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朱き帝國  作者: reden
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第14話 動員



 新星暦351年 影竜月16日(1941年 7月23日) 

 モラヴィア王国領グレキア半島西部 州都ブルーノ 緑命の広場



 その日、モラヴィア王国西部の貿易都市ブルーノはかつてない喧騒の只中にあった。

 今から30年ほど前に当時の領主の命によって造営され、以来、街のシンボルとして知られる市中央の広場には、大勢の群衆が詰め掛けていた。

 群集たちの関心は、もっぱら広場に面じた大通りを行進する隊列に向けられていた。

 一糸乱れぬ隊伍を組み、整然と行進する兵士たち。魔術師が着るようなローブと騎士が纏う鎧を掛け合わせたような、一風変わった軍衣。

 モラヴィア魔道軍の正規軍装である。

 彼らとともにキメラ、ストーンゴーレムといった『兵器群』が列を成して進んでゆく。

 創命魔術師……王国の草創期には建国王に率いられ、一兵団に満たぬ戦力で当時大陸北部に割拠した名だたる大国を次々に滅ぼしていったと伝えられる。

 紛れもなくモラヴィアが世界に誇る魔道軍の精華であり、平民、貴族問わずモラヴィア人にとっての『力』の象徴といえた。

 軍楽隊の演奏を背景に行進する兵団に、群集はあらん限りの歓声をもって応えた。


 『続きまして、グレキア兵団!先頭は第41独立機鎧大隊の行進です!大隊指揮官はレドニツェ伯爵公子エンドレ閣下!』


 鎮台司令部付広宣部の将校が謳いあげる紹介に、群集の歓声にはさらに熱がこもる。

 本国常備軍たる魔道軍機鎧兵団に対して、『地方軍』ーーー有事に諸侯が有する陸兵を各鎮台が抽出して編成する郷土兵団ーーーが有する機鎧科部隊は、数こそ少ないもの の地元民にとってはより身近な存在といえる。

 特に『機鎧科』部隊ともなれば、地方軍の中でも有力な貴族・騎士の子女、将来性豊かな魔術師達が所属しており、地元の女子供にとっては憧れの的であった。


 熱狂する群集。


 勇壮な軍楽と行進でそれに応える将兵。


 人々は、なに一つ疑っていなかった。

 東に突如出現した蛮族の国。

 彼らが送り出そうとしている精兵たちは必ずや祖国の敵を討ち滅ぼし、モラヴィアに更なる繁栄を齎してくれるだろうと。

 ……しかし、それらの熱狂とは全く無縁の人々もブルーノにはいた。


「……見事なものだ。我が地方軍に魔道軍機鎧兵団2個。さらに飛兵軍3個騎士団!これほどの戦力を投じるのだ。生半な戦果では本国も納得すまいな?」


 窓の外の行進風景を眺めつつ、グレキア鎮台長官、アンスヘルム・フィードラー魔道兵中将は満足げに口元を緩ませて言った。

 オークとでも張り合えそうなほどの胴回りを、これまた彼以外には着れそうにないサイズの軍礼装に包んでいる。

 傍らに立つ第5機鎧兵団長ゲルベルト・ベーム少将は、中将が笑う度に大げさにゆれる腹を見て『こいつを見た後じゃ肉類が食えそうにないな』などと場違いな感想を抱きつつ、表面上はしかめつらしい表情で「微力を尽くします」と答えた。


 グレキア鎮台司令部。その石造りの建物は市中央の大通りに面じて建っており、その3階に設けられた会議室は現在行われているパレードを見物するには最高の場所といえた 。もっとも、実際にその壮景を満喫していた人間は僅かだったが……

 その数少ない一人、フィードラー中将は窓から振り返り、居並ぶ将校達に向けて機嫌良さそうに話し始めた。


 「さて諸君。知ってのとおり、本国司令部の命令により、我が鎮台は鎮定軍の先鋒としてグレキア悌団に編成される。諸侯軍の戦力化が済み次第、我々は万全の体制を持って 蛮族鎮定に乗り出すのだ。その主戦場は東グレキア平原である」



 フィードラは会議室中央の机に歩み寄り、そこに広げられたグレキア半島の精巧な地図の一点を指差した。

 地図に描かれているのはグレキア半島東半分の精巧な図、そしてそこから更に東……新たに出現したソヴィエト連邦の、あまり正確とは言い難い図だった。それでも、ある程 度の位置関係や等高線もしっかり描かれている。レニングラード・沿バルト攻防戦において進駐軍が持ち帰った『戦利品』のひとつである地図を複写したものだ(原本は本国の司令部が 管理している)。

 続いてフィードラは傍らに立つ将官……ベーム少将に目配せした。ベームは心得たように前に進み出ると具体的な作戦計画について話し始めた。


 「主攻を担うのは本国軍の第5、第6機鎧兵団。これを王都からの増派を受けた第4飛兵軍が支援する。国境に陣取る蛮族を撃破し、奴らが言うところのレニングラード地方、そこからラトヴィア中部を経て東プロシア地方に至る地域に進出することが目的となる。その後、マナ吸出のための大規模術式を施術し、救世計画が完遂されるまで同地域 を確保することが目的となる。詳しくは手元の資料を参照されたい。」


 ベームの言葉をうけて、室内にざわめきが走った。

 驚きの声を漏らしたのは者は何れも地方軍の佐官クラスの指揮官であり、逆に本国から派遣されてきている機鎧兵科、飛兵科の将校はある程度事情を知らされているのか表面 上冷静さを保っている。


 彼らの驚きの対象はまず第一に目の前の見慣れない地図の存在だった。

 グレキア半島の東端……本来なら外洋に面じているはずのそこには広大な陸地が描かれており、その全体図は彼らが暮らしている大陸の広さに匹敵する。

 そしてそこに存在するという異界の国家『ソヴィエト連邦』。

 作戦計画で侵攻が予定されている地域は連邦西部の一部地域に過ぎないものの、その広大さは大国の領土に匹敵する。


 「質問は?」


 ベームの問いに地方軍出身の将校が手を上げた。


 「占領地を一定期間確保、とありますがこの具体的な期間は?」


 「最大で4ヶ月程度…それが魔道院の試算だ。現地のマナの分布を走査し、術式の基点を絞り込むのに魔道院の派遣官を総動員したとして、その程度かかるらしい」


 「大雑把な…信用できるのですか?」


 ベームはただ肩をすくめた。


 「これには補給の問題も絡んでくる。現地のマナで事足りる機鎧科はともかくとして、この広大な地域で飛兵・歩兵の活動を十分に担保しようと思えば膨大な糧秣が必要にな る。……現地調達もひとつの手ではあるが、それに頼り切るなど論外だ。かつてのグラゴール戦役で焦土戦に付き合わされた例を見るまでもなく、な」


 答えたのはフィードラだった。

 『肥え太ったオーク』という外見通り、戦場でまともに剣を振るえる男ではない。

 実際軍に入営してある程度の地位に上るまではコネに頼りきってきた人物だ。だが、軍官僚として後方勤務に従事するようになってからはそれなりの実績を上げており、全く の無能というわけでもない。


 「実際のところ、1ヶ月あれば、施術の前準備のみならば完遂できるというのが魔道院の分析だ。だが、その大前提としてこれらの地域を我々が抑えておく必要がある。流石 に当初の計画ほどの効果は望めんようだが……そもそも、ひとつの大陸に匹敵する地域を制圧するなど兵站面から言っても所詮無理な話なのだ。そして魔道院と軍部の綱引き の結果、このような計画に落ち着いたというわけだ」


 中将の言葉を引き継ぐ形でベームは語り終えた。一同を見渡すと、幾人かの幕僚の顔が引き攣っている。

 政治といってしまえばそれまでだが、『泥縄にも程があるだろう』、という表情だ。

 そもそも、召喚儀式自体がマナを含んだ異界の『土地のみ』を呼び出すために行われたのだ。


 偶々、召喚した土地に異界人の国があり、それが脅威とするに足る軍事力を有していたために今の状況に至っている。

 このような状況で急遽立案された作戦に長期的な視点など求めるのも馬鹿らしい。馬鹿らしいのだが、軍上層部もこの計画には片足を突っ込んでいただけに大っぴらに批判す るわけにも行かないのがベームの辛いところでもある。


 続いて別の方向から手が上がる。


 「作戦は、まぁ良いとして、肝心の占領部隊が集まりきっていないようだが?」



 「悌団の集結状況ですが、やはり歩兵………戦列兵団が遅れています。動員兵の編入作業が予定より遅れたために、戦力化のための訓練スケジュールを消化し切れておりませ ん」


 今度は本国軍の将官から質問が飛び、それに対して鎮台司令部の動員課長を務める大佐が答えを述べた。


 「原因は?」


 「単純に歩兵科の召集が予定より遅れているのです。輸送機関は魔道兵科に優先的に割り当てられておりますし、元々、歩兵科は移動ひとつとっても相当な時間を要します」


 「だが事前計画でもそのあたりは考慮していたのではなかったか?」


 「『メトディオス』は元々、ネウストリア帝國侵攻を睨んだ計画でした。ここで用いられる予定の軍は南部国境悌団……所属する兵団は半数が完全充足状態に置かれています 」


 「…………」



 モラヴィアには大型のゴーレムを用いた輸送機関が存在する。

 主要都市間に整備された路線を運行するそれは、ソ連における鉄道に近いものだ。

 モラヴィアの動員計画はこの輸送網を利用して移動に時間のかかる歩兵戦力を迅速に集結させることを明記している。

 だが、実際の輸送力は大型トラックに毛が生えた程度のものであり、各地に分散した万単位の歩兵を集結させるには不足していた。

 また、キメラ程ではないにせよゴーレムの運用には多くのマナを必要とする。

 実際、ゴーレム輸送網の難点は計画立案段階にも取りざたされており、これに対してモラヴィア参謀本部は仮想敵たるネウストリアとの国境近辺に配備されている師団を完全


 充足体制に置き、尚且つ機動力に優れた機鎧兵団、飛竜騎士団を南部に重点的に配備することで解決しようとした。

 これならば仮にネウストリア常備軍に先手を取られることになっても、『総軍』の編成が終わるまで国境で帝國軍を釘付けにできる。

 ……しかし、現在の主敵は南の帝國ではなく『北』のソヴィエト連邦である。

 救世計画以前には外洋に面じていた大陸北東部の端。そんな所から数十万の陸兵が大挙して押し寄せてくるなど、当時の参謀本部は全く予想していなかった。できるわけもな い。


 既に動員計画『メトディオス』の発令に伴い、モラヴィア王国の各州では地方軍の動員が開始されていた。

 これは各地の諸侯が管轄する連隊区より歩兵大隊、魔道小隊を抽出し、戦時計画に基づいて『旅団』、さらに王国軍における戦略単位である『兵団』を編成するというものだ。


現在は、動員の第1段階である『第1次動員』ーーー予備役の歩兵(専従奴隷を含まない正規兵部隊)予備・後備役の魔術兵、機鎧兵、その他技術兵科ーーーが召集されてお り、これらの戦力は、戦時編成兵団の骨格として、あるいは常備兵団の補充に当てられることになる。これらの編入作業が一段落したところで後備役歩兵や専従奴隷を含めた 『第2次動員』が行われるのだ。


 しかし現状において、異界軍との交戦に堪えることのできる戦力は国境を接するグレキア鎮台において2個機鎧兵団、2個戦列(歩兵)兵団……計3万程度でしかない。

 しかも兵力の大多数を占めているのは、グレキア鎮台が抱えこんでいる歩兵部隊であり、それも教練中の動員兵を含めた数字である。

 この時点で赤軍の本格的な攻勢にさらされれば、未だ編成途上にあるグレキア悌団は瞬く間に蹂躙されていたかもしれない。


 だが現実には、突然の異世界転移と正体不明の国家による奇襲攻撃のショックから赤軍は未だに立ち直れておらず、STAVKAによる国境地帯の死守命令と相まって、両軍の間に は奇妙な膠着状態が訪れることになったのだ。






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