第六話
時系列は二話の後になります。
ジャミルのパーティに俺とセイルを加えた討伐隊の一行は、プレイヤーが最初に飛ばされてきた街「ドーンゲート」を出発し夕闇の森、別名人喰いの森へやってきていた。
夕闇の森自体はなんてことはない、薄暗いだけの変哲のない森だ。強力なモンスターが出現するわけでもない。
街からもそう遠くないことから初級レベルのプレイヤーにとっては格好の稼ぎ場になっていた。
だがある時期を境に、この森に稼ぎにやってくるプレイヤーはほぼいなくなった。
それが発覚したのは四人のパーティを組んで森に向かったはずの男が、ただ一人血相を変えてドーンゲートのギルドに駆け込んできたときのこと。
男の顔面は蒼白、全身は恐怖に震えしばらくまともに話もできなかったという。
「仲間が、食われた」
やっとの思いで口にした一言。
その場に居合わせたプレイヤーたちは半信半疑に男の話を聞いていた。
聞けば禍々しい剣が次々に仲間の命を奪ったという。そのくせ周囲がやけに暗くてなにがなんだかわからなかったと、どうにも歯切れが悪い。
そんな中話を聞いていた名うてのレアモンスターハンターが興味を示し、単身森へ向かった。
その時はすぐに解決するだろう、と皆が気にも留めなかったのだがその三日後、ギルドによって森への立ち入り禁止が呼びかけられた。
その後、幾度となくその正体を突き止めるためギルドによって捜索および討伐隊が結成されるも、詳細が判明する事もなくいたずらに犠牲者を出していた。
――あそこには、人を喰らう悪魔が住んでいる。
命からがら逃げ出した討伐隊によってそんな噂がささやかれるようになり、いつしか森は人喰いの森と呼ばれるようになった。
時刻はまだ午前十時前。
なのに森の中は日没寸前なみの薄暗さ。ここだけ違う時が流れているかのようだ。
森に足を踏み入れるなりパーティメンバーの一人、魔法使い(マジシャン)の男が口を開いた。
「……な、なあジャミル。悪いんだけど俺、やっぱ今回降りるわ」
「は? なんだよいきなり、そりゃねえだろここまできて」
「い、いやさ、やっぱやべえよこの森。入った途端なんか……全身に悪寒がして」
「入った途端って……、何ビビってんだよ。森自体はなんでもねえ、ザコモンスターばっかの場所だぞ? ……おまえのオリジンスキル『危険予知レベル1』だっけか? 『臆病風』にでも改名した方がいいんじゃねえの?」
がはは、と笑いものにするジャミル。
だが『危険予知』はそれなりに有用なスキルだ。
高レベルになればトラップの有無などはもちろん、初見のモンスターでも危険度が見抜けるようになる。生存の確率がグンと上がるのだ。
「いやでもマジでさ……」
「あーもういいよ、お前一人で先戻ってろ。言っとくけど今回の報酬はビタ一文くれてやらねえからな」
「あ、ああ。構わねえ。……じ、じゃあ後で」
そう言うなり魔法使いはきびすを返して森から脱出した。
「まったく、ああいうのがいるとパーティ全体の士気に関わるぜ。困ったもんだ。なぁラウル?」
「うむ、やつは少し慎重すぎる嫌いがあるからな」
ジャミルの隣でラウルと呼ばれた戦士風の男性が同調する。
先頭を行くジャミルはさらに後ろのヒーラーの女性に振り向き、同じく同意を求めた。
彼女は小さな声で意思表示する。
「え、えと……わ、わたしもちょっと怖い……かな」
「なんだリィナ。お前も抜けたいとか言うんじゃねえだろな?」
「そ、そんなことないです。だってわたしがいなくなったら回復役が……」
「まぁ安心しろ。リーダーの俺がしっかり守ってやっからよ」
それを聞いていた最後尾のセイルが薄く笑う。
「ふふっ、ジャミルは意外にしっかりリーダーなんだな」
「当たり前だろ、オレのほうがレベルも経験もこいつらより一回り上なんだからな」
ジャミルは得意げに言う。
だが俺に言わせればマンイーターとやりあうのに回復役を連れてくること自体間違っている。
ヤツの攻撃は死ぬか、生きるかしかないのだから。回復しているヒマなどない。ムダに仲間を危険に晒すだけだ。
何か味方をサポートできる強力なスキルがあるのなら話は別だが、今の口ぶりからすると純粋な回復要員だろう。
「コウト君、何か言いたそうだね」
セイルは並んで最後尾を歩く俺に小声で話しかけてきた。
「いや、べつになにも」
「そうか。……ずっと気になっていたんだけど、君はどうしてこんなクエストに? 事前にパーティも組まず一人で参加しようとするなんてかなりのリスクだと思うんだけど」
セイルはどうにも俺のことが気になるらしい。
いつ人喰いが襲ってくるかもしれないというのに、随分余裕だ。まあいい、こっちも確認したい事がある。
「俺のレベルじゃ分不相応ってことか?」
「い、いやそんな事を言うつもりはないよ、気を悪くしないでくれ。だが君のレベル……さっきジャミルに聞いたんだが、まだ二十前半らしいじゃないか。本当にそうなのかい? もしそうなら……すごく勇気のある行動だと思ってね」
「セイルほどのプレイヤーにそう言ってもらえるなんて光栄だな。まあそれぐらいが取り柄なもんでね……。ほら、見てくれよ」
俺はウインドウを開き、ステータスを表示させた。他人にも視認できるよう覗き込み防止をオフにする。
セイルは少し驚いたあと、俺のステータスを確認した。
「レベル……23。……まさか君がステータスを見せてくれるなんて思わなかったからビックリしたよ」
「スキルを一切明かさない分、せめてこのぐらいはな」
ステータスといってもせいぜいレベル、HP、SP、クラス、性別などの基本情報のみだ。
「いや、十分だ。僕を信頼してもらえたようでうれしいよ。代わりといっては何だけど、君にも僕の秘策を話しておこうか」
「ああ、ぜひ聞きたい」
「僕はついこの前、聖戦士になったわけだけど、その時に使えるようになったジョブ固有のあるスキルがね、マンイーターの即死攻撃に対抗しうるのに気づいたんだ。それを発見した時は、全身が震える思いだったよ」
「マンイーターの即死攻撃……。なら『捕食領域』にはどう対抗する? あの徐々にHP,SPを吸収するっていう」
「え? …………ああ。吸収量自体はたいした事ないからね。短気決戦に持ち込めば問題ないよ。でも安心してくれ、いざとなったら君達のことは僕が守る。もう目の前で仲間がヤツに殺されるなんてことは…………絶対にさせない」
「…………そうか。頼りに……してる、よ……」
俺はやりきれない気持ちでなんとか最後の言葉を口にした。
「ああ」とセイルはうれしそうに顔を綻ばせる。
俺はその顔を見てさらに胸が締め付けられるような思いだった。いつものポーカーフェイスが役に立つ。
――やめてくれ、もうこれ以上は。どうして俺たちは、この世界で、こんな風になってしまったんだろう。
だが折れそうになる心をなんとか押さえつけ、俺はこれから始まるであろう死闘への覚悟をいっそう強めた。
次回やっとバトルでございます。お楽しみに。