第四話
コウトとセリアは祭りの喧騒からやや遠ざかった場所までやってきた。あたりは何もない草原。
セリアはウィンドウを開き、消費アイテムであるデュエルシードを使用した。対象はもちろんコウト。
デュエルシードとは小豆大ほどの黒い種で、ターゲットを指定して消費する事により一対一で戦う特殊なバトルフィールドを形成することができる。
この空間ではどちらかが敗北を宣言するか、HPがゼロになるまで戦いが続く。とはいえ敗れたほうにも一切のペナルティはないため決着がつくのはまず後者である。
デュエルシードは特定の条件下ならいつでも使用可能。デュエルシード自体は貴重なものでもなんでもない。たいていの場所において安価で売られている。
だが純粋に力だめしをするということ以外に使い道がないため、見るものから見れば何の役にも立たないアイテムではある。
「さっさとやるか。ギャラリーができると面倒だからな」
すでに二人は戦闘状態に入っている。周囲から手出しこそできないが、もちろん戦いを観戦する事はできる。
なんのスキルを使用したかまで知られることはないが、武器や防具のシルエットは判別できるためコウトはそれを懸念した。
「なにをまた。デュエルなんて注目をあびて何ぼのもんでしょ? まあ無様な戦いを晒したくないっていうのならわかるけど」
コウトはそれには答えず、今しがたセリアが構えた武器を見て不敵に笑った。
「……ソードマスター様ですか。ちょっとナメ過ぎてたな」
「へえ、知ってるんだ『二刀剣』。こっちも少し意外だわ」
彼女の右手には美しい装飾が施されたやや大きめの片手剣エンジェルガード、そして左手に小ぶりの細剣フォスキーアが握られていた。
『二刀剣』は両手に片手剣を装備して戦えるソードマスターの固有スキル。
ソードマスターの存在自体が珍しいため、一目でそれとわかるだけでも評価できるというのがセリアの考えだ。
「さてこっちは……、こいつを使ってみるか」
コウトが具現化したのは両手剣。刀身の根元に巨大な歯車のようなものが引っ付いている。
セリアは見たこともない武器を向けられわずかに嫌な感じがしたが、それはきっと向こうも同じ事だと思った。
エンジェルガードはAランク、フォスキーアはBランクの武器だ。滅多なことではお目にかかれない。
「両手剣ね……、ふっ、さっさと来なさいよ、時間が惜しいんでしょ?」
それに相手の獲物が剣だった時点で、セリアは勝利を確信した。ソードマスター相手に剣で勝負を挑むのは絶対不利である。
ソードマスターには、剣装備時の威力がニ割り増し、さらに相手の剣による攻撃の威力、命中率を下げる固有スキル『ソードマスタリー』がある。
そもそもセリアはソードマスターになってからデュエルで負けたことがない。それ以前の騎士時代でさえ、剣同士でのデュエルは敗北した記憶がない。
(『二刀剣』の事は知っていても、さすがにそこまでは詳しくないようね……。それか剣しか使えないとか)
両者スキル選択が終了し、戦闘が開始される。
〈装備武器ガード 防御〉
発動されたのは、コウトの防御スキルだけだった。
肩透かしを食らったセリアは、頓狂な声を上げる。
「ちょ、ちょっとなにあんた!? いきなり防御とかやる気あんの!?」
「お前こそなんだ? 待機? スキルの選び方がわからないのか?」
「ぐ……」
セリアが選択したスキルはショートレンジの『天衣翻撫』とミドルレンジの『乱れ霞』。どちらもカウンタースキルである。
両手剣とはいえロングレンジの技を持つ武器は少ない。しょっぱなから威力の高いショートレンジの大技を狙ってくる相手はよくこれに引っかかる。
彼女がデュエルでよく使う戦法だった。中でも『天衣翻撫』は強力で、一撃で勝負が決まってしまった事もある。
しかしいきなり防御を選ばれ技は不発に。これだと相手には不自然に待機したようにしか見えない。
(今のでカウンター狙いがバレたかしら……? でもなんでアイツいきなり防御を……? こんなこと初めてだわ)
もしかすると一ターン目は必ず様子を見る慎重派なのかもしれない。要するに、たまたま偶然が重なっただけなのでは。
どうしてもそれが引っかかり、セリアはそれを確かめたくなった。実のところ彼女の側から無理に攻め込む必要はないのだ。相手はロングレンジの技を出さない限り手の出しようがない。
カウンターが必ずしも100パーセント成功してダメージを与えられるというわけではないが、セリアの統計上確率はかなり高い。
ニターン目、彼女は再び二つのカウンターを選択した。
〈装備武器ガード 防御〉
またもや同じ結果になった。
「……ねえ? そんなんじゃいつまでたっても勝負がつかないわよ?」
「それはこっちのセリフだ。そもそも焚きつけてきたのはそっちだろ? むしろお前の行動が理解できかねるんだが」
コウトは呆れ口調で言った。
しかしセリアにしてみれば、コウトのしらじらしい口ぶりが憎たらしい。
どういうわけか知らないがこの男は、自分がカウンターを仕掛けてくる事を見破っていた。
考えにくい事だが、要するにこの武器のスキルを知っているということになる。
いや、それだけだと説明がつかない。どちらの武器もカウンター以外の攻撃スキルを備えている。
一方的に攻撃を受けてしまう可能性だってあるのに、二回連続で防御を選択するなんておかしい。
どちらにせよこのままじゃラチが明かない。そう思ったセリアは、次こそ攻撃に転じることに決めた。
〈装備武器ガード 防御〉
〈天翼旋 ミドル 中 片手剣〉
白い羽根が舞うエフェクトとともにセリアの剣が唸りを上げる。
コウトは大剣を縦に構えてそれを受け止めたが、威力を殺しきれず後方へ数歩後ずさった。
コウトのHPバーが二割ほど減少する。
ダメージを負ったコウトへ追い討ちをかけるように、有利にたったはずのセリアが激昂し声を荒げた。
「ふざけんじゃないわよあんた! この卑怯者!」
この瞬間、彼女は自分が間違っていたと確信した。読めたのは、ある一つの可能性。
そう、この男に最初から戦う気なんてない。
きっといきなり『二刀剣』なんて見せられたものだから、勝ち目はないとあきらめたに決まっている。
おそらく負けた後、「いや俺遊んでただけだし」などとうそぶいてごまかす魂胆だろう。いや、もうそれしか考えられない。
勝手に一人で相手を過大評価しすぎた。一応攻撃に備えて片方の武器はカウンターの『乱れ霞』を選択していたが、それも徒労に終わった。
コウトは何食わぬ顔で再び剣を構える。
「卑怯か……、まあ、卑怯なのかもな……」
「そう卑怯よ! その上臆病者よ! わかったわ、お望みどおりズタズタにしてあげるわよ!」
「そこまでキレるか普通……? 自分から誘っといてよ……」
「言っとくけど後で再戦するわよ!? 今度はもう大観衆を集めて大々的にやるんだから!」
「はあ? 意味がわからん」
聞く耳持たずとセリアは次の攻撃を放つ。
〈装備武器ガード 防御〉
〈バニッシュスラスト ミドル 小 片手剣〉
〈天翼旋 ミドル 中 片手剣〉
もうカウンターの必要はない。今度は正真正銘の二剣連続攻撃。
一気に懐にもぐりこむ踏み込みとともに、目にもとまらぬ、実際肉眼では捉えられない強烈な突きがセリアの左手から繰り出される。
前回同様、剣でその一撃を受けたコウトにさらに天使の翼が襲い掛かる。すでにバランスを崩しかけていたコウトの体は、その追撃によって後方へ吹き飛ばされた。
セリアの今の攻撃は剣攻撃の威力をアップさせるサポートスキル『剣戟』を発動してのもの。
コウトの残りHPバーの長さはすでに三割を切っている。
「ホント茶番だったわ。せめて最後は派手なのでシメてあげるわ」
セリアは『スイッチ』を使い両手の武器を持ち変える。
右手には激しく燃え盛る炎剣。左手に凍てつく冷気を放つ氷塊。
二刀剣専用武器フラム・グラス。強力な補正がかかるその破壊力は、適当な武器を二本選んだ場合の比ではない。
この武器は計四つの攻撃スキルを備えているが、セリアが選んだのはその中でも最も強力なショートレンジ大攻撃の大技。
無抵抗の相手にトドメを刺すだけなのだから、もう細かい駆け引きなど無用。
あとはもうこのお気に入りの美しく華麗な、必殺技とも呼ぶべき技を見せつけてやるだけ。
「フラム・グラスまで持ってんのか……。こりゃラッキーだな」
コウトが何かつぶやいたようだが、セリアの耳には入らない。
どうせ何かの負け惜しみだろう、知ったことじゃない。後で絶対に恥をかかせてやる。いかに再戦に持ち込むか、彼女の頭はずっとそればかり考えていた。
にしてもさっきからなにか耳障りな音が聞こえる。ここにきてそれは一層激しくなっていた。
ギィィィィィンギャギャギャ……、と、まるで何かが激しく擦れているような……。
最初は自分達の回りにギャラリーができて騒いでいるのかと思ったが、そんな人影はない。
一体どこから……、と不思議そうに注意を払ったセリアは、そこでやっと気付いた。
音の発生源は、コウトの手元。大剣の鍔の部分で、巨大な歯車がけたたましい音を上げながら高速で回転していた。
不気味な擦過音はセリアの耳をつんざきその不安をあおるも、彼女はすでにもうスキル発動へと踏み切っていた。
〈アクセルバースト5th ミドル 大〉
〈氷炎燦華 ショート 大〉