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朱き帝國  作者: reden
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第22話 来援


 8月13日の193師団潰走を皮切りに、モラヴィア軍が試みた屍兵アンデッドの戦線投入は、赤軍の作戦計画に少なからぬ齟齬をもたらした。

 後方に浸透した死霊術師ネクロマンサーによる後方連絡線の攪乱は赤軍の補給体制に少なからぬ混乱をもたらし、国境線突破後の放埒なまでの戦果拡張に歯止めをかけることになる。

 とはいえ、これはソヴィエト側が守勢に立たされたことを意味するものではない。

 この時点でモラヴィアは、新領土鎮定軍の主力である魔道軍の大半を緒戦で磨り潰されており、属領の防衛を司る地方軍に至っては兵力の供給元である東部属州の過半が、この時点でソ連の占領下に置かれており、動員軍の編成どころではなかった。

 故にモラヴィアがこの時点で取り得る選択肢はひとつしかない。屍兵を前線での壁役に、後方攪乱で赤軍を足止めしつつ、本国軍の来援を待つことだ。

 ――――そして、もう一方のソ連である。 

 開戦後の電撃的な侵攻と、モラヴィア野戦軍主力の撃滅。これに続き西部・北西軍が戦略目標である都市ブルーノを指呼の距離に捉えたことで、赤軍首脳部にはある種楽観的な展望が鎌首をもたげつつあった。

 そこへきて、今度は死霊魔術ネクロマンシーである。

 赤軍の将官連、政治局員たちは再び頭を抱えることになった。

 特に、魔道文明に対する恐怖症を再発したらしいスターリンは、現時点でモラヴィアの技術情報確保に当たっているベリヤ以下NKVDに対して【早急に】結果を出すことを求め、一方でネウストリアの対モラヴィア参戦についても考える必要にかられていた。

 問題は、モラヴィアが死霊魔術ネクロマンシーをどの程度のレベルまで使用する気でいるかだ。

 仮に、東部属州各地の自国民を不死者に変えてでも赤軍を足止めする気でいた場合、ソ連の現占領地の大半が危険地域と化す。

 東部属州の人口は凡そ200万。そのうちの半数近くがソ連占領地にあり、加えて20程の領邦都市をのぞけば、住民の3割ほどは50~100人程度の小集落や、人口1000人に満たない小村を各地に形成している。

 これらの集落にモラヴィア魔術師が入り込み、住民を屍兵化していった場合どうなるか。

 最後の一兵に至るまで殺し尽くすまで抵抗を続けるパルチザンが、数万・数十万単位で発生するなど悪夢以外の何ものでもない。

 ここにきて、参謀本部は作戦の変更を余儀なくされた。

 放置は論外。かといってモラヴィア人自身に己の身を守らせることもできない。

 軍が浄化魔術師を手元におこうにも、完全に屍兵化してしまった人間を浄化できる程に強力な魔術師はそう簡単には見つからなかったし、スターリンの直接命令という錦の御旗を掲げたベリヤはこれまでにも増して魔術師の強制連行を加速させていたためだ。

 そして、モラヴィア人自身の手で自衛ができない以上、赤軍が住民を守るよりない。

 少なくとも街に死霊魔術師が入り込み、住民を屍兵化されるような事態だけは避けねばならないからだ。

 グレキア梯団撃破後、半島東部・中部の鎮定に当たっていた北部方面軍が隷下諸隊を分割してこの任に当たる一方で、西部軍・北西軍はブルーノヘの再攻勢と東部属州の完全な制圧に向けて戦線の整理と戦力の集積を開始した。

 後方の安定もそうだが、なによりも死霊術師の策源地を潰すのが最優先であるからだ。  


 


 1941年8月20日

 モラヴィア王国 グレキア半島中部

 都市トレンカ


 

 政庁城館を接収した方面軍司令部は淀んだ空気に満ちていた。

 石造りの城館。窓は開け放たれているものの風はなく、部屋にこもった熱気は排出されることなく室内に留まっている。

 マルキアン・ポポフ大将は額に浮く汗を時折ハンカチで拭いつつ、目の前に積み上げられた書類一枚一枚を丁寧に検め、自身のサインを書き込むと、すぐ横で書類の山に埋もれている副官にそれを回す。

 副官はそれを優先度に応じてより分け、それを参謀や司令部付きの将校が受け取って自身の部署に戻っていく。

 このある意味単調な作業に終わりはない。

 ポポフ以下、司令部に詰めている人間たちの間にはどこか殺伐とした空気が漂っており、室内に篭った熱気とあいまって実に不快な空気を漂わせていた。

 時刻がそろそろ正午になろうかという頃。突然の無線電話がポポフを書類の山から解放した。

 

「西部方面軍のパブロフ閣下よりお電話です」


 そういって副官が差出してきた受話器を受け取り、耳を当てると「ポポフです」と告げた。


『もしもし、同志マルキアン・ミハイロヴィチ。ネウストリアから魔術師の増援がくるという話を聞いたんだが。そちらにもう着いているのかね』


「お耳が早いですな。到着は今日の15時頃という話です。既にレニングラードを通過し、グレキア半島内に入っているようですが」


 受話器の向こうから驚いたような声が伝わってくる。


『随分と早いな。あれか、竜騎士とかいう……』


「似たようなものらしいですよ。80名程ということなのですが、全員浄化魔術を修めているとかで……まぁ、暫くは補給線付近の【火消し役】を任せることになりそうです」


 ポポフの声には安堵の色が濃い。

 北部方面軍は東グレキア会戦と、それに続くモラヴィア残兵の掃討戦が一段落した後、グレキア半島東部から中部にかけての都市群を掌握にかかった。

 各都市において若干の抵抗はあったものの、全体としては作戦計画に齟齬をきたすこともなく、東部属州の諸都市はソヴィエトの軍門に降った。

 ……そこまではいい。

 問題は、最近出没するようになった不死者という存在だ。

 神出鬼没にあちらこちらから湧いてくる屍兵の後方撹乱のおかげで、前線に展開する西部・北西軍への補給計画に少なからず齟齬が起きていた。

 一度に現れる数は100人足らずとそこまで多くは無いものの、襲われる輜重側からすればたまったものではない。

 ソ連側は屍兵の供給元になりかねない各領邦都市に隷下の師団を貼り付け、小規模な集落に関しては赤軍の護衛のもとで、ほとんど強制移住に近い形で疎開を進めていたが、これは北部軍には大きな負担だった。

 今回のネウストリア側からの援軍を受け、後方の死霊術師掃討を北部軍が行う一方で、西部・北西軍は敵の策源地であるブルーノに対して再度攻勢をかけ、モラヴィアを東部属州全体から駆逐する作戦が既に準備されている。


『しかし…人民を襲う歩く屍を異世界の騎士が打ち倒し、我々赤軍は魔法使い相手に戦争か。世も末だな』


 うんざりしたようにぼやくパブロフの声に、ポポフはにやにやと笑みを浮かべる。 

 まさに、今自分達が置かれている状況こそ、たちの悪い冗談のようなものだ。


「例の死体もどきには随分と手を焼いてますがね、同志ドミトリー・グリゴリエヴィチ。北西軍の展開が済んだ時点で、こちらの正面戦力は計9個軍48個師団、火砲は大小合わせて16000門に達します。今ならブルーノを抜き、東部属州をモラヴィア本国から一撃で切り取ることができますよ」


 そう。そこが重要なのだ。

 モラヴィア王国全軍の3倍近い戦力を投入しながらこれ以上手こずるようでは、諸外国からソ連赤軍が弱兵だという誹りを受けかねない。

 この世界に現れたばかりであり、外交面での蓄積も碌にないうちからそういった風評が付いてしまえば今後の外交もやりづらくなる。

 ブルーノに対する再攻勢は、諸外国にソヴィエトの力を見せつけるデモンストレーションでもある。

 ネウストリア武官の眼前で、それは為されなくてはならない。

 自信あり気に言い切るポポフに、パブロフは受話器の向こうでくぐもった笑いを漏らした。


『まぁ。確かに、この戦力差で落とせなければ無能の誹りは免れんな』


「ブルーノ攻略に合わせて、ネウストリア側も宣戦に踏み切るようです。陣取り合戦になる前に、少しでも地歩を固めておかねば、というのが本国の意向ですからな」


 一息に言うと、ポポフは軽く冷水を呷って汗ばんだ身体を冷ますのだった。




 

■ ■ ■





 対ソ南部国境地帯に広がる砂漠地帯を抜けると、そこから先は小高い丘が連なる丘陵地が続く。

 かつて―――100年近くも前だが―――そこは緑に溢れ、麓の一帯には森が広がり、小人族と呼ばれる亜人種たちが住まう集落が形成されていた。

 マナの枯渇によって森が枯れ、亜人たちが去った後、この地は徐々に広がり続けている砂漠地帯によって少しづつ、しかし確実に浸食されつつある。

 ソヴィエト連邦の出現以前。この地では北大洋から吹き込む風によってしばしば砂漠の砂塵が巻き上げられ、モラヴィア東部から中部にかけて飛散し、降り注いだという。

 トレンカの街はちょうど丘陵地帯を抜けた平野部――半島中央部の大半を占めるグレキア平原の南端に位置している。

 強烈な夏の陽光が大地を照りつける中。グレキア半島東部の占領軍を統括する北部方面司令官マルキアン・ポポフ大将は、参謀長サハロフ中将、方面軍副司令官ピャディシェフ中将、NKVD北方面作戦トロイカ議長セロフ大将らとともに、トレンカ郊外の赤軍宿営地にあった。

 幕営を少しばかり離れたところにある拓けた広場。

 そこには彼らとともに、ソ連軍人とは明らかに異なる出で立ちの人々……ネウストリア帝国派遣武官の魔術師―――神殿騎士と呼ばれる者たちの姿も数名見て取れる。


 居並ぶ高級将校達の視界。東の空に小さな黒い点がポツポツと現れだす。

 徐々にその点は大きくなり、やがて遠目にも姿がハッキリと視認できるようになる。

 航空機ではない。東―――ソヴィエト本国の方角から飛翔してやってくるそれは、生物だった。

 鷲にも似た鳥類の頭部に、大型のヒグマを思わせるずんぐりとした巨体。その背より広げられた全長5メートル近い鳥類のような翼がはためけば、銀糸のような羽が太陽の光を受けて輝く。

 この世界においてグリフォンと呼ばれる飛行魔獣である。

 その背には、白銀の甲冑とマントに身を包んだ騎士が跨っている。その数は100騎に満たない少数だ。開戦後に増派されてきた師団の、異世界の魔獣を目にしたことのない将兵たちからざわめきの声が上がる。

 

 魔獣に騎乗した異世界の騎兵は一糸乱れぬ編隊を組みつつ、トレンカ郊外の赤軍宿営地上空をしばらく周回すると、そのまま次々と地上に降下していく。

 降下を終えた魔獣からネウストリア騎士たちが次々に降り立ち、そのうち指揮官クラスと思しき3名程の騎士がポポフの前に進み出た。


 「メルヴィン神殿騎士長にして皇帝陛下よりリブリア城伯たるの栄誉を賜りしアーヴァイン・ノイスと申す。勅命により、モラヴィアの邪教徒どもを撃ち払わんものと罷り越しました」


 「同じく、メルヴィン神殿騎士。ロクサイン・サン・シモンと申します。盟邦ソヴィエトのお役にたてれば幸いに存じます」


 「我が名はアベル・バスティア。神殿騎士にして宮廷魔術師団の末席に在る者です」

 

 このような名乗りを上げ、異世界の騎士たちは豪奢なマントを翻し、ポポフの眼前に居並ぶと、腰に佩いた長剣の鞘を握りカチリと胸元に翳す。

 ネウストリア式の敬礼だろう。すでに幾人かの異世界人と顔を合わせているポポフだったが、これにはさすがに面食らった。

 他の者たちも同様だったらしく、ポポフ以下、赤軍の将官連は顔面の表情が引きつりそうになるのを堪えてソヴィエト式の答礼をした。

 煌びやかな白銀の甲冑を身に纏った騎士たち。

 この一団の指揮官らしいアーヴァインは、50歳を超えているだろう年代の堂々たる体躯の騎士だ。短く刈り込まれた金髪と口髭には所々白いものが交じり始めている。 

 彼に続いて自己紹介をしたロクサインは、ぱっと見た限りでは目の前に居並ぶ騎士たちの中では最も若い。

 甲高く音楽的な声と、兜から覗く顔立ちを見るに、10代から20代前半の若い女性だろう。

 指揮官クラスにしては若すぎる気もするが、なにしろネウストリアは専制国家である。

 家柄・門閥次第ではそういうこともあるのかもしれない。

 そして、最後に自己紹介したアベルは細身の、騎士と言う割にはどこかひょろりとした頼りなげな風体をしている。

 魔術師団に席を持つというから、そちらが本分なのかもしれない。眼鏡を掛けた物静かな青年といった雰囲気がある。



 儀礼的な挨拶を済ませ、ポポフは騎士たちを先導しつつ幕僚陣と共に車両の駐車スペースへと向かった。

 そこで車に分乗して市街地内政庁の方面軍司令部に向かうことになる。

 途中、至る所で目にする赤軍の装甲車両や砲。そして郊外に造営された野戦飛行場。そこに駐機された航空機の群などを物珍しげにちらちらと視線を遣る騎士たちの反応を見つつ、ポポフはこの一団を麾下の諸隊とともに運用していくことについて、しばし頭を悩ませるのだった。


 一方で、ネウストリア側でも赤軍の様相をつぶさに観察していた。

 赤軍の装備に関しては、確かに彼らから見て奇妙に映るものが多い。だが、それはここに来る道中、モスクワ・レニングラードといったソヴィエトの都市でも目にしている。

 ここに来て、騎士長アーヴァインがまず気づいたのは、ソヴィエトの将軍たちが軒並み【若い】ことだ。

 方面軍司令官として数十万に及ぶ大軍を統括するポポフは陸軍大将にもかかわらず未だ40にもなっていないし、方面軍参謀長のサハロフも40代前半である。

 NKVDのセロフ大将に至っては1905年生まれの36歳ときている。


(この国に貴族はいないと聞く。それほどに傑出した人物ということか?それとも…)


 興味深気に赤軍の将帥達を値踏みしつつ、アーヴァインは静かに歩みを進めるのだった。




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