第七話
最近は人喰いの出現する頻度がめっきり減った。
もともと見境なく人を襲うようなタイプではないし、夕闇の森以外の場所でヤツの目撃情報は一切ない。単に生き残りがいないだけかもしれないが。
すでにその名はドーンゲートを中心に広く知れ渡り、この森に立ち入るものもすっかりいなくなった。
そのため今、皮肉な話であるがヤツの獲物はもっぱら人喰い討伐隊である。
討伐隊とはいえいわば冒険者の寄せ集め。このままではラチがあかないと、断罪騎士と呼ばれる特殊な能力を持った罪人を裁くスペシャリストが派遣されたこともあった。
その時ばかりは誰もが人喰いの最期を信じて疑わなかったが、断罪騎士団の前に人喰いが姿を現すことはなかった。大勢の人数や名の知れた精鋭などは明らかに警戒されているのである。
このためギルドも半ばさじを投げ出す状態で、とりあえず依頼だけが出されているという状況だ。
しかし中途半端なパーティが依頼を受けた時だけ、それを狙ったように惨劇は起こる。
俺はほぼ確信していた。今回、間違いなくヤツと戦う事になることを。
時おり現れるザコモンスターを先頭を行くジャミルたちが軽く蹴散らしつつ、俺たちは森の奥深いところまで来ていた。
といってもそれほど大きな森ではない。ここからだって二十分程度で出口まで戻れる。
本当にトラップもギミックも何もない森なのだ。
「ちっ、ザコばっかで人喰いなんて全然出てこねえじゃねえか! おいこら人喰い! いるならさっさと出てきやがれ!」
ジャミルが苛立たしげに言う。
こいつの豪胆さには俺も少しあやかりたいくらいだ。例えそれが無知から来るものだとしても。
「あの……ちょっと休憩しませんか? ちょうど見通しのきく場所に出たことだし……」
小道が終わり広場のようなところに出たところで、リィナというヒーラーがおずおずと提案した。その声はとても弱々しい。
「うむ、やみくもに歩き回るより少し様子を見たほうがいいかもしれんな」
戦士のラウルがそれに同意する。
ジャミルは少し不満そうな顔をしながら意見を求めるようにセイルへ視線を向けた。
セイルがうなずくのを見ると、リーダーとして器の大きさを見せ付けたいのか「おし、じゃあしばらくこのへんで待機だ」とジャミルはその提案を受け入れた。
俺には何の意見も求められなかった。というかギルドでの一件以来ジャミルは俺を「いないもの」としている。
それは俺としても望むところだ。変に馴れ合うよりはこのほうがずっといい。
休憩といってもアイテムボックスに武具を放り込んで武装まで解除するわけではなく、おのおの武器を具現化させたまま警戒は怠らない。
ジャミルはl両手持ちの槍にワニ革のレザー、セイルは両手大剣を空色の軽鎧の背にしょっている。どれもそう簡単に手に入れられる品ではない。
他の二人は特筆する装備品はないので割愛するが、それは俺自身にも言える。
ドーンゲートの武具店で十把一絡げにして売られているブロードソードに、申し分程度にレベル1の防御能力がついた皮製の盾。
駆け出しのプレイヤーでもしないような装備だ。そんなところもジャミルの反感を買う一因となっているのだろう。
一息つくパーティ内に沈黙が流れる。開けた広場に聞こえてくるのは森がザワザワとささやく音。
ジャミルは落ち着きなく広場を行ったり来たり、他のメンバーは一箇所にかたまって休息を取っている。
やがてぽつぽつと会話を始めた三人を尻目に、俺はウインドウを開き黙々と武具やスキルのチェックを行っていた。
そのままモンスターの襲来もないまま五分弱が経過する。当然人喰いは現れない。
休憩を取った事によりどこかピリピリしていたパーティ内がなごんできたようだ。小さな笑い声さえ聞こえてくる。
もしかするとこのまま、人喰いと遭遇することなく今回のクエストは終了になるのでは――とそんな雰囲気を醸し出したその時。
それは突然訪れた。
戦士ラウルがセイルに質問をした時だった。
「ときにセイル。君の秘策とやらの要となる聖戦士のスキルについて、詳細を聞きたいのだが」
ラウルは不意にそんな事を尋ねた。
確かにセイルのスキルありきの戦いになるだろうし、気になるのも無理はない。
「そうだな……もういいか。ラウル、ちょっとこっちに来てくれ」
セイルは手招きをしてすぐ近くまでラウルを呼び、おもむろにシステムウインドウを開いた。
その時うかつにも自分のウインドウを注視していた俺は、はっ、と二人に目をむけ叫んだ。
「セイル! 待……」
――ズシャッ!
耳を貫くえもいわれぬほどの不快音。
それは、人喰いが人を喰らった音。
命を吸われた戦士がどさりと地に崩れ落ちる。
そして彼の体は、無数のきらめく破片となって霧散した。
「な……!?」
少し離れたところからジャミルの声が漏れる。
その間俺は無心にウインドウを操作し、神業のごとき早さで装備を変更した。
そしてすかさず向けられる悪意ある瘴気。
その発信源は…………眼前で人喰いの剣を携えるセイル。
マンイーターのスキル『捕食領域』が発動された瞬間だった。
「セイル……? ま、まさか……」
呆然と立ち尽くすジャミル。
セイルはその姿をあざ笑うかのように不気味な笑顔を浮かべる。
「くっくっく……。なかなかいい表情するじゃないかジャミル? 最近はこれがやみつきでねえ……、人喰い様をぶったおそうなんていう馬鹿げたクエストを受けるマヌケに、身の程を思い知らせてやるんだよ」
狂気を孕んだその声音は、もはや聖戦士セイルのものではなかった。
あまりの驚愕にジャミルは反論する事すらできない。
セイルはさらに続ける。
「ただこの場合、面が割れるから皆殺しにしないといけないのがネックかねえ……。残念ながら」
セイルはセリフとは裏腹に愉悦の表情で俺たちを交互に見回す。
俺のすぐ後方のヒーラーは一言も声を発しない。恐怖で体が硬直しているのだろう。
それにおそらく、『捕食領域』によるバインド状態にあると思われる。
「な、なんで……こんな」
「ああ? いや最高に愉快よ? 低レベルのヤツを高レベルのヤツが見捨てて逃げるサマ。きっとオレがフォローしてやるよ、なんつってパーティ組んでんだろうなぁ? くっくっく…………あははははは!」
下卑た声で哄笑した後、人喰いはぎょろりと俺に睨みをきかせた。
「コウト君……。君もなかなかケッサクだったよ。いっさいスキルオープンしない、なんて言った時は少し警戒したんだけどさぁ……。ちょっと褒められたぐらいでステータス見せちゃうってどういうこと? くくく……、ほんっと勇気あるわ君! それとも何? 仲間外れは嫌ってか? ふはははは!」
「……その割には俺のことが気になってしょうがなかったみたいだが? わざわざご機嫌取りして」
「単なる取り越し苦労だったよ、慎重すぎるのも考え物だ。まさか本当にあんな低レベルだったなんて。その程度じゃいくらあがこうが『捕食領域』の餌食なわけだが?」
「そんでまんまと俺の猿芝居にかかったわけだ。あんまり気になってるみたいだったから見せてやったんだよ」
「……はぁ? なに言ってんだお前? 大体さっきからなんでそんなでかい口叩けるわけ? お前は『身の程知らずのゴミクズの分際で人喰い様に口を利いてすいませんでした』って命乞いすんのが筋ってもんだろうがよおぉぉ!!」
「黙れよ、マンイーターに飲まれた雑魚が!」
「………………くくっ。決めた。普通はバインドのヤツは後回しにすんだけど、まずお前、殺すわ」
セイルの体の輪郭が赤い線で囲われる。それは対象からターゲットを受けているサイン。
そしてすぐに視界上部にポップアップする敵の発動スキル。
〈マンイート ショート 特殊 両手剣〉
赤黒い凶刃が、光を反射するでもなくひとりでにぎらりと発光する。
そして突き出される容赦ない一撃。
――ズシャッ!
俺は、何をするでもなくその刃を受け入れた。
セイルの正体バレバレだったかなぁ。
それとも伏線足らなすぎたか……。