第二話
三人称セリア視点です。
元ラーナキア王国騎士団遊撃隊長セリアはいつにもまして苛立っていた。
さかのぼる事およそ一年前。数年にわたる武者修行からラーナキアに帰国した彼女を待っていたのは、盗賊の巣窟と化した故郷の姿だった。
その事実は、まず彼女を驚愕させた。それは無理もない。平和だったこの国がそんなことになっていようとは、彼女含め周辺地域に住む者誰一人として予想だにせぬことだった。
しかしセリアはそれだけでは終わらない。
ひとしきり驚いた後に彼女の中にわき上がったのは、騎士という肩書きにはおよそふさわしくない、怒りの感情。
――国の騎士団もそろいも揃って腑抜けの集まりね。たかがモンスター一匹に国が壊滅? ホントあり得ない。
その怒りは突如出現したという謎の悪魔モンスターや、その後城を占拠した盗賊に向けられたものではない。
その矛先はラーナキア騎士団。そして、
――それに王子が行方不明? 勇者だなんだってさんざんもてはやされてたくせに? とんだ笑い話ね。
ラーナキア勇者こと第一王子アランに対してものだった。
「この国は勇者がいる限り一生安泰なんだ。たとえどんな魔物が攻めてこようと勇者の剣にかなうはずがない。だからセリア、おまえは女だてらに剣を振り回すのはやめなさい」
ラーナキアで生まれ育った彼女は、子供の頃から事あるごとに父からこんな事を言われ続けていた。
名のある騎士であった父を尊敬してはいたが、セリアは耳を貸さなかった。なぜそんなことを言えるのか、疑問ですらあった。
まだ幼い頃、運悪くセリアは母親と二人きりのところを魔物に襲われた。母親は身を挺して自分を守ってくれたが、ろくな戦闘経験はない。自分をかばう母親の影でセリアは強く、強く勇者に助けを願った。しかし、どんなに願っても勇者は現れなかった。守ってくれなかった。そして母親は帰らぬ人となった。
自分の身は自分で守る。彼女はこう決心し、誰に何を言われようと強くなる事を決めた。
そして今は父もいない。もはや唯一の肉親であった父は、悪魔が去った後混乱した国に流入した盗賊によって殺された。今となってはそれが彼女を動かす大きな原動力。
元から王族への忠誠心などないに等しい。生活のために訓練がてら隠れて魔物を狩っていたところを国の騎士に目撃され、その腕を買われて騎士になったのだから。
セリアの実力は騎士団の中においても抜きん出ていた。みるみるうちに頭角を現し、異例の抜擢を受け昇進した。その後一定の水準以上の生活を保障された彼女は、平定が進んだ国にただ留まる事に飽き、さらなる鍛錬をつむべく諸国へ旅立ったのである。
数年ぶりにラーナキアに戻ったセリアは、やり場のない怒りを発散させるように時おり城から移動する盗賊の集まりを襲撃した。そんなことを繰り返しているうちにいつの間にか彼女はレジスタンスのリーダーに担ぎ上げられていたのだった。
セリアはさらに成長した。LV59のソードマスター。
数で押されさえしなければ、もはや盗賊のリーダーさえ軽くひねりつぶす実力。近々大規模な作戦を決行に移し、乾坤一擲の戦いを挑むつもりだった。だがその出鼻をくじくような今回のこの事態。
セリアはそれだけでも大いに機嫌を損ねていたが、今日この日、魔王討伐クエストのお祭り騒ぎの中に「ある人物」を発見し苛立ちは頂点に達した。
彼女を知るレジスタンスの仲間がこの場に立ち会おうものなら、とばっちりを食わないようにそそくさと退散しただろう。
「お久しぶりです王子」
セリアはアランの進行方向の前に遮るように立ちはだかった。遠目に見てもしや、と思った彼女の直感は正しく、こうして間近で向かい合ってそれは確信に変わった。
アランはしばらく目を瞬かせていたがやがて、
「君は……、セリアか……?」
「……ええ、覚えていてくださいましたか。ところで王子はいまさらこんな所に一体どのような御用むきでしょうか? ……わざわざそんな変装までして」
「……いや、自分は……」
「これまで一体どちらに? 国を捨てて、おめおめと生き残っていたようですが」
セリアの口調が厳しくなっていく。ようやく薄れ始めていた感情は、瞬く間に彼女の心に浮かび上がってきた。
「……すまない。自分は国のことよりも妹を……」
「言い訳はいいわ。それに謝ってもらう義理もない。何をしていたのか知らないけれど、そもそも危険を犯してまで戦うなんて王子のすることじゃないものね」
そう、元から期待なんてしていない。勇者なんてものに期待するのが間違いなのだ。
「それで、今になってのこのこやってきて、国を取り返そうとでも思ってるのかしら?」
アランはその問いに答えることはせず、ただ顔をうつむかせた。
その態度に業を煮やしたセリアがさらに詰問しようとした所に、
「アラン、どうした?」
仲間と思われる青年がわって入ってきた。
すぐにセリアは邪魔するな、といわんばかりの鋭い視線をその黒髪の男に向ける。
見た目特に何のことはない、どこにでもいそうな冒険者のようだ。おそらくアランの従者か何かか。呼び捨てにしていることが気にかかったが、それも身分を隠すためだと思えば何の不思議もない。
「なにアンタ。仲間?」
「さあ?」
彼女の部下ならばそれだけで縮こまってしまうような口調で問いただしたが、男は全く動じることなく無表情のままかすかに首をかしげただけだった。
気に障るような態度だったが、同時にセリアは感じた。アランから命じられているのかどうか知らないが、この男はきっと何を尋ねてもまともに答える気がない。情報が欲しいならまずはそっちからだ、とでも言いたげな顔。
生意気な、と食ってかかろうとしたセリアは、不意にその男の背後から付き従うようにしてやってきた二人の女性のうちの一人の顔に目を留めた。
(なるほど、そういうこと……。王女サマも無事だったってことね……。よくもぬけぬけと……)
王宮で遠目に何度か見かけた顔。少し雰囲気が変わったようだが、あの少女はラーナキア王女アイラに違いない。
もはや怒りを通り越し呆れ返ってしまったセリアは、その途端急激に全身を覆っていた熱が冷めるのを感じた。
「……もういいわ。リーダーなんてやってるみんなの手前、こんなくっだらないお祭りに参加してたけど、もう終わりにするわ。あたしはもうここには用はないし、二度とあなたの前に姿を現す事もないと思う。せいぜい頑張ることね。ま、さすがの勇者様といえどはっきり言ってクリアは無理だと思うけど」
セリアは踵を返し、視線を彼方ヘ向けた。そしていつ終わるとも知れない旅路の一歩を踏み出す。
ラーナキアの再興を目指しているわけではない。親の仇とも言える盗賊はすでにいなくなった。
ならば彼女がここに留まる理由はもう――。
勇者様。
セリアの足が止まった。
皮肉を込めて放った最後の自分の言葉。その言葉が今、セリアの頭の中に一つのある閃きを起こした。
……まだあった。あたしにはまだここでやることがあったじゃないか。
目の前で力なくうなだれている勇者。
そう、この男をこの手で打ち負かし、皆を騙し続けていた勇者という幻想に終止符を打つ。
こんなのが勇者だなんて……、絶対に認めない。
「……王子。最後に、一つお願いがあります」
セリアは振り返り、まっすぐな瞳でアランを見つめた。それまでの苛ついた態度とは一変してまるで憑き物が取れたような表情だった。
「今ここで私と一対一、デュエルにて、手合わせをお願いします」
よどみない凛とした声でそう言った。
対するアランはいきなりの申し出に驚きを隠せない。返答はなく、沈黙。
うやむやにだけはされたくない。セリアはもう一声、と畳みかけようとすると、横から声が割り込んできた。
「時間のムダだ。こっちはそんなことしてる場合じゃない。第一、お前ごときが勇者にかなうかよ」
先ほどの生意気な男だった。セリアとしてはこの大事な場面に横槍を入れられたものだからさすがに黙っていられない。事情を知らぬとはいえ、これ以上なく今のセリアの神経を逆なでする物言い。
彼女の矛先はすぐに変わった。