にさえ比肩するほどだ。

 

 【魔法王国】を号する大モラヴィア王国が既知世界最高峰と謳う魔術研究機関。

 その最上階へと至る階段を昇りながら、死霊魔術師ネクロマンサートラバルト・バーテルスは通路の至るところで直立不動の姿勢で立哨する赤軍兵士の姿を目にする。

 

(まるで牢獄だ)


 自然とそんな考えが頭に浮かぶ。

 王国有数の名門を率いる当主として、【黒曜の塔】上層に執務室を構えるようになって久しくあるが、こんな感想を抱くのはこれが初めてのことだ。

 平時であれば、塔の階層間は各魔術部門の研究員たちが忙しなく行き交ってそれなりの喧噪をみせる。

 この塔自体が建てられたのは今から200年近くも前のことであり、その頃より魔道院の本部機関として利用されているだけに、魔道院の規模・権能が大きく拡大したこの時代にはかなり手狭になりつつあったのだ。

 とはいえ、魔石を素材とするような建築物を軽々に増築などできるものではない。

 純度こそ低いとはいえ、本来なら魔石は紅玉ルビー蒼玉サファイア瑪瑙アゲート翡翠ジェイドなどの宝石類と同様に魔術媒体として利用され、あるいは純度の高いものは宝飾品としても珍重される希少石なのだ。

 この塔ひとつの建造に、モラヴィア宮城の築造と同等の予算を要した点からもその破格ぶりは明らかであり、これに大規模な増改築を施すとなればそれこそ目が飛び出るほどの予算が必要となる。

 塔が建てられた当時のモラヴィアならいざ知らず、マナの枯渇という国難によって国力を減衰させつつあった現在の王国政府には、そんな大散財を行えるような余裕などない。

 現在では、旧来あった実験施設や書庫の一部、教育機関などは比較的新しくできた魔術学院や宮城の宮廷魔術師団本部といった王都内の各施設に分散移転してしまっている。

 それでも、この場所がモラヴィア王国最高峰の魔術機関であることは疑う余地もない事実であり、この塔に勤務する証である漆黒の法衣ローブは魔術師としての栄達の証として魔道を志す人々の羨望と憧憬の対象となっていた。


 だが、そんな喧噪も今は完全に鳴りを潜めている。

 罪人を監視する牢番のように塔の至るところに立哨する異界軍兵士たちから注がれる無機質な視線は、本来の住人である魔導師達の精神にとって大きな負担だった。

 特に、これからその牢番たちの頭目に―――それも、最高位導師たちの集団逃亡という事態を前に怒り狂っているであろう者達に会わねばならないトラバルトは、既に生きた心地がしなかった。


「例の分析は……済んでいるな?」


 トラバルトは視線を前に向けたまま、自らのすぐ後ろを歩く初老の魔術師に問うた。


「はっ。そちらの資料は幸いにも師の書斎に破棄されることなく残っておりました」


 緊張にこわばった表情で口早に答えた魔術師は、しばらく落ち着かなげに周囲に視線を飛ばすと、ややあっておずおずとトラバルトに話しかけた。 

 

「その…我々はいったいどうなるのでしょうか?」


「さてな。現状では、あまり愉快な未来は想像できんが……差し当たっては逃亡したヴェンツェルらを捕えるのが先決よ。異界軍はもとより、先の騒乱のことも考えれば、奴らをこのまま野放しにしておいては戦後に要らぬ憂いを残すことになる」


 ソ連側も死に物狂いでヴェンツェルを探すだろうが、その過程でトラバルトたちも多少なりとも捜索活動に貢献することで自らの生き残りを図らなければならない。

 救世計画に直接の関与はしておらずとも、魔道院自体に対する王国政府……そしてソ連の不審は大きなものとなっているはずだ。

 騒乱当初より王国政府支持を鮮明に示してきたバーテルス閥は、今のところ政府から庇われてはいる。

 だが、ヴェンツェルの逃亡という失点をソ連側が追及し、その矛先が魔道院の残留組に向けられたりすれば、場合によっては現政府や王室の安全を担保するために、トラバルトたちがヴェンツェルの代わりに生贄にされる危険性もありえた。

 なにしろ、救世計画そのものに関与していなくても、戦時中の屍兵アンデッド戦術をはじめ、バーテルス閥の死霊魔術師はソ連側に少なくない出血を強いているのだ。

 ソ連側からすれば、脅威度という点ではトラバルトたち残留組もヴェンツェルらと大差無いのやも知れない。


「……ことの成否は、君自身の命にも関わる。その点は十分に認識しておくことだな」


 ちらりと肩越しに振り返り、トラバルトは同行者に釘を刺す。

 初老の男は召喚魔術部門に属する魔術師の一人だった。

 死霊魔術師ネクロマンサーと異なり、召喚魔術師サモナーは部門総力を挙げて救世計画の運行にあたっていた。

 男は召喚魔術師サモナーとしてそこまで高い序列に居るものではなかったが、それでもヴェンツェルが見つからなかったときは確実に生贄にされるだろう。

 トラバルトの脅しに、男は顔を青褪めさせ、怖気るように身を震わせるのだった。

 




 ■ ■ ■






「定刻に間に合わず、誠に申し訳ない。少々、資料集めに手間取りましてな」


 謝罪の言葉とともにトラバルトらが入室したのは、塔の最上階。

 魔道院の支配者たる六導師による幹部会議の場として利用される広間だった。

 広間の中央には黒檀の大円卓が設えられ、本来なら六導師とその補佐役である次席導師が座するべきそこには、今次戦役の勝者たるソ連邦の秘密警察チェキスト将校たちが顔をそろえていた。

  

「それが実りある仕事なら、我々としても咎め立てする気はないとも。では、君ら魔術師としての考えを聞かせてくれ」


 感情を滲ませない平坦な口調で先を促したのは、円卓でも入口に最も近い位置に座っていたユダヤ系の大佐……国家保安管理本部特殊任務部のヤコフ・セレブリャンスキーだった。

 1930年代には対外情報局長として辣腕をふるったものの、ベリヤの前任者であるエジョフの失脚にとともに粛清―――シベリヤ送りにされていた男だが、異世界転移にともなう情報機関海外駐在部の壊滅に伴い、人員補充の一策として釈放され、今はモラヴィア派遣グループの一員としてエイチンゴンを補佐する立場にある。

 この場には、セレブリャンスキーのほかに8人の将校がいた。そのうち大佐以上の地位にあるのはルーキン、クラシュキン、エイチンゴンであり、残りは防諜部、特殊任務部、国内軍から選抜されたエイチンゴン直属のスタッフたちである。

 ちょうどこのとき、ベリヤの直接命令によってモラヴィア国内に残存する叛乱軍掃討作戦【ザリアー】が発動されており、ソ連国内から内務人民委員部直属の国境軍部隊が大隊・旅団単位で続々と越境を開始していた。

 ベリヤの代理の一人であるボグダン・コブロフ上級大将指揮のもと、モラヴィア全土を舞台にした魔術師狩りが開始されつつあったのだが、そのことを現時点でトラバルトたちは知らない。


 上位者に報告を述べるような態で、トラバルトは自らの居住まいを正すと、居並ぶ将校たちに一礼した。


「調査の進捗ですが、……まず、我らの手の者がヴェンツェルらの消えた国防庁舎跡を捜索し、彼の地に残された魔力の痕跡を辿りました」


 多くの魔道院術者が反逆した中にあって、派閥揃って王政府に帰順したバーテルス一門は現在の王都にあってもっとも多くの高位導師を抱えている。

 その大半が死霊魔術師という点をソ連側は警戒したものの、現実的に見て、魔術がらみの捜査を行うのに彼ら以上の適役がいないことも認めざるを得なかった。

 本来であれば、万一にも彼らが裏切り、モラヴィア国内でパルチザンと化した場合の危険性を考えるなら、死霊魔術師を野に解き放つなど有り得ないことではあるのだが、モスクワからの厳命がこれを可能にした。

 何らかの手段を用いて王都から逃げ去った高位魔導師達。

 彼らの捕縛こそがベリヤからの至上命令であり、これを万一にも取り逃がすようなことがあれば、下手をすれば現地保安将校達の首がまとめて吹き飛びかねないのだ。


『失敗は許されない。万一、魔導師達を取り逃がすような事態になれば…下手をすれば我々自身が囚人列車に乗せられてアルハンゲリスクあたりに送られかねん。まぁ銃殺かもしれんが』


 王都到着に先立ち、エイチンゴンからそう告げられた保安将校たちは、それこそ督戦隊に背後から銃口を向けられた懲罰大隊員の心境で任務に臨むことになった。

 特に、既に一度シベリヤ送りを喰らっているセレブリャンスキーなどはさらに必死にならざるを得ない。

 元々エジョフ閥の一員であった彼の政治的な基盤は至って脆弱であり、また再び失脚することにでもなれば、今度こそかなりの確率で命を落とすことになるだろうから。


 そんなNKVD将校達の裏事情など知る由もなく、彼らの放つ異様なまでの気迫に内心で気圧されながらもトラバルトは報告を続ける。


「魔力そのものは、庁舎の敷地内より動いた形跡は見られませんでした。つまり、ヴェンツェルらが徒歩によって庁舎外に逃れた可能性は低いという事です」


「つまり、空から飛竜などに騎乗して逃げたという事かね?そんな報告は赤軍からも受けていないが」


 セレブリャンスキーのいぶかるような問いに、トラバルトは頷いた。


「召喚魔術同様に空間に働きかける系統の魔術として【転移】と呼ばれる術系統がございます」


「……転、移?」


 不穏極まりない響きの単語を聞き、セレブリャンスキーは表情を凍り付かせて鸚鵡返しに呟いた。

 魔術に造詣など一切無いが、『転移』などと称する魔術がどんな効果を持つかなど容易に想像がつく。 

 将校たちの顔色が変わったのを見て、トラバルトは軽く咳払いすると結論を告げた。


「恐らく、想像されている通りかと。これは、空間転移……物質を遠隔地へと転移させる召喚魔術の亜種にあたります」









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