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朱き帝國  作者: reden
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第54話 黄昏




 市街地における最大の激戦が終局へと向かう中。

 進撃を続ける赤軍は近衛軍兵営の制圧に続き、国防省、そして宮城の攻略へと着手した。

 いち早く赤軍の先遣隊が到達したのは距離的にも近い国防省だった。第201空挺旅団の第2大隊がこの任に充てられ、庁舎内に立て篭る叛乱軍首脳部を捕縛するべく庁舎周囲には水も漏らさぬほどの包囲網が敷かれることとなった。


 もともと、本作戦においてはモラヴィア軍部における幾人かの高官・重要人物が確保対象として捕縛を命じられていたのに加え、庁舎に立て篭っているとみられる叛乱軍首脳部―――すなわち魔道院主戦派は、ソ連政府として何としても捕らえ、裁きの場に引き摺り出さねばならない第一級の戦争犯罪者たちである。

 赤軍としては先の砲撃によって半ば崩落した国防庁舎内に歩兵を多数送り込み、それら重要人物の捜索に当たろうとしたのだが、そこへ今度は庁舎内に残っていた生き残りの叛乱軍将兵による抵抗に遭遇したのだ。

 庁舎内の机や戸棚で有り合わせの防壁をしつらえ、短杖ワンドを向けて抗戦を試みる叛乱将校たち。それだけならばさしたる脅威というわけでもないのだが、僅かに生き残っていたらしいキメラまでが屋内で襲撃をかけてくるにいたり、赤軍側も予想外に攻めあぐねることとなった。


「投降せよ!我々はモラヴィア王国政府の要請のもと、当地に展開している。これはモラヴィア国王の要請に基づいた軍事行動である!抵抗を止め、直ちに降れ!」


 号を煮やした政治将校ザムポリトの呼びかけに、裏返った叫び声が返答する。


「蛮族などに降るものかっ!」


 一連のやり取りを遠巻きに見て取った包囲部隊の大隊長は即断した。

 当初忌避された庁舎への砲撃自体、既に旅団長から裁可を得ているのだ。

 これ以上、僅かな残兵ごときに手間取って作戦を遅延させるわけには行かなかった。

 ……兵の損害よりも作戦スケジュールを躊躇なく優先するあたり、ある意味ではまこと赤軍将校らしい判断と言える。


 直ちに庁舎めがけて迫撃砲弾が降り注ぎ、入口周辺に防御線を築いていた叛乱軍将校たちを纏めて吹き飛ばした。


「2中隊は順次突入。1,3中隊は包囲継続。……誰一人逃すな」


 ひとしきり命令を下し終えると、大隊長は黒煙をたなびかせている国防庁舎を忌々し気に眺め遣った。

 喊声ウラーとともに、砲撃により抵抗の弱まった庁舎内へと突入していく空挺中隊。

 突入からほどなく、建物内から小規模な爆発音と獣の怖気だつような咆哮が漏れ出てくる。

 再度の攻撃が開始されたことで、近在の部隊を統括する大隊本部の周囲は俄かに慌しくなる。


(……これで、宮城を除く制圧目標は全て落ちたか)


 内心で大隊長はひとりごちる。

 奇襲効果に加え、城門奪取後の市街地への展開。それらの手順に問題はなかった。

 むしろ、空挺による重要拠点急襲の好事例として教本に記載されても良いほどの手際だったといってよい。

 事実、モラヴィア側が予想外の新兵器を繰り出してくるという想定外の事態に見舞われつつも、赤軍は作戦目標を予定通り達成しようとしている。

 空挺作戦に当たって、危険度の高い段階とは第一に降下直後の部隊展開。第二に、部隊の性質上起こりうる、作戦中は部隊単独で敵地に孤立することで優勢な敵に包囲される危険性が高まるという点だ。

 今回、第一の難関であった城門の突破を最小限の損害で切り抜け、かつ王国政府において主導的立場にある対ソ講和派の協力を取り付けていることから、外部からの増援と王都の叛乱軍に挟撃される危険性も低い。

 ……実際のところ、戦争相手国に内紛鎮圧を頼み込んでくるようなモラヴィア王政府の軍部統制能力について、ソ連側は内心では相当低く見積もっており、最悪の場合、王都に飛び込ませた空挺軍団は王国魔道軍の袋叩きにあって殲滅される可能性すら参謀本部においては真剣に討議されていたりする。

 本作戦自体、【投機的に過ぎる】と渋るシャポシニコフ以下参謀本部の幕僚たちの進言を、政治局が押し切ってやらせたようなものなのだ。

 降下を含めた市街での戦いで赤軍が被った損害は決して少ないものではなかったが、それに見合うだけの戦果は得ている。それが空挺軍司令部の判断だった。

 ある意味で、予想外に上手く事が運んだといえる今回の作戦について考えを巡らせていると、突入部隊からの通信を受け取ったらしい空挺軍少尉が小走りに大隊長のもとに駆け寄ってきた。


「同志少佐。突入部隊より報告です。建物内の地下区画に軟禁されていた魔道軍将官6名、佐官19名を確保したとのことです。なお、叛乱軍司令部と見られる者たちに関しては現在、建物の上部階層に追い込みつつあります」


「…中にはキメラの存在が確認されていたな。そちらへの対処は?」


 大隊長の問いかけに、少尉は表情を微かに曇らせた。


「3体は仕留めました。しかし、こちらも既に1小隊喰われています。損害のほとんどは上階への移動時に頭上から狙われたものです」


「どこまでも祟ってくれるな。さっさと降れば良いものを…」


 何処までもしぶとく抵抗を試みる叛乱軍に、些か辟易とする大隊長ではあったが、実際のところ、仮にここで投降したところで叛乱軍首魁の魔導師たちにまともな未来などはありえない。

 ソ連からすれば今次戦役における最大の戦犯であり、王国側から見ても王政府に弓を引いた反逆者でしかないのだ。

 モラヴィア政府は自分たちの降伏にあたって、自らに向けられるであろうロシア人たちの怒りを僅かでも逸すべく叛乱軍の首魁たちに一切合切の戦争責任をひっかぶせようとするだろうし、これを止める理由などソ連側にはない。

 特に、ヴェンツェルを筆頭とする召喚魔術師などはソ連邦の安全保障の見地からいっても、先に降った魔術師たちのように己の知識と引き換えに自由を得ることさえ不可能といえた。

 むろん、その程度のことは叛乱軍側も予期しているだろうし、それが故の抵抗であろうとも考えられた。


「まぁ、良い。そこまで追い込んだのなら化け物どももこれまでのように非常識な機動はできまい。後続の隊を投入して始末させろ」


 キメラさえ処理できれば、あとに残された魔術師や歩兵などものの数ではない。

 これで、片が付く。

 既に市街地に陣取っていたモラヴィア叛乱軍の主力は、既に戦力として計上できるようなものではなく、赤軍が被った損害はこれまでのところ当初の想定をかなり下回っている。

 加えて、叛乱―――対ソ主戦派がいうところの【決起】にあたり、市街地全体が叛乱軍の布告によって戒厳下に置かれていたことも、王都内での大量の避難民発生を防ぐという意味で赤軍にとってプラスに働いた。

 戦闘中、市内を難民化した王都住民が埋め尽くしているような状況では、幾ら司令部が規律徹底を謳ったところでそちらへの被害を抑えることなど不可能なのだから。

 

(これでようやく―――)


 自身が発した命令を持って通信手のもとへ駆けていく少尉の姿を見届け、そして何気なく国防庁舎へと視線を向けた所で大隊長は妙な違和感を覚え、眉を顰めた。


「――――なんだ?」


 赤軍によって幾重にも包囲された国防庁舎。一瞬―――その建物全体が陽炎のように揺らいだ気がした。







 ■ ■ ■







 「ダワイダワイけ!」


 「将官、及び魔道院の術者は可能な限り生きたまま拘束しろ!」


 自らも短機関銃を手に油断なく周囲を警戒しつつ、ドミトリー・クルイロフ中尉は麾下の小隊員を率いて叛乱軍を国防庁舎の階上へと追い込みつつあった。

 庁舎内の至るところには先行して突入した部隊が行なったらしい銃撃の痕跡、そしてソ連・モラヴィア両軍兵士の屍が其処此処に転がっており、階上からは散発的な銃撃音が響いてくる。

 深部へと進み、やがて階上へと繋がる庁舎東端の階段踊り場へと辿り着いたところで、一際大きな爆発音が聞こえ、それまで階上から聞こえていた銃撃音がピタリと止んだ。

 一瞬硬直する一同の耳に、何か重いものを引き摺るような音が小さく聞こえてくる。 


(……負傷兵か?)


 クルイロフの困惑を見てとったか、隊の先任下士官が進み出る。


「小隊長殿。自分が先行します」


 軍曹セルジャントの襟章をつけた屈強な下士官の言葉に、クルイロフは短く「よし、行け」と告げた。

 指揮官の許可に頷きを返すと、軍曹セルジャントは片手を上げて小銃兵2名に合図し、3人で素早く踊り場へとつながる扉に駆け寄った。

 兵のひとりが武器を短機関銃から自動拳銃に持ち替え、他2人が警戒する中、ドアを蹴り破る。


 踊り場に飛び込んだソ連兵たちは、視界に飛び込んできた光景と、鼻腔を刺激する強烈な血と臓物の臭いに表情を引き攣らせた。

 まるで巨大な棍棒で打ち砕かれでもしたかのように、頭蓋をぐしゃぐしゃに潰された遺骸が、多数の肉片や血糊とともに踊り場に散乱していた。

 遺骸が身に纏っているのは上下つなぎの特徴的なカーキ色の軍服―――先行して突入した空挺兵のものだ。

 数を数えること4体。

 辺りには遺骸が放つ吐き気を催すような死臭と、獣臭が立ち込めていた。


(待て……獣臭?)

 

 危険を真っ先に察知したのは軍曹セルジャントだった。


「上方警戒しろ!」


 表情を焦燥に歪めた下士官の叫ぶような命令に、続く兵二人が慌てて武器を踊り場の階上へ向けようとした所で、彼らの頭上を異形の影が被った。

 驚愕に凍りついた表情もそのままに、踊り場の入口付近で固まっていた空挺兵2人は階上から一足飛びに飛び込んできたキメラの四肢によって、頭から踏み潰された。 

 肉と骨を挽き潰す生々しい音とともに、人体の欠片が飛散する。


アゴーイて!」


 ほとんど間髪入れずにクルイロフの命令が飛ぶ。

 たちまち室外からの銃弾の雨がキメラに襲いかかり、唯一難を逃れた軍曹も室外からの【援護射撃】の射線から逃れるように飛びすさるや、部下を失った怒りに表情を歪めつつ、自ら手榴弾のピンを引き抜いてキメラに投擲する。

 床を反跳した手榴弾がキメラの足元に転がるのと、軍曹が室外の味方に警告を発しながら、爆風を避けるべく階段脇の陰に転がり込んだのはほぼ同時だった。

 一拍置いて、閃光と爆発が踊り場を染め、獣の半身を吹き飛ばした。


「糞っ垂れが!忌々しい化け物どもめ」


 辺りに舞い散る埃に軽く咳こみつつ、軍曹は毒づきながらキメラの死骸に歩み寄り、完全に息の根が止まっていることを確認してから室外の味方に手を振って合図した。

 たちまち短機関銃を構えた兵たちが踊り場になだれ込み、周囲を警戒しつつ階上へと駆け上がっていく。


「これで仕留めたキメラは何体目になる?」


「4小隊が撃破したものと合わせて、今回で3体ですな。しかし、酷いものだ」


 クルイロフの憮然とした問いに、小隊の政治担当将校が応える。

 赤軍において、小部隊の政治将校を兼任するのは大概は部隊の副長であり、この小隊の政治委員も、正しくは政治担当小隊長代理という役務を負っている。

 緊急時においては隊指揮にも介入する権限をもち、一方で隊の任務失敗においては指揮官同様に責任を負わねばならない政治将校。

 この、ある種異様な組織構造は、赤軍が国家と言うより共産党という政治組織の軍隊であるところからきている部分が大きい。

 赤軍とは共産党の政治理念を守り、実現するための軍隊であり、その任務達成には共産主義者としての明快な目的意識が欠かせないというわけだ。


「しかし…実際に遭遇してみると、想像以上に手強い」


 唸るように呟く政治将校ザムポリトの視線はキメラの屍へと注がれていた。

 ここまで肉体を破壊されれば流石に絶命は免れないものの、この怪物の生命力は明らかに並の生物を上回る。

 流石に頭部を潰されたり、肢体を両断されても生きているような昆虫などには及ばないが、歩兵用の小火器では相当な火力を集中させなくては致命傷を与えることができない。

 実際、このキメラにしたところで倒す決め手となったのは軍曹が危険顧みず至近距離から投じた手榴弾である。

 そこでふと、クルイロフは何か思い至ったように苦笑を口の端に浮かべた。

 

「この作戦が終わり次第、あの男には赤旗勲章を申請してやらねばならんと思うのだが……どうだね?」


 これまで、あのキメラ一体仕留めるために一分隊が全滅するほどの損害を被った部隊もある。

 今回、犠牲なしとはいかないまでも死者2名と引き換えにあの怪物を始末できたのは大きい。この作戦の重要性も考え合わせるなら尚更のことだ。

 当然、戦功に対する見返りはあってしかるべきだろう。

 そう小隊長に水を向けられ、政治将校ザムポリトは生真面目な面持ちで頷きを返した。


「私もそれが至当と考えます、同志中尉。あとで、ボリスの奴には私から伝えておきましょう」


「ああ、良いようにやってくれ」



 ―――確保!


 フロアの安全を確認したことを告げる報告が上から聞こえ、二人の将校は無言で階上を見上げた。


「ようし」


 クルイロフは政治将校ザムポリトの肩を叩いた。


「こいつは、王都での作戦の総仕上げ…魔法王国の黄昏スーミルキィという奴だ。最後までやろうじゃないか」


 王宮に向かった連中も同じことを言うだろうがね、と言い添える中隊長に政治将校ザムポリトは一瞬虚をつかれたようだったが、すぐに表情を引き締めると同意だと言いたげに頷きを返した。


「貴方にも勲章の申請が必要になりそうですな、同志タヴァーリッシ


 政治将校ザムポリトの言葉にニヤリと笑みを返すと、二人は階上に展開する兵たちに続き、階段を駆け上がっていった。 







更新が滅茶苦茶遅れて申し訳ありません。以前、隔週くらいで投稿できていた頃に更新早いと褒めてくださった方にもお詫びします_(._.)_

次はできるだけ早く上げられるように、努力します。

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