第十六話
たった今生まれ出でた新しい武器。
俺の手を離れた刹那、それは空間を、次元を超越し標的に突き刺さる。
ほぼ地面と水平に投擲されたはずの必中必殺の槍は、天より下された神罰のごとく悪魔の脳天からその身を刺し貫いていた。
「グオオオオオォォォッ!!」
響き渡る怪物の断末魔。
頭の奥に刺さるような咆哮は、えもいわれぬ不快感と疼痛を与える。
しかしそれもすぐに止んだ。
全く予期せぬ一撃に身悶えるクリスタルデビルの巨体は、徐々に黒い砂状へと姿を変えやがて霧散した。
その後には何も残らない。死の香りのする邪気も、激しく渦巻く暴力的な波動もそこにはない。
ただ静寂だけが場を支配していた。
「や、やった……んだよな?」
最初に口を開いたのはシュウ。
救いようのないほどの絶望から、ほんのわずかな時間、ほんの一瞬の出来事によってその窮地を脱した。
信じがたいようなその事実を確認するかのように。
「……ああ、あいつはもう消えた、と思う。多分な」
誰もその言葉に答えるものがいなかったので俺は口を開いた。
自分でも半信半疑ではある。自分にあれだけの力があったとは。
「……す、すげえよ! お前! なんなんだよさっきの! あんなの見たことねえぞ!? それにあのスキルなんだ!? 魔法か?」
興奮したシュウが詰め寄ってきた。リィナも頬を紅潮させてそれに合流する。
「あれはきっと魔法じゃないですよ! コウトさん、いれぎゅらーってどういうことですか? さっきの悪魔のことですか?」
「そうだ、あれは本当はここにいるはずのないイレギュラーな存在だ。俺の考えたこのスキルフォースファンタジーには、いるはずのない」
明らかに異端な存在である俺。自分だって相当なイレギュラーだ。だからこそ、そんな相手にも対抗しうるはず。
もしかしたら俺も周りから否定されてしまうかもしれない。異常者として迫害を受けるかもしれない。
だが思い返せばリアルでの俺の立ち位置だってそんなもんだった。ハブられて結構。何を今更気負う必要があろうか。
「……なんか言ってるぞ? 大丈夫かアイツ、ちょっとオカシクなってんじゃねえのか?」
「……あれだけの大技を出したんですからきっと疲れてるんですよ」
俺の発言に二人がひそひそと声をひそめる。
……まあ、こういうことだ。
「正直あまりの展開に頭がついてこないな……。なんにせよ、我々はどうにか助かったという事か……」
ゆっくりと近づいてきたロイドが低い声でつぶやく。
その声音は沈んでいた。あれだけの化け物を目の当たりにして、これから先の自分や、断罪騎士団の行く末など色々と思うことがあるに違いない。
ロイドはどこか警戒した目で俺をまっすぐ見すえた。
「あれも相当な化け物だったが、それを一撃で仕留めてしまう君も……」
「コウトさんは化け物なんかじゃありません! ロイドさん、それ以上は怒りますよ!」
「そうだよ! こいつは人喰いの時だってバッチリ決めたんだからよ! 趣味悪いけど今回も奥の手を隠し持ってただけだろ!」
「あっ、バカ!」
人喰いのことはロイドには秘密に……。まあもうバレてるかも知れないが。
ロイドはやれやれといった表情で呆れた声を出す。
「ふぅ、全く仕方がないな。君は本当に……。まあクロだと思ってはいたが」
「察しの通り化け物だったな」
「失礼、悪し様に言うつもりはなかった。……コウト君、きみ断罪騎士団に入るつもりはないかね? もちろん団長と相談して特別なポストを用意するつもりだが」
「冗談言ってろ」
「なぜだ、ドーンゲートでは断罪騎士と言うだけで一目置かれるし、女の子にもモテモテなのだぞ? 給金もしっかり出る」
「罪人になっても見逃してくれるっていうんなら考えるけどな。それより……」
俺は一人の男に視線を送る。魔物が消えてから彼はずっとその場に膝を折ったまま、顔を伏せていた。
「ロイド、ジャッジメントプリズンだ」
「ふむ、……しかしあの男、本当にアラン王子なのでは?」
「関係ない。……アラン、いつまでもずっとそうしているつもりか?」
少しの間があった後、アランは立ち上がり力のない瞳をこちらに向けた。
「自分は……国も、民も見捨て……そしてアイラも、救えなかった。もはや存在価値はない」
「生き恥? ここで死んだら……、それこそ永遠に名を残すクズ勇者になるわけだが? ならアラン、エルライザーを渡せ。さもなくば俺がお前をクリスタルにしてエルライザーを封印する。使い手がお前じゃ、もう聖剣なんていらない」
「……そう、だな。エルライザーは君に渡そう。そもそも自分には元から聖剣など……。もうひと思いにやってくれ、生き恥をさらす気はない」
かすんだ声でようやくそう口にするアラン。
暗殺者にまで身を落としてまで守りたかったもの。彼の最後の希望は、すでに永久に失われた。
だが、その彼を希望としている者達がいる事を俺は知っている。
これまでの俺だったらエルライザーを奪い取って、死にたきゃ勝手に死ね、で早々にこの場を後にしただろう。
しかし今は……、なぜかついさっきまでの自分を見ているような気分になった。
俺は正直自分にあそこまでの力があるなんて予想もつかなかったが、こいつには間違いなく力がある。
「ラーナキア第一王子アラン。武勇に優れ友愛に満ち親兄弟はもちろん国民からの信頼も厚い。王家に伝わる聖剣エレメンタルライザーに選ばれ、近隣諸国にもその勇名を轟かせる。……はずなんだが? 基礎ステータスは高く上昇率も多め。初期状態でいくつかのスキルも習得済み。オリジンスキル『ブレイブハート』『王家の血』『不屈の闘志』。おい、どれだけヌルゲーだと思ってんだお前」
「な、何を言って……どうしてオリジンスキルまで……!?」
「俺はラーナキアに行く。ついでにお前も連れて行く」
「……行って、どうする。あそこにはもう、何も……」
「国の元騎士たちは、レジスタンスを結成してお前の帰りを待ってる。そいつらの前でも、さっきと同じ事を言えたらその時は容赦なくトドメをさしてやるよ」
「そんな、バカな……? 国はもう、なくなったも同然のはず……」
「ホント、バカな奴らだよな。こんなのを当てにしてるなんて」
「自分はなんと言われようが構わない。しかし彼らを愚弄するのは……」
アランの瞳に一瞬にして力が戻り、鋭い眼光が俺を射抜く。
全身から闘志が溢れ出ているのを感じる。返答によっては俺とやりあう事も辞さないといった様子だ。
あの悪魔を一撃で倒した得体の知れない相手に気後れする様子もない。そう、こいつはクリスタルデビルにも臆することなく真っ先に向かっていった。
「決まりだな。ロイド、出発までこいつを断罪騎士団で預かってくれ。あるだろ? 罪人をぶち込んでる立派な牢が」
「まあ構わんが……王子は妹君を人質に取られていたと言う事か? ラーナキアの血筋は絶えたと聞いていたが、まさかアラン王子が生きていて、アイラ姫はクリスタルに……、なんともはや……」
ロイドの顔はどこか痛々しそうだった。ラーナキアの滅亡はこのあたりに住む人間には悲劇として知れ渡っている。
確かに救いようのない話だ。だからこそ……。
アランの罪人スキルレベルがどれほどなのか知らないが、近いうちに浄化させておかないと後々面倒だな。ロイドがうまく取り計らってくれるかもしれない。
「コウト、お前なんか知らんがラーナキアに行くんだろ? あそこ相当ヤバイらしいじゃねえか。当然、仲間がいるよな?」
「回復役もいりますよね? きっと悪~い罪人の方もたくさんいるでしょうし」
「あ、ああ。……よろしく頼む」
「ん? 割と素直だな」
「ですね」
てっきり俺に拒否されると思ったのだろう、二人は不思議そうな顔で見つめてくる。
なんとなくバカにされているような気がしたので顔をそむけた。
「……な、仲間だからな、一応。パーティ組んでる」
精一杯につむいだ言葉は、あまりにも小さすぎて人知れず空気に飲まれた。
でもこれでいい。それをはっきりと口にして伝えるのはひどく陳腐な気がしたから。
失われた王国ラーナキア。
そこにどんな不確定要素が待ち構えているのか、今の俺には、知る由もない。
これにて第二章終了です。
2/27 全面的に見直し・改稿しました。話の大筋に変化はありませんが、バトル周りなど微妙に変えました。