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朱き帝國  作者: reden
36/79

第28話 落日

1941年 8月29日

モラヴィア王国東部 州都ブルーノ城壁






 砲弾の炸裂と共に、巨大な焔の壁が視界一面を覆い尽くす。

 一拍遅れて耳を貫く、脳を揺さぶるような爆発の轟音。

 大結界によって完全に守られていると頭の中では理解していながらも、防御塔内の魔術師たちは反射的に身を竦めた。


「ちくしょう!なんて威力だ」


 守備兵の罵声も、どこか遠くに聞こえる。

 ゴードン・ブラームス機鎧兵少佐は防御塔内に設置された水晶柱に己の魔力を注ぎこむ事に全神経を集中させていた。

 外壁内の防御塔には、守備兵の魔術師が放つ攻撃用魔術の威力を増幅するための触媒として水晶柱が設置されている。

 本来の用途とは異なり、現在それは外壁を覆う結界の強化のためにすべてのリソースが注力されていた。


(糞っ!糞っ!糞っ!これほどの短時間で大結界が破られるというのか!?化け物め、化け物どもめ!!)


 眼を血走らせ、全身全霊をもって膨大なマナを蓄えた水晶に魔力を送り込んでいくブラームスをはじめとした魔術師達。

 今、防御塔内には焦燥に張りつめた空気が満ちていた。

 異世界軍によって開始された攻撃。

 事前情報にもあった、グレキア梯団を壊滅させたという【炎の壁】は、今のところ全て防がれている。

 市街にはもちろんのこと、外壁にも傷一つ付いてはいない。

 結界は物理的な衝撃波を含め、砲撃の着弾によって発生するありとあらゆる余波を完全に受け止め、遮断している。

 あるいは此処に居る彼らが魔術師でなければ、これほど切迫した空気は生まれなかったやも知れない。

 しかし、新参者のゴーレム使いたちは言わずもがな。守備兵たちにしたところで、防御塔に配置された者たちは皆が魔術戦要員であり、一兵卒に至るまでが下位とはいえ魔術師なのだ。

 故に。魔力を、マナを感じ取ることのできる彼らにはわかる。

 結界の外で荒れ狂う凄まじい爆炎が。荒れ狂う衝撃波が。

 都市中枢の大水晶から魔力とマナを供給され、生半な攻撃では負荷をかけることさえ出来ないほどに強力な筈の結界が、今にも異界軍の攻撃に圧し負けようとしていることが。

 幾つもの触媒を介しているとはいえ、結界に魔力を注ぎこんでいる魔術師達には攻撃のたびに悲鳴のような軋みをあげてうねる大結界の存在を、そして過剰な負荷によって少しづつ亀裂を生じさせつつある水晶触媒を感じ取ることができた。

 それゆえに焦りも強い。


「ローライン!到着までの時間は!」


「あと半刻ほどです。全力で突っ切ってもそれ以上は無理です!」


 ほとんど怒号に近い勢いのブラームスの問いに、部下の女魔術師は一切の余裕を失った表情で半ば悲鳴のような声で返した。

 アイアンゴーレムは鈍重だ。もとが二足歩行の鉄の甲冑である。

 いくら疲労することのない魔法生物とはいえ、騎馬・騎竜のような移動速度など期待するほうが間違っている。

 

(だが……これ以上は持たんぞ!?)


 縋るような思いで、ブラームスは防御塔の開口部から周囲を覆う大結界を見上げる。

 当初、あれほど堅牢に思えた大結界。しかし今では立て続けに撃ち込まれる砲弾に激しく揺さぶられ、今やそれは何時破られてもおかしくないほどに頼りなく見えた。


「急がせろ!もう結界は長く持たん。あの兵器の威力では城壁もどこまで持つか……死にたくなかったら全力で走らせるんだ!」


「しょ、承知しました!」


 鬼気迫る形相で叱咤する上官に、ゴーレム使いたちは身を竦ませながらも必死で己のゴーレムを操っている。

 自分が無茶を言っている事を理解しながらも、ブラームスとしては他に言いようがなかった。


 最善を尽くしているのは分かる。十分に。だが、こちらとて、もう限界に近いのだ。 

 塔内に安置された水晶柱。

 政庁の大水晶とともに結界に魔力を送り込む触媒の役割を果たしているそれは、今や至るところに亀裂が入り、今にも砕けそうなほどに罅割れている。


「頼む……あと少し……あと少しだけ持ちこたえてくれ!」


 水晶に手をかざし、己の魔力を注ぎ込みながら、祈るような思いでゴーレムの目的地到着を待ち望む。

 しかし、その望みは次の瞬間。轟音と共に崩れ去った。

 

 結界を揺さぶる爆発と衝撃波。続いて耳をつんざくような轟音。

 それだけなら先程までと変らない筈だった。

 しかし、今度は違う。

 僅か。ほんの僅かではあったが、城壁が―――防御塔そのものが衝撃によって鳴動したのだ。

 水晶の亀裂がさらに広がり、その一部が欠け落ちて床に反跳する。

 それを目にした魔術師たちの顔から一気に血の気が引く。

 ブラームスは愕然とした面持ちで立ち上がると、塔の開口部に駆け寄り、身を乗り出して外を見た。



「――――なんだ……あれは……」



 喘ぐような声が、絶望と共に吐き出される。

 異世界軍の野戦陣地。

 その前面に、先程まではいなかった奇怪なゴーレムが居並んでいた。

 車両の前面に長大な大筒を据え付けた、異世界軍のゴーレム―――しかし、これまでに見たものとは決定的に違う部分があった。

 遠見の魔術を使用した偵察によって、ブラームス自身、異世界軍が保有しているゴーレムは何種類かその目で見てきている。

 だが、眼前に居並ぶそれらは、今までにとは明らかに違って見えた。

 その車体には不釣り合いなほどに巨大な大筒が据え付けられている。異界のゴーレムがその大筒を最大の武器としているのはわかっている。

 大筒が大きなものほど強力であることも。そして、眼前にあるそれは真っ直ぐにブルーノの城壁を指向しているように見えた。


 と、大筒の一つから発砲焔が瞬いた。

 次の瞬間。

 大結界の砕け散る音と共に、周囲を舐めつくす衝撃波がブラームスの身体を吹き飛ばした。

 後ろにいた部下ともつれあうようにして石畳の結果に転がり、外壁上へと繋がる開口部から突然吹き込んできた砂埃に激しく咳き込む。

 一瞬、何が起きたのか理解できず、ブラームスはよろよろと身を起こすと、外壁上へと通じる出入り口をのぞきこんだ。


「な……」


 視界に映った光景が、ブラームスから全ての言葉を奪った。

 市街の全周を囲む城壁。付与魔術による材質強化の呪刻が施され、破城鎚も、竜騎士の火炎槍すらも弾き返す防壁。

 それが見るも無残に崩れ去っていた。

 防御塔に入る前に、自分たちが通ってきた外壁上の通路は完全に崩落しており、高さ19メートル程もあった外壁は、その一角だけが半分ほども抉り取られたように無くなっていた。

 呆然とした面持ちで立ち尽くすブラームスに、守備軍の士官から切迫したような声がかかる。


「少佐殿!伏せて!」


 後ろから肩を掴まれ、半ば無理矢理地面に引き倒された直後。二度目の衝撃が防御塔を襲い、中にいた何人かの魔術師がバランスを崩して倒れる。


「いかん!結界を貼りなおせ。城壁はもう駄目だ、塔だけでも守るんだ!」


 我に帰ったブラームスはほとんど怒号に近い声で命じた。

 ここで自分たちがやられる訳にはいかない。

 慌ててひび割れた水晶に向き合う守備軍の術者たちをあざ笑うかのように、3度目の砲撃が塔を襲った。

 思わず目を瞑る魔術師たちだったが、先程のような衝撃はこない。 


(間一髪……間に合ったか)


 ホッと安堵の息を漏らし、自身も結界の補強のために魔術の詠唱を始めようとした矢先。

 彼の耳に守備軍大尉の絶望したような呻きが聞こえた。

 不吉な悪寒と共に振り向く。そこには、完全に砕け散った水晶柱―――結界の動力である魔術触媒があった。

 こつん、と硬質な音が一つ、塔内に響く。

 それが自身の杖を床に取り落とした音だと気づいた直後。

 耳を劈くような轟音と共に、猛烈な爆風が開口部から流れ込んできた。

 頭で考えるより先に、ブラームスは動いていた。

 取り落した短杖ワンドに飛びつき、詠唱の途上だった不完全な魔力を解放する。

 その対象は自身ではない。部下のゴーレム使い達の周囲に弱く不完全な結界が展開されるのと、ブラームス自身が爆風に飲み込まれるのはほぼ同時だった。

 意識が断絶する間際。

 ブラームスの瞳に映ったのは松明のように全身を炎に捲かれていく守備軍兵士たちの姿だった。









「……莫迦な」


 リブリア城伯アーヴァイン・ノイス騎士長は愕然とした表情で呻いた。

 その瞳は、いま見たものが夢か現か疑うかのように大きく見開かれ、その肩は小刻みに震えていた。

 彼だけではない。

 その場に居合わせたネウストリアの名だたる神殿騎士たち。

 練達の剣士にして宮廷魔術師団の魔導師でもある魔法騎士、アベル・バスティア。

 平民出身ながらも、その優れた才幹をもって、齢20にして将軍格の地位である神殿騎士長に次ぐ、騎士長補の任にあるロクサイン。

 彼ら、彼女らもアーヴァインと同様に、眼前で繰り広げられる異質な戦争の風景に目を奪われていた。


 騎士たちの眼前に繰り広げられているそれは、只々圧倒的なまでの、そして一方的な蹂躙だった。

 もちろんこの世界においても、大国による小国家や部族に対する蹂躙戦というものはある。

 だが、それでさえ、今目の前で繰り広げられている惨劇に比べれば、慈悲というものが介在する余地があるだろう。

 将校が、騎士たちが剣戟を交わし、高位魔導師の手による大魔術が戦場を行き交う。

 国家の軍事力を結集し、その全力をかけた乾坤一擲の会戦をもって雌雄を決し、その裏舞台では貴族外交官たちが丁々発止の駆け引きを繰り広げ、互いの落としどころを探りあう。

 英雄伝記などの絵物語に語られるような身綺麗な戦いなど消え失せて久しい。高度な魔道文明を確立した列国が並びたち、数十万の軍勢が緻密な戦争計画に基づいてぶつかりあう現代においては、個人の英雄などというものが現われにくくなってきているのも事実だ。

 だがそれでも―――騎士たちが互いの戦技を、魔道の技を競い合う…そんな美風の残滓は、僅かなりとも残っているのだ。いや、残っていた筈なのだ。


(これは……こんなものは戦ではない……)


 女騎士ロクサインは弱々しく頭を振った。

 ソヴィエト連邦の戦争形態。それは、この世界の列強諸国が範としてきたものとは明らかに異質だ。

 先制攻撃をしかけたモラヴィアが軍の集結を完了する前に、百万を超える大軍勢を造り上げてのける桁外れの動員力。

 またたく間に国境を突破し、東部属州を席巻した電撃的な突破力。

 ……そして、会戦における最も基本的な形態である突撃戦を無効化してしまう圧倒的なまでの砲火力。

 それはまるでモラヴィア本土を東から飲み込まんとする巨大な津波のようだ。 

 戦争が変わる。

 ロクサインの脳裏を掠めるのは、ソ連本土を通過した際に幾度となく見かけた動員風景だった。

 街角の動員局に、老若男女様々な年代の人々が詰め掛けていく様。

 全土に張り巡らされた高速鉄道網によって数十万、数百万という大軍を瞬く間に掻き集められていく様子。

 ネウストリアの騎士たちに最大の衝撃を与えたのは、軍を構成する兵・将校がありとあらゆる社会階層から集められているという点だった。

 そこに一切の差別はない。農民もいれば都市下層の工員も、パン屋の親爺も、大商人の息子も、一切の差別なく軍へと召集されるのだ。

 鉄道に代表されるような彼我の技術力についてはさておくとしても、これほど厳格な動員制度を導入している国家は他に知らない。

 戦とは、古来より騎士・貴族の高貴な義務だった。

 そういった選ばれし者たちによって形作られる常備軍のぶつかり合いこそが【戦争】であり、市井の民を動員することはあっても、余程その国が追い詰められているのでもない限り、そこにはいくつもの抜け道が存在した。

 例えば、ネウストリアにおいては一定額の金銭を国に収めることによる徴兵逃れは可能だったし、モラヴィアにおいても国家の基幹である秘蹟魔術師たちをのぞけば、動員の対象となるのはごくごく限られた階層・年代の人々のみであり、大概は専従奴隷によって軍を構成していた。

 そう。この世界の国家軍と、ソヴィエト連邦の赤軍の間に横たわる最大の差異はそこにある。

 貴族・騎士(魔術師)階級の人々を中心に選抜して編成される王国軍と、国民全てを予備戦力と見倣す赤軍。

 国力の限界までを戦争に注力できる【国民皆兵】とでも言うべき制度を有する国家など、この世界の王政国家群からみれば悪夢というほかない。

 加えて、その巨大な兵力に付与される強大極まりない機械戦力。そして火力。

 騎士たちは、その強大無比な力が自分たちの祖国に向かないことを祈るよりなかった。









 ■ ■ ■










 軍直轄の砲兵師団が砲撃に加わったことで、ブルーノの外壁結界は加速度的にその耐久力をすり減らしていった。

 そして、前進陣地付近にまで進出して攻撃に加わったBr-5.280mm臼砲のベトン弾が結界への最期の止めとなった。

 現代の要塞戦において鉄筋コンクリートのトーチカ・壕を破砕するために開発された破甲榴弾の直撃を受けた結界は、着弾点を中心にまるで水面に石を投げ込まれたように大きな波紋を波打ち、その直後。全周囲へと衝撃波を巻き起こして飛散した。


「弾着―――……結界を透過!城壁を直撃しました!」


「よし。続けて撃ち込め!そのまま城壁を崩して突破点を作るんだ」


 待ち望んだ吉報に、ネデリン少将は表情を喜色に歪めると、直ぐ様、城壁への砲撃続行を命じた。

 たちまち城壁の中央部、ちょうど両隅の防御塔の中間地点に集中砲火が浴びせられる。

 大口径の砲口から立て続けに撃ち出されるベトン弾は次々と付与魔術によって魔力強化された城壁に突き刺さり、その強固な防壁を打ち崩していく。 

 これに慌てたのは守備軍の魔術師たちだ。

 材質強化の呪刻が刻まれているはずの城壁が手もなく破壊されつつあるのだから。

 半ば恐慌をきたしながらも直ぐに結界の再構築に入ろうとするが、そこへ更なる砲撃が襲いかかる。

 結界が消失したことで赤軍の砲兵部隊は一部攻撃目標を変更しつつあった。

 超重砲連隊が射撃目標を城壁内部と防御塔に修正し、榴弾を次々に浴びせていく一方で、独立砲隊の臼砲、軍直轄のML-20、A-19といった重砲群は機械化部隊の進入路を確保するために城壁に貫通性の高いベトン弾、徹甲榴弾を撃ち込んでその破孔を瞬く間に広げていく。


 前線の監視点から送られてくる報告に、パブロフ上級大将は何処か憮然とした様子で頷いた。

 戦況は圧倒的に有利。しかしそんなことは最初からわかりきっていたことだ。

 これほどの戦力差があって敗北するなど逆に不可能だろう。問題は、モラヴィア側が用いている結界が予想以上に堅牢であったことだ。

 正直なところ、こちらの砲撃に対して一時間以上も持ち堪える程の強度を持っていたのは予想外だった。

 砲兵師団2個分の火力にここまで抵抗出来るとなれば、以後の攻勢作戦における対要塞戦の戦力配分を見直す必要があるやもしれない。

 

「些か計算違いでしたな。当初の予想では20分持たないかと思いましたが」


「このクラスの城塞があと幾つモラヴィアに存在するか……まぁ要塞なんぞ迂回すれば良いという見方もあるが、向こうには死霊魔術がある。下手に無視すると後方を脅かされかねん」


 この世界の連中は、こういった結界に守られた要塞を如何にして攻略するものか。そこも含めて、後々ネウストリア武官に問うてみるのもいいだろう。

 気を取り直し、結界の消えた城塞都市に対して空爆の再開を命じようとしたところで、息を切らせて司令部に駆け込んできた連絡将校の姿がパブロフの目に止まった。


「ほ、報告。第6機械化軍団22師団前進陣地にゴーレムが現れました!」


「莫迦な。この拓けた広野で、どうやって其処まで接近したのだ!?」


「浸透を許したのか?こちらの損害はどうなっている」


 騒めく幕僚たちを抑え、パブロフは落ち着き払った様子でまず現在の前線の状況を問うた。

 しかしその冷静さも、次の報告で剥げ落ちてしまった。


「いえ、同志司令官閣下。現れたゴーレムは我が軍への攻撃を企図したものではありません。……降伏です」








 ■ ■ ■








1941年 9月3日

モラヴィア王国 王都キュリロス




 王都より数百キロを隔てた東部属州において、地方軍残存部隊が絶望的な防戦の末に降伏した頃。

 キュリロスの目抜き通りであるアルトリート中央通りでは、華やかな軍事パレードが催されていた。

 正確には、それは各地方より集結しつつある増援軍を、東部属州との境界に送り出し、対ソ防衛体制を再構築しようとしているのであり、その行軍を、市民の戦意高揚という極めて政治的な意図から華々しく飾り立てたのがこのパレードの正体だった。

 純白を基調とした甲冑とローブ、煌びやかに彩られた機鎧兵団将校の軍衣。燦然とはためく王国旗・部隊旗を掲げて、一糸乱れぬ整然とした行進を軍楽隊の行進曲とともに披露するその光景は……なるほど、確かに圧巻の一言につきる。

 通りの周辺はちょっとしたお祭り騒ぎの様相を呈しており、商魂たくましい近隣の酒場等からは軽食販売の出店らしきものまで出ている有様だ。

 とはいえ、誰も彼もが浮かれていたわけではない。

 戦況の実相を知る高級軍人たちはもちろんのこと、これまでの戦いで命を落とした者たちの家族や友人、さらにはつい最近まで行われていた死霊魔術師の根こそぎ動員などの常軌を逸した政府命令を知る高位魔導師達の顔には大小差こそあれど翳りの色が浮かんでいる。

 

(裏舞台を知る連中からすりゃあ、とんだ茶番だな)


 冒険者にして魔術師、ゲオルグ・ハーンは灰色を基調とした戦列兵団下級将校の軍衣を窮屈そうに着こなしながら内心で思う。

 本来であれば、自分も出店で買った串焼き肉なりを食らいながらこの【見世物】を見物する立場にあったはずだ。

 それが何の因果か、根無し草の自分が本来着るはずもない将校服なんぞを着てパレードに加わっているのだ。

 なるほど。仮にも将校の階級が……ある程度の制約条件が設けられているとはいえ、薄利多売と表現できるほどにバラまかれるようになるとは、これが世に言う亡国の瀬戸際というやつなのか。

 実に笑えることに、市井の者たちの多くは、未だに王国軍の劣勢をよく理解していないというのだから恐れ入る。

 召喚対象に散々に打ち負かされて所領から叩き出された王政府だが、こういった裏工作・情報操作はお手の物らしい。

 ……実に胸糞悪い話だ。


 嘆息して、自身より2,3メートル離れた前方を騎竜に跨って進む中隊長……ノーラ・バーテルス魔道兵特務大尉を見遣った。

 先日の魔術師ギルドでの再会。その後聞かされた衝撃的な話の後、彼はノーラと共に行き先をバーテルスの城館へと変更し、そこでノーラの祖父である魔術師ギルド長から直々の依頼を受けた。

 ―――ノーラの護衛という役目を。



「続きまして、王都第4戦列兵団!兵団長ブラント爵士准将以下、基幹将校176名の出陣です!」


 やがて、ゲオルグ達の隊列は王都を囲む城壁の近くに差し掛かった。

 城壁の上には国王をはじめとした王国の貴顕たちの観覧席が設けられており、国王マティアス、宰相ハーロウ、魔道院議長ヴェンツェルといった人々が高みから将兵たちを閲兵している。

 広宣部将校の紹介を受け、騎竜に跨って先頭を行進する兵団長以下、ノーラやゲオルグを含めた将校たちは一斉に外壁上に向かって敬礼する。

 大通りを進む戦列兵団の縦列に、下士官以下の者たちの姿はない。

 戦時動員の戦列兵団―――すなわち歩兵部隊とは、【操者】である隊長クラスの将校と幕僚をのぞけば、兵員の大半が専従奴隷によって編成されるからだ。

 そういった奴隷兵は王族の参列する閲兵式などに参加することはできない。

 ゆえに、ここにいるのは全て将校と呼ばれる者たちだけだ。それも専従奴隷部隊の指揮官など、王国軍の魔術師の中でも最も冷や飯喰らいと呼ばれる配置であり、市民から浴びせられる歓声もあまり熱がこもっていないように見受けられた。

 そして、ゲオルグ、ノーラは輜重段列……華がないことで知られる戦列兵団の中にあって最も陽の当たらない配置と言えた。

 術者単身で部隊の専従奴隷を【操作】する戦列兵団。その任務は戦線における野戦築城や架橋などの工兵任務、輜重。……そして機動戦力である魔道軍が遊撃戦を行う際に敵軍を拘束し、押しとどめる肉の壁となることであり、そこに配置される指揮官は出世ルートから外れたものたちや戦時速成のにわか将校であることが多い。

 専従奴隷という【道具】を操り、上位指令部が指示する地点において魔道軍のための壁役となるのが任務の中心であるだけに、将校としての指揮能力などはさして問題にならないのだ。

 もっともゲオルグ・ノーラのように将校としてまともな教育を受けていないものが配置されるなど、本来はありえないことだ。

 第4兵団は王都と前線の間の補給路警備を任された二線級部隊であり、ここにノーラ達をねじ込んだのはノーラの祖父であり、魔術師ギルド長でもあるフランツ導師の計らいだった。

 ノーラの指揮する部隊の将校たちは皆バーテルスの息がかかった者たちに入れ替えられており、実際、部隊運営の大半を彼らが受け持つことになる。


(まどろっこしい話もあったもんだ……政治ってやつかね。俺みたいな下っ端にゃ一生縁の無い話だと思ったが)


 ゲオルグとしては己の数奇な運命に慨嘆するよりなかった。

 先日のノーラとの予期せぬ再会のあと。バーテルスの邸宅で彼女の祖父であるフランツ・バーテルス導師と会う機会を得たゲオルグは、そこで初めて政治の裏舞台について話を聴く機会に恵まれた。

 いや……恵まれた、と言って良いものか。正確には巻き込まれたといったほうが正しいかもしれない。

 ノーラに対する召集令状は何かの間違いではないかと問うたゲオルグに、フランツ老は無念そうに語って聞かせた。

 死霊魔術師の大量動員。それが異世界軍に対する防衛手段として東部属州の大身領邦君主によって行われていること。

 どんな手違いがあったにせよ、既に正式な手続きを経て発効された召集命令に反することはできないということ。

 それでも何とか軍にねじ込み、彼女の配置部署についてはある程度手を回すことができたということ。


『戦列兵団に死霊魔術師を配置するというのはひとつ利点がある。死んだ奴隷兵を屍兵化して戦線復帰させるという手段が使えると言う点だ。胸の悪くなりそうな話じゃろう』


 吐き捨てるように恐るべき台詞を放ったフランツ老は、しかし直ぐに先程の自身の言葉を否定した。


『あくまで、軍上層部を納得させるための理論武装だ。配属先は後方の警備兵団になる。それも輜重……しかし、戦況次第ではどうなるか分からん』


 そして、恥も外聞もなく、王国最高峰の一角を担う大魔導師はゲオルグに頭を下げた。

 万一の際、ノーラを守ってくれと。

 自身の息がかかった軍属魔術師ではなく、冒険者上がりのゲオルグにそれを頼むということ。

 それは、最悪の場合……つまりは王国軍敗亡の際に、何よりも孫娘のために動いてくれということだろう。

 そして、あの時の自分は何をトチ狂ったのかその究極の貧乏籤を進んで引いてしまったのだ。


(流石に、こんな小娘を戦場に放り出すのは後味が悪すぎるからなぁ)

 

 内心でげんなりしながら、ゲオルグは緊張にガチガチに固まって行進するノーラを見守るのだった。








 ■ ■ ■









 城壁の上。

 特設の観覧席に在って、行軍する戦列兵団将校を閲兵する王国の貴顕たち。

 そのうちのひとり、魔道院議長であるヴェンツェル・エッカート子爵はパラパラと敬礼する戦列兵団の将校たちの姿を侮蔑に満ちた視線で見下ろしていた。


「何だ、あの連中は。まともに敬礼もできんのかね?動きが揃っとらんのが何人かいるぞ。陛下も見ておられると言うのに、あのような無様を…」


「……お見苦しいところをお見せした」


 奇しくもヴェンツェルが見ていたのはゲオルグやノーラなどが行進している辺りだった。

 彼らの他にも魔術学院から動員されて部隊を組んでいる速成士官の中には似たような動きをしているものたちがいる。

 いくら後方配置の急造部隊とはいえ、確かに酷い。

 傍らでヴェンツェルの毒のこもった寸評を聴きながら、王国国防相を務めるハルトムート・ロイター元帥はヴェンツェルの発言内容を認めつつも、内心では沸々とヴェンツェル以下の魔道院への怒りがこみ上げてきていた。

 新領土鎮定軍の苦戦。

 東部属州における死霊魔術を用いた焦土戦術。

 何れもが軍部にとっては不本意極まりないことであり、その原因の内、かなりの部分は魔道院の責に負うものだ。


 【救世計画】。


 魔道院が立案し、実行したそれは多くの予算とマナを浪費し、その影響は軍部も含めた各省部広範に及んでおり、そうして捻出された大半が魔道院に割り当てられていたのだ。

 そして、計画の実行によって現れたのは恵みの大地などではなく凶悪極まりない軍事大国であり、計画によるマナの大消耗によって少なからず疲弊した魔道軍は、その異界軍から王国領を防衛するために奔走させられている。

 しかるに魔道院はといえば、計画の停滞を軍部の努力が足りないせいだと口汚く外野から喚くばかりであり、ロイターからすれば鬱陶しいことこの上ない。


 一方のヴェンツェルだが、こちらも軍に対して大きな隔意を抱いていた。

 彼からすれば魔道院は救世計画の中でも最も困難とされる工程……即ち異世界の大陸召喚という偉業を成し遂げているのだ。

 この上は、軍部が新領土となる大陸に進駐し、計画の総仕上げを行うばかりだというのに。

 情けなくも魔道文明ひとつ持たない蛮人どもに敗退し、自分たち召喚魔術師が成し遂げた世紀の偉業にケチをつけてくれたことには憤りを禁じえない。

 その感情は異世界人たちにも向けられている。

 召喚魔術師にとって、被召喚物は己の所有物なのだ。

 本来。召喚された異世界国家……ソヴィエト連邦はモラヴィアに歯向かうことなど許されないというのに。

 畜獣に噛みつかれるとはこのことか、というのが正直な感想だった。

 

 そんな高官二人の反目をよそに、国王マティアス・クレイハウザーは観覧席の最上段に設けられた玉座から魔道軍の行進風景を見下ろしていた。

 こういった催しはマティアス王も嫌いではなかったが、暗雲垂れ込める戦況のことを想うと素直に楽しめないというのが正直なところだ。

 それでも、勇壮な行軍風景を眺めていると漠然とした不安もいくらかは緩和される。

 不遜にも召喚主である王国に楯ついてきた蛮族に憤っているのは、国王とて同じだった。


「勝ちたいものだ……いや、何としても勝たねば成らん」


 自身に言い聞かせるように、マティアスは己にだけ聞こえるような呟きを漏らした。

 既に国土は疲弊しきっており、国富の目減りも座視しえないところまで来ている。

 だが、ソヴィエトさえ、あの異世界の国家さえ飲み込むことが出来れば王国は再興する。

 いや、それどころか広大な領土を手に入れ、本国にかつての豊かな緑をを蘇らせた己は大モラヴィア中興の祖としてその偉業を語り継がれることになろう。

 物思いにふけるマティアス。

 しかしそれは酷く青褪めた表情で観覧席に駆け込んできた魔道軍将校の声によって断ち切られた。

 その震える手には一通の紙片が握られている。

 そのただならぬ様子に、観覧席に集まっていた高官たちの間に嫌な沈黙が漂う。


「し、失礼いたします。元帥閣下。たった今、王国総本営より緊急の連絡が」


 屍兵アンデッドかと見粉うほどに顔色を悪くしている魔道軍将校の姿に、ロイターは己の口中が急速に乾いていくのを感じた。 

 間違いなく最悪の報告。その、予想される内容が幾通りもロイターの脳裏を駆け巡り、ややあってロイターは問うた。


「読め」


「ハッ。東部属州州都ブルーノ失陥せり。新領土鎮定軍ハウゼン総司令官は行方不明とのこと。さ、さらに―――」


 一瞬、ひきつけでも起こしたように将校は言葉を詰まらせ、ややあって絞り出すように答えた。


「南部国境をネウストリア帝国軍が突破したとの報告が」


 雷鳴に近い衝撃がロイターの精神を貫いた。

 参戦。精霊神教国が。外交的な兆候は何もなかった。精霊教連合軍としてではなく、ネウストリアの単独参戦?

 いや、何れにせよ不味い。南部梯団の主力は予備軍と交代して対ソ戦線に移動中だ。今攻められては―――


「戦況はどうなっているか」


 ロイターは奇妙に平坦な声で将校に問いただした。

 己の表情がごっそりと抜け落ちて行くのがわかる。


「戦線は……崩壊しております。ネウストリアは飛空艇を50隻余り動員。戦竜騎兵一千騎以上を空挺降下させてきました。前線の砦は尽く失陥。我が軍は……雪崩をうって潰走中であります!」


 どさりと、なにかが倒れる音。

 続いて、侍従長の悲鳴が上がった。


「へ、陛下!―――侍医だ!侍医を呼べ!」


 金切り声に近い老侍従長の声をどこか遠くに聞きながら、ロイターは己の半生をかけて築き上げてきた全てが崩れ堕ちてゆく音を聞いた気がした。






















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