第五話
「うわっ!」
俺は驚愕のあまり情けない声を出してしまう。
スキルを発動した瞬間、ウインドウ全面に映し出されたのは――、どこかで見覚えのある文字の羅列。
それは、俺がネットにアップしていたスキルフォースファンタジーの設定だった。
「なになにどしたの?」
「や、やめろ見るな!」
画面を横から覗き込んでくるフィーネを慌てて押しのける。
コイツは俺の中で早くも黒歴史となりかけている。あの時の俺はどうかしていた。こんなものを見られたら赤っ恥間違いなしだ。
「ちょっとなにすん……うわ、なにこれ誰かからのメッセ? なんかヤバくない? このスクロールバーの感じからすると、ものっすごい分量みたいだけど」
「いやあ困ったなあ誰のイタズラだろうなあ!」
無理くり体を寄せてくるフィーネに辟易しながら、俺は急いでウインドウ自体を消去した。
すぐさま横でフィーネが口を尖らせる。
「ちょっとなんで消すの! まだ全然見てないのに。……大体おかしいよ、ついさっき来た人にあんな膨大な文書が送られてくるなんて。ん? …………もしかして今のが神託ってこと? 神のお告げ?」
「違う。今のはただの官能小説だ。感動巨編だぞ」
フィーネはジトッとした視線を送ってくる。
今の俺にとってはそのぐらい、いや下手するとそれ以上に恥ずかしいものである事に変わりはない。
「まあいいや。えっと……ナンバー9051コウト。オリジンスキル『神託』、詳細は不明。人物スキルともにかなり怪しいっと。あとエロ小説が大好き」
フィーネは宙に浮かぶホログラムキーボードを使い、軽快に文字を打ち込み出した。
「おいこら、何やってる」
「なにって、プレイヤー情報の記録および登録。これもお仕事のうちだし、役得役得。後でギルドで身分証受け取ってねー」
「なんだって? ……大体お前なんなんだ? いきなり絡んできて」
「なんだとはなにさ。これはれっきとしたギルドのお仕事だよ。やってきたプレイヤーにチュートリアルを行い世界観を説明するっていう」
「なら職務怠慢だ。職権乱用でいかがわしい事をしてるとギルドに密告してやる」
「それではシステムの詳細な説明に移ります」
「変わり身早いなおい」
俺の考えた設定そのものが神託。
ということはやはりここはスキルフォースファンタジーの世界……? なら俺は神か……? そんな馬鹿な。
そう決め付けるのは早計かもしれないが、少し落ち着いてみるとウインドウのインターフェイスも、HPSPバーもどこか見覚えがあった。
その辺のデザインなんかはパクス・フォース・ファンタジーから丸パクリしたものだからだ。それにさっきの情報オープンのシステムだって……。
よく考えたらいきなり全情報公開なんて迂闊な事をしたと後悔する。
半ば疑いかけてはいたが、それでもここがスキルフォースファンタジーの世界だなんて信じ切れなかったのだ。
だが引っかかる点もある。俺は『神託』なんていうスキルを設定した覚えはない。
忌々しいが意外とこういう記憶は頭に残るもので、すっかり忘れているという可能性は低い。
おそらくもう一度神託スキルを使って確認したところでテキストのどこにも見つからないだろう。
第一プレイヤーに設定テキストを表示させるなんていうおかしなスキルを作るわけがない。
つまりここは百パーセント俺が考えた世界と同じ、というわけではないようだ。
それに主だったNPCの設定はしたものの、フィーネのようにモブ、といったら失礼かもしれないが、このレベルの人物一人一人の造詣まで細かく作ったわけじゃない。
だいたい俺一人でこんな高度な人物設定ができるはずもない。待てよ、こいつも俺と同じくプレイヤー?
いや、それはない。フィーネはついさっき「外から来た人」と発言した。彼女はこの世界に「最初からいた」のだ。
「しかしすごいな……。NPCっていうかもう違いがわからないじゃないか……」
「うん? 言っとくけどね、プレイヤーの人たちがよくそう呼ぶけどそのNPCってのはもはや蔑称だよ。あたしはそんな気にしないけど、差別だって思う人もいるからあんまり使わない方がいいよ」
「お前だってプレイヤープレイヤーって言ってるじゃないか」
「その呼び方をべつに嫌がる人はいないし、あたしが言い出したわけじゃないし」
おそらくここにやってきた奴らがゲーム感覚で自分達の事をプレイヤー、そのほかをNPCと呼んで区別しだしたのだろう。
まあいきなりNPCなんて言われりゃカチンとくるのも無理はない。俺は9051人目のプレイヤーらしいが、この数字が意味するものは……。
「えーっとそれで、スキルなんだけどね」
「もういい。大体わかった。じゃあな」
ここがスキルフォースファンタジーなら俺にチュートリアルなんて必要ない。
そんなことより早いとこ俺の設定とこの世界にどれだけの齟齬があるのか自分の目で確かめた方がいい。
俺はフィーネの横を通り過ぎて街の奥へと歩き出す。
しかしすぐに後ろから腕を掴まれてしまった。
「ち、ちょっと待ってよ! これじゃ本当に職務怠慢になっちゃうじゃん。怒られちゃうよ」
「いや、そんなことはない、もう十分」
「……そ、そう? あ、あのさーあたし今日これで仕事終わりなんだけどさぁ、どーせヒマだしもうちょっと付き合ってあげよっか?」
「仕事? お前はずーっとここでやってくるやつと機械的に延々同じ絡みをするんじゃないのか?」
「そんなわけないでしょ! ……なーんかバカにしてる? こんな仕事いつだってバックレることだってできるんだよ。……報酬はもらえなくなって評価も下がるけど」
「じゃあ好きにしろ。もう俺に付きまとう必要ないだろ」
「いやホラ。コウトくん性格はアレだけど見た目はまあまあ好みかなー……、なんてね」
見た目? そういえば……、眼鏡もしていないのに遠くまでよく見える。
俺はウインドウのステータス画面を開き、全身像を表示して顔をクローズさせる。
システムウインドウはパクス・フォース・ファンタジーのものに似ていて、そのぐらいの操作は戸惑うことなくできた。
そこに写っていたのは、紛れもなく俺の顔だった。全くの別人になっていなくて安堵する。
しかし髪型は普段しないような長めの黒髪だし、そのせいもあってか全体的な印象がついさっき無駄にイケメンに設定したアバターに似ていなくもない。
顔に何箇所かあった吹き出物の跡も消えており、肌が綺麗になっていた。多分に上方修正したのは間違いない。
身長や体重はほぼ変わりない数値を示していて、誤差の範囲内だ。
自分が自分である事を確認した俺は、急激に押し寄せてきた現実感に耐え切れなくなったように今更ながらの疑問を口にする。
「俺は……プレイヤーたちはもう、戻れないのか?」
「……そういう話は聞いたことないよ。死んじゃって消滅する事はあるけど……、そしたら元の世界に帰還ってなるのかは……わかんない」
「そうか……」
ある程度予期していた答えに、俺は反発するでもなく嘆くでもなくただ声を洩らす。
ここでわめき散らしても仕方ない。そんな妙に達観した気分だった。
いや違う。そうやって他人事のようにスカしていることで、どうにか気を紛らわせようとしていたのかもしれない。
この世界で生き抜く覚悟。このときの俺に、そんなものがあるはずもなかったのだ。
次回は再び人喰い討伐へ戻ります。