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朱き帝國  作者: reden
11/79

第11話 挙国

『我々の努力。

 その4分の3は、都市周辺の防衛網の速やかな建設に注がねばならない。

 敵は我らの城門に迫りつつある。これは生死の問題である。

 レニングラードの労働者階級が、奴隷となってその善美をむしり取られるか。

 あるいは我々が持てる力を結集して困難を乗り越え、敵を撃退して、レニングラード正面でモラヴィア魔術師の墓場を掘るか。

 そのどちらかしかない』


 アレクセイ・A・クズネツォフ、レニングラード共産党地方党書記

 スモーリヌィ党本部における臨時党大会の席上での発言。





1941年7月7日 14:00

ソヴィエト連邦 レニングラード



 レニングラードの街並みの中にはある種奇妙な高揚感が漂っていた。

 それは人々が、モラヴィアに対する激しい怒りと愛国心に燃えている事を示す兆候ともとれた。

 数日前、この街を襲った破壊の爪痕はそこここに残っていたが、それでも活気があった。

 連邦各地から鉄道で輸送され、続々と集結しつつある赤軍部隊が、市の中央を貫くネフスキー大通りを行進し、軍歌を高唱しながら歩いていく。




 起ち上がれ、雄雄しき国土


 起って、死闘を戦い抜かん


 気高き怒りよ


 怒涛の如く沸騰せよ


 我らは人民の戦争に赴くもの


 聖なるその戦に……





 何処の動員局も、入隊志願者であふれ返っていた。

 『レニングラーツカヤ・プラウダ』紙は、全紙を埋めて、愛国心高揚を謳い上げた。

 

 この一週間前、スモーリヌィの党本部に党員上層部が召集され、そこでモスクワが策定した方針の通達と、対異世界軍の防衛体制構築が指示された。

 地方党のボスであるジダーノフがモスクワに戻った為に、彼に代わってレニングラード州総括責任者となったアレクセイ・クズネツォフ党書記は、軍事生産に要する労働者数の推計を提出せよと命じた。

 

 そして軍に対しては海岸側からの攻撃に備えての防衛線構築、連邦各地からの増援軍の受け入れ準備が命じられた。


「キエフ方面に送る予定だった部隊は、粗方こちらに向かわせる事になった。

 詳しくは軍管区司令部に指令書が届いていると思う」


 ネヴァ河の河畔に寄り添うように建つ、ロシア古典派建築の建物。

 旧スモーリヌィ女学館・レニングラード共産党本部。

 その一角に設えられた執務室で、クズネツォフ党書記はポポフ軍管区司令官に、開口一番でそういった。


「それはまた…我々としては助かりますが、そうなると沿バルト方面が苦しくなりそうですな」


「なに。そもそも沿バルト軍管区自体、ファシスト・ドイツの攻撃からこのレニングラードを防衛する為の障壁として立ち上げられたのだ。

 バルト海があんな事になってしまった後では、もはやアレは防壁足りえん。それよりも新たに延伸した陸地国境の守りを固めるべきだろう」


「……確かに」


 バルト海沿岸都市に対して行われた、モラヴィア軍による一連の攻撃の後。

 赤軍は国境防衛部隊の大幅な配置転換を実施していた。

 それまでドイツの攻撃を意識して、ウクライナ・白ロシアに集中していた部隊を一部、バルト海沿岸部に振り向けたのだ。

 加えて、中央アジア・極東方面から大幅に戦力を引き抜き、これをレニングラード・沿バルト方面の防備増強に当てるべく命令を発した。


 そして、その中でも特に重視されたのがレニングラード防衛だった。

 国内でも3指に数えられる重要な工業地帯であり、しかもそれが得体の知れない敵性国家との国境に隣接しているのだから、なにをかいわんや…当然の処置である。

 レニングラード司令部の隷下諸部隊には直ちにバルト沿岸部への展開命令が発せられた。

 その数、戦車師団4個、機械化師団2個、狙撃師団14個。

 対独戦では後方と見られていた軍管区であるにも拘らずこれだけの兵力を展開させている辺りは、世界最大の陸軍国の面目躍如といえるかも知れない。

 とはいえ、レニングラード軍管区の防衛責任範囲は北は北極圏のコラ半島、南は旧エストニア国境地帯に至る広大な地域に広がっており、この西部全域を防衛するのに今の戦力では到底足りるものではない。

 

 これについては援軍として、まず、北コーカサス方面からキエフに移動中だったマークス.A.レイテル中将の第34狙撃軍団(5個師団基幹)、そして第25狙撃軍団の3個師団が、第一陣としてレニングラードに送られる事になった。

 このグループは第19軍として編成され、イヴァン・S・コーネフ中将が司令官に任命された。

 そして、その直ぐ後にはトランス・バイカル軍管区よりM.F.ルーキン中将の第16軍が送られる事になり、これらの大援軍を受け入れるべく、レニングラード軍管区では準備が開始された。


「第19軍は7月20日から8月5日にかけて。

 第16軍はそこから更に10日程の間を置いて到着する予定だ」


「わかりました。直ちに受け入れ準備にかかります。

 ……ところで、防衛線に展開する作戦グループの指揮官人事についてですが」


「誰か適当な者がいるかね」


「管区副司令のピャディシェフに任せようかと思います。

 古参将官の受けも良いですし、彼の管理能力には定評があります」


 ポポフは軍管区副司令官のコンスタンチン・ピャディシェフ中将の顔を思い浮かべながら答えた。

 内戦期の戦功で赤旗勲章を2個得ており、1930年代には士官学校の校長も勤めていた男だ。

 多くの演習・機動演習を指揮し、軍事学者としてもひとかどの声望を得ている。

 ポポフが見たところでは人付き合いにも如才なく、他人の意見にも耳を傾けられるようだ。

 知人の古参将軍ドゥハーノフなどは彼のことを『レニングラード方面最高の将官』とまで絶賛しているほどだ。


「……君がそこまで推すのなら、任せてみようか」


 クズネツォフは頭を傾げつつも了承した。


「ともかく、市正面の防衛線構築・市の要塞化が急務だ。状況は…あるいはフィンランド戦の時よりも悪いが、遣り遂げねばならん。同志スターリンも気を揉んでおられる」


「それは解ります……まぁ市の要塞化は兎も角、あのだだっ広い海岸線を防衛するには手持ちの機材だけでは追い付きません。補給の割り当てについては、これまで以上の優遇措置を願います」


 ポポフの言葉に、一瞬クズネツォフの表情に陰がさした。


「うん、まぁ補給に関しては最大限考慮しよう。

 ……とはいえ、新鋭のT-34、KV-1の配備は遅れることになりそうだが」


「なぜです」


「中央からの指示でな。市内の工場群は、冶金・機械関連の生産設備から優先的に後方に疎開させることになった」


「ここにあっては守りきれない、と?」


「別に赤軍の能力を疑っているわけでは無いがね。碌な縦深も確保できていない現状では難しかろう」


「……確かに」


 一応、建物には偽装網を被せたりペンキで塗装を施すなどカムフラージュは行っているが、物理的に無防備であることに変わりは無い。

 空襲など受けようものならあっさり破壊されてしまうだろう。


「仕方ありませんな。出来ればBTから早めに切り替えたかったのですが」


「何か問題でも?」


「バルト方面司令部が寄越してきた報告なんですが……敵を追撃した際、火炎魔術とやらで火達磨にされる車両が続出したそうで、損害がかなり大きかったようです」


「………か、火炎魔術?」


 いきなりオカルトめいた単語が出てきたことにクズネツォフは目を白黒させた。

 彼の唖然とした視線を感じ、ポポフは居心地悪げに身じろぎする。


「…その…私も実物を見たことは無いのですが。

 話に聞くところではOT-130並の火力だそうで。

 直撃を受けた場合、ガソリン戦車では一撃で無力化されるようです」


 ポポフは、昨日に目を通した報告書の記憶を手繰り寄せつつ答えた。


「なんとまぁ……ますますもって訳のわからん連中だな。

 剣と槍で武装した中世並の軍隊かと思いきや、こちらの戦車に相当するキメラ。

 砲兵代わりに火炎魔法とは……」


「ええ、キメラなど我が軍でも欲しいくらいです。あぁそれと、正確には魔法ではなく魔術というそうです」


「?…細かいな。それはどう違うのかね」


「さぁそこまでは」


 二人揃って首を捻る。

 NKVDから送られてくる情報には断片的なものが多い。

 元をただせば捕虜から尋問によって得た情報が大半を占めているのだから仕方ないのかもしれないが。


「……まぁ良い。話を戻すが、当面、我々は防勢防御をする他無い。

 なにしろ旧バルト海海岸線以西の土地に関しては情報が全く無いからな。

 しばらくは捕虜の情報と、航空機・小規模の偵察部隊を用いての地理状況の把握が中心になるだろう。

 その後、徐々に軍を進出させて市を守るに充分なだけの縦深を確保し、戦線を形成する」


「そして援軍の受け入れが完了次第、反撃。こんなところですか」


「歯痒いなぁ」


「気持ちは解りますが。仕方ないでしょう」


 クズネツォフのぼやきに、ポポフは苦笑を漏らした。

 笑ってはいるが彼もクズネツォフと同じ思いだった。

 正体不明の敵性国家。

 その国境が自国が有する最大の工業地帯と直接隣り合っているというのはソ連側からしてみれば悪夢という他無い。


(まぁ…状況が3年前に戻ったとも言えるか)


 ポポフは思った。

 今から3年前、レニングラード市は北のフィンランドにその命綱を半ば握られていた。

 市の北部は国境地帯に展開するフィンランド軍重砲部隊の射程内にすっぽりと収められており、クロンシュタット軍港はフィンランド領の島嶼群から肉眼で視認できる距離にあった。

 艦艇の配備状況から基地の様子に至るまで、バルチック艦隊の動きはフィンランドに筒抜けだった。


 そして、1939年のフィンランド冬期戦……ソ・フィン戦争。


 この戦争の結果、ハンゲ半島とカレリヤ地方はソ連の手に渡り、レニングラードは帝政ロシア時代と同様の軍事的要衝としての価値を取り戻した。

 ……それも今回の異世界召喚と言う事態によって、全て御破算になってしまったが。

 

(問題はモラヴィア軍とやらの戦力がどの程度かによるな)


 下手な機甲師団より厄介なキメラ部隊。

 空戦能力は弱いものの垂直離着陸能力を持つらしい飛竜。

 多少の性能差は数で巻き返せる、が、逆に言えば纏まった数で攻め込まれれば現状の戦力ではレニングラードを守りきることは難しい。

 軍管区の手持ち戦力は海岸部の都市を守るために薄く分散配備することになるだろう(もちろん最重要地域であるレニングラード市には有力な師団を手配る予定だが)。

 敵の攻勢正面がどこか?

 目的は?

 戦力・作戦能力は?

 そもそもバルト沿岸から西はどうなっているのか?

 解らない事だらけだ。

 フィンランド戦の時のようにソ連が攻勢に出る側ならば、レニングラードの工業地帯は兵器廠として大いに期待できる。

 だが、こちらが防勢に回った場合、前線に余りにも近いレニングラードの存在は、軍にとって重荷以外の何者でも無い。

 それに、工場を疎開する以上、兵器の生産も一時的に滞ることになるだろうから、装備更新のスピードは鈍化するだろう。


(なんにせよ、大変な仕事だ)


 これから背負い込むことになるであろう労苦に思いを馳せ、ポポフは溜息を吐いた。




新星暦 351年 青竜月30日 第10刻

モラヴィア王国 王都キュリロス




「一体…この損害は何なのだ?」


 モラヴィア国王マティアスは軍部からの報告書に目を通しつつ、微かに震える声音で問うた。


「敵の空中戦力・地上軍を過小評価していたようです」


 ロイター元帥は苦虫を噛み潰したような表情で答えた。


「異界軍……現在までに判明したところによれば、名称をソヴィエト連邦労農赤軍というそうですが、これは我々が知るものとは全く異なった、魔力に拠らぬ技術・兵器体系によって形作られた軍隊のようです。

 陛下。いくら魔術を使えぬとはいえ、これは侮ってよい相手ではありませんぞ」


「卿がそこまで言うほどの相手か。しかし……」


 王は暫く報告書に目を落し、何か考えているようだった。

 やがて視線を上げると元帥の背後に並んでいる貴族軍人に問うた。


「……歩兵の損害はまだ良い。だが、機鎧兵団と竜騎士の損害が大きすぎるぞ」


 特に竜騎士の損耗が酷い。

 異界軍が『航空機』なる鉄の機巧兵器を有していることは、先のレニングラード戦でも確認されており、沿バルト方面の侵攻部隊にも警戒命令が送られてはいた筈だ。

 実際、レニングラード戦のように奇襲を受けたわけでもなく、バルト方面に展開していた竜騎士隊は万全の体制を整えた上で赤色空軍と衝突している。

 しかし、その結果は惨敗。

 異界軍の航空機を16機撃破したのと引き換えに、味方は40騎余りの竜騎士を喪失している。

 レニングラードでの損害と合わせれば80騎を超える損失だ。


「飛兵総監。その…労農赤軍の航空機とやらに対して、我が竜騎士団は無力なのか?」


「そのようなことはありません」


 飛竜騎士団を統括する飛兵総監のアレント侯爵大将は心外な、と言いたげな顔で答えた。


「そもそも、異界進駐軍が敵として想定していたのは碌な文明を持たぬ蛮族か、あるいは従属魔術によって牙を抜かれた肉人形………あのような、奇怪な軍勢を有する大国との交戦は想定しておりませんでした」


 そう言いつつ、アレント侯爵は広間に参集している貴族の一人……『救世』計画責任者であるヴェンツェル子爵導師を軽く睨んで見せた。

 

「子爵。貴方は確か、事前協議の席でこう仰られたな?『進駐軍の行く手を阻む者がいるとしたら、それは人語を解せぬ獣くらいだ』、と。従属魔術は成功していると。軍はその報告を信用して、進駐軍に加える魔道軍部隊は最小限に留めた。その結果は?……確かに、相手は獣でしたよ。我が魔道軍の精鋭を叩き潰すほどの力を持った魔獣だ。空中戦力同士の交戦においては数の差が何よりも大きく影響するというのに!竜騎士団は異界軍の物量に押し潰されたようなものだ」


 公然と揶揄・非難されたヴェンツェルは、怒りと屈辱に肩を震わせながらアレントを睨み返した。


「貴様……軍の不始末の責任を我々に押し付ける気か!?これは軍の失態だろう。魔術も碌に使えぬ蛮族如きにむざむざ敗北しておきながら、よくも…」


 このヴェンツェルの言葉に、幾人かの軍人が眉を顰める。

 

「やめんか!」

 

 王の苛立たしげな一声に、ヴェンツェルとアレントは口を噤んだ。


「卿らが責任の擦り付け合いをするのを見物するために、この席を設けたわけではないぞ。

 騎士団の被害についての詳しい報告には、後で目を通しておこう」


 その言葉に、アレントは恐縮したように頭を垂れた。

 縮こまる家臣に軽く頷きを返し、王は国防相に向き直った。


「それで、ロイター卿。

 率直に聞く。かの異界国家……ソヴィエト連邦の赤軍とやらを打ち破るのに、どの程度の戦力が必要か?」


 微かに不安の色を滲ませたその問いかけに、ロイターは暫し考えを巡らせた。


「計画のこともありますし、余り戦いを長引かせるわけにもいきません。

 ここは、本国の魔道軍を総攫えして一気に叩く必要があるかと」


「まさか…」


「さらに念のため、地方軍の動員許可も戴きたく思います」


 余りと言えば余りな要求に、文官たちが呻き声をあげる。


「馬鹿な…そんな事をすれば周辺国が黙っておらんぞ!?」


 最初に反対の口火を切ったのは外務相だった。

 強圧的な外交政策で近隣の中小国からは恐れられ、列強国からは蛇蝎の如く忌み嫌われている人物である。

 一方で、宮廷内では比較的穏健な政策立案をすることで知られている。

 彼にとっての不幸。それは、現王マティアスが魔道軍の力を過信してタカ派的・冒険的な進言に流されやすい傾向を持っていたことだろう。

 彼の評判を悪化させた外交政策は、大抵は王から一方的に押し付けられたものだ。


「むろん、近隣諸国に睨みを利かせられるだけの戦力は留め置きます」


「……私が言っているのは、そんな有象無象の小国のことではない。

 軍を大々的に動かせば精霊教連合も動くだろう。私はそれを心配しているのだ」


 外務相は吐き捨てるように言った。

 精霊教連合というのは、ネウストリア帝國を中心とした『神聖同盟』の、モラヴィア王国内での公称である。

 流石に、自分達を標的とした軍事同盟に『神聖』などと冠するのは憚られた為に付けられた名称だ。


「それに、もし魔道軍が大きく傷つけば属領や近隣の衛星国にも動揺が走るぞ」


「貴様!我々が負けるとでも言うつもりか!?」


 貴族軍人の一人が怒ったように言う。

 

「そうは言わん。だが、負けないまでもこちらが深手を負うようなことがあれば、更に戦力の回復に時間がかかると各国が『誤解』するようなことになれば何とする」


 騎士・貴族の中には誤解している者も多いが、モラヴィアの国力は列強としては然程高いものではない。

 むしろ、下から数えたほうが早いくらいだ。

 モラヴィアを列強たらしめているのは、ひとえに秘蹟魔道技術を唯一保持しているという技術力。

 そして、魔道軍の強大な軍事力ゆえだ。

 もし、その軍事力に陰りが見え始めたらどうなるか?

 思想面では相容れない。

 経済面でも(始終外交関係が緊迫状態にあることもあり)劣勢。

 おまけに恨みは山ほど買っているのだ。

 下手をすれば周辺国から袋叩きにされかねない。


(まぁ一気にここまで状況が悪化するとは思わないが)


 それでも不安の芽は潰しておくにかぎる。


「問題は他にもある。魔道軍全てを動かすとなれば、マナの消費量も馬鹿にならんのだぞ。

 計画完遂を前に国土を食いつぶす気かね!?」


 外相に続くようにして、魔術師ギルド長のフランツ・バーテルス導師も反対の意見を述べる。

 

「御尤もな意見だが。それでも軍としては魔道軍の出撃は必要なのだ。

 進駐軍の損害を見た限り、ソヴィエト軍は地方軍団だけでどうにかなる相手では無い。

 魔道軍の精鋭であっても、戦力を小出しにすれば各個撃破の好餌となってしまうだろう」


 議論百出の様相を呈してきた御前会議。

 それに終止符を打ったのは国王マティアスの一声だった。


「諸卿の意見はわかった」


 辺りが静まり返ったのを確認して、王は一同を見渡す。


「外相・魔術師ギルド長の意見には興味深いものがある。

 が、今は『救世』計画の完遂こそが急務だ。

 魔道軍の総力を上げて、ソヴィエト軍を早急に叩き潰す。周辺国が付け入る隙など与えん。

 それが私の結論だ」


 王の言葉に、外相の表情に失望の色が浮かぶ。

 だが、王の決定とあっては逆らうことは出来ない。 


「国防相。卿の意見を容れよう。

 加えて、東部地域の地方軍団についても動員許可を与える。

 命令は一つだ。

 召喚主に楯突く蛮族どもを早急に平らげよ」


「御意」


 ロイター元帥は最敬礼を持って答えた。

 続けて広間に居並ぶ文武諸官もこれに倣う。

 勅命が下された以上、もはや議論の余地はない。

 王国の持てる力を結集し、思い上がった蛮族どもを徹底して膺懲ようちょうせねばならないのだ。 


「しかし―――」


 方針が決し、己の執務に戻るべく玉座から立ち上がろうとした国王は、ふと、何かを気に留めたように苦笑を漏らした。


「異界軍……【労農】赤軍とはな。名付けるにしても、もう少し真っ当な名があろうに」


 国王が呟いた言葉に、居並ぶ諸官から追従するような笑いが起こる。

 国軍―――すなわち王軍とは、国家・王家の剣であり、その権威を武力によって裏打ちする存在なのだ。

 その表看板に労働者だの農民だのといったものを標榜するなど、彼らの感覚からすれば理解しがたいものがある。

 これでは却って、自ら軍の威令を貶めているようなものではないか。


「聞けば、異界人どもの国家は貴族階級の存在しない衆民による政府が統治しているのだとか」


「ふむ、バランレインの商業自治都市のような豪商どもの合議制に近い体制であると?」


「いや……どうやら平民の大規模な蜂起によって時の帝室を弑逆することで生まれた国家らしい。権勢を握っている者たちの多くは下層労働者出身であるとか」


「……なんだそれは。つまり、連中の政府は平民出の叛徒の首魁がそのまま率いているというのか?…馬鹿げているにもほどがあるぞ」


 大臣、将軍たちの疑念は、国王自身も等しく抱いているものだ

 国を維持するための責任階級が存在しない国家などありえないし、もし仮にあったとしても永く続くことは決してないだろう。

 聞けば聞くほどに、ソヴィエトなる異界国家が精強をもってなるモラヴィア魔道軍の兵団を打ち破った事実が疑わしく感じられてくる。

 

(……だが、現実は受け止めねばなるまい)


 微かに頭を振ると、国王は今度こそ玉座から立ち上がると、自らの執務室に戻るべく広間を後にした。

 去り際、自らが親任した元帥に声をかける。


「ロイター卿。遠からぬうちに、再びここで戦勝の報告を聞けることを期待しているぞ」


「……はっ、御任せ下さい」


 恭しく一礼する元帥に、国王は微笑む。

 この時点で、戦の経過予測にこそ差はあれど、王国の最終的勝利を疑うものは誰一人いなかった。


 異界大陸を召喚した魔導師も、初戦で一敗地に塗れた軍人たちも、救世計画の進捗を外部から見守る文官たちも。

 誰一人、その後の王国を見舞う災厄を予期することは無かった。






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