第十五話
『神の眼』は便利なスキルだ。実際に戦闘する前から相手の攻撃力、防御力、回避能力や弱点などがおぼろげに推測できる。
だが裏を返せば剣を交える前からリスクの高さや、もしくは勝敗そのものまでもが見えてしまうこともある。
『神の眼』を習得してから、確かに危険な状態に陥る事はずいぶん減った。それは俺が、勝ち目の低そうな戦いは極力避けるようになっていたからだ。
どうしても量ってしまう。己の力量と相手の力量の差。その戦いが、どの程度のリスクで、どれほどのメリットがあるかどうか。
『ストライクバースト』命中率71 与ダメージ率4 クリティカル率1 気絶発生率0
悪魔へ向けた、俺の攻撃予定スキル。
いま発動できるサポートスキルを全部重ねがけしてこの数値。ニ発が限度か。
最も発動が遅い大技でさえこの威力。あまりにも次元が違いすぎる。
なぜ、どうしてこんな魔物が存在する? 彼らを止めなくては。あいつらには見えていない。この絶望的な力の差が。
いかにエルライザーといえど、これでは……。
俺が逡巡しているうちに、味方の攻撃が開始される。どういうつもりか敵がまだ攻撃する気配がないのが幸いか。
後方から制止する声をかけようとした俺に、もう一人の俺が心の中でささやく。
ヤツは化け物だ。コウト、お前には見えているはずだろう、絶対的な力の差と、その未来が。どうあがいたところで勝ち目はない。勝てるはずがない。
お前は逃げろ。今すぐ逃げろ。逃げろ逃げろ逃げろ。
ほら、見えるだろ? ヤツの攻撃スキルの威力が。敵はあえてこちらの攻撃を受け、その差に絶望させた後一気にひねりつぶす気だ。
ターゲットは後ろに突っ立っているお前一人じゃない。きっと全体攻撃だ。発動されれば確実に全員死ぬ。
『破壊 ショート 大』 命中率201 与ダメージ率296 クリティカル率67 気絶発生率59 即死発生率18
もちろん恐れをなして逃げるわけじゃないさ。
これは戦略的撤退。お前はいつも周到な準備をしてきたはずだ。負けないために。
負けるとわかっている戦いなんて愚かすぎる。
味方が気になるのか? そもそも仲間なのかどうかもよくわからない連中だ。気にする事はない。
第一攻撃スキルを発動してしまった者はすでに手遅れだ。もう逃走行動は取れない。
そう、ヤツに挑むのはいつの日か力を付けてから、万全に準備を整えてからにすればいい。
今回は少しイレギュラーな事態が多すぎた。たまたま運が悪かっただけだ。
「エルライザーの一撃を受けても一割以下のダメージ……!? だが負けるわけには!」
「なんという化け物……! これでは断罪騎士がいくら束になろうが手も足も出んぞ……!」
彼らは攻撃を当てて初めて気づく。自分達の渾身の一撃が、敵のHPバーの何割に相当するかを。
……いつの日か? 万全な準備? 違うな、あんな化け物、この先どれだけ時間をかけても倒せるわけがない。
これからも恐怖におびえながら無様に逃げ続けるしかない。
クリスタルを喰らってパワーアップする悪魔。
今でも手がつけられないのに、放っておけばより強大な力を得てしまうに違いない。
おそらくヤツが欲しているのは王家や神官などの重要人物のクリスタル。
代えのきかないそれらの命が失われるたびに、世界はバランスを失い確実に破滅へと向かうだろう。
でもそれは俺にはどうしようもない。
この世界はもう、俺の作ったスキルフォースファンタジーじゃないんだ。
ちょっとやそっとの違いじゃない。NPCが意志を持ち始め、あるはずの国はとっくに滅亡し、聖剣でも歯が立たない魔物。この他にも細かい点を言い出したらきりがない。
俺の中途半端な知識は通用しない。いや、むしろその固定概念は足かせですらある。
だから俺にできることなんて、もう……。
「おい! コウト! なにボケッとしてる! やばいんだろこのままじゃ! マジでなんかねえのかお前!」
「コウトさん!? どうしたんですか、大丈夫ですか!? も、もしかして何か考えが……?」
最後まで俺に期待し、手を差し伸べてくる二人。
なんだ、こいつら。まだ俺に期待してんのか? 俺は一人で逃げようとしている。さっきだってリィナを見捨てようとした。
バカだな……、なんでこんな……。
こいつらは俺が一人逃げようとしているなんて、夢にも思っていない。そのぐらい、俺にだって二人の顔を見ればわかる。
それどころか信頼されている。頼みにされている。俺を仲間だと、思ってくれている。
それに、あいつらは言ってくれた。
かつて俺をパーティに誘ってくれたジンと同じく、俺とパーティを組みたいって。
なぜか恥ずかしくて嫌がるフリをしていたけど、本当はうれしかった。
そうだ、あいつらは仲間なのかどうかもよくわからない連中なんかじゃないはず。
この感覚は……、覚えがある。
リアルでハブられた俺がネットゲームにハマった理由。ネットゲームに求めていたもの。
でも俺は……。
俺はその時ふと、パクスフォースファンタジーをやめた時の頃を思い出した。
それは今のこの状況とあの時の状況が、よく似ていたからだ。
あの時の敵は味方を作るのだってうまい重課金プレイヤー。
俺にはジンをはじめとした古株の味方がいなくなっていて、どうしようもないと思っていた。
でも本当は俺に同調してくれるヤツだって少しはいたんだ。信じてくれる仲間が。
だけど俺は逃げた。
そいつらとうまくやって偉そうにしている奴らを見返す自信がなかったし、実際問題それはかなり難しいことでもあった。
何よりも俺はあまりにも負けず嫌いすぎて、必死にやって負けることが怖かった。
負けたくなくて、戦う前から勝負を放棄したんだ。
そして逃げた先には、何もなかった。当然数少ない仲間も失った。
それは負けたも同然、いや、戦って負けるより無様だった。最高に情けない姿だった。
ここでまた俺は逃げるのだろうか。
逃げたら、その時点で負け。たとえこの場から逃げられたとしても、俺の負けだ。
そして、永遠に仲間を失う。
本当は負けたくない。あんなわけのわからん魔物になんて負けたくねえ。
大体あの野郎いきなり出てきて何様のつもりだ?
クリスタルデビルだかなんだか知らないが反則だろあんなの。
俺をさんざんいびった重課金プレイヤーと、あの悪魔がダブって見えてくる。
そう、あいつもこうやっていきなりやってきてふざけた真似しだしたんだ。
ってことはなんだ? 俺はまた奪われるのか? 自分の仲間と、居場所を。
そんな……、そんなこと…………そんなことさせるかよ!
てめえ、次は俺の作ったこの世界で好き放題やる気か? また勝手に荒らしまわる気か?
ふざけんなよこのチート野郎! お前がチートばっかしてたの俺は知ってんだよ!
お前に、お前なんかに、俺の仲間と、この世界をぶち壊されてたまるか!
俺は今度は逃げねえぞ、逃げずに戦う!
そして絶対負けねえ! 誰がてめえなんかに負けるかよ!
俺は大剣を構え、その手に力を込めた。
例え玉砕しようが、あいつに一撃入れる。俺はもう逃げない。
ターゲットを確定し、攻撃スキル発動に入る。
力が……俺にもっと力があれば……。
『神託』に『神の眼』。
いくら情報が見えたところでそれを実行する力がなければ、そんなものは何の役にも立たない。
神、だとか大層な名前がついてるくせに、結局……。
しかしその時、突如として眼前にウインドウが開かれた。
映し出される見慣れないメッセージ。
《オリジンスキル『神の腕』を習得しました》
そこには新スキル習得の文字。
思わず剣を取り落とした俺は、手を伸ばし、それに触れ詳細を確認する。
すぐにわかった。そのスキルの能力が。
……あった。俺にはまだ力があった。第三のオリジンスキル。
今必要なのは役に立たない情報や確率なんかじゃなくて、圧倒的かつ絶対的な力。
ヤツを一撃で仕留められるほどの、ひたすらに強力な力。武器。
とはいえこの世界に存在する最強武器だって今の俺のステータスじゃはたしてヤツに対抗できるか。
だがこのスキルには可能性がある。それをも上回る力を持てる可能性が。でも足りない。これだけじゃ足りない。まだこれだけじゃ届かない。
やっぱりこんなもんなのか? 俺の力は。また、負けるのか俺は?
俺の問いに答えるように、再びウィンドウが見たこともないメッセージを表示する。
《現在クラスチェンジ条件を満たしています。『神託』『神の腕』を発動してください》
俺はすぐに指示に従った。迷っている余地はない。もうやるしかない。
二つのスキル発動とともに再度メッセージが。
《三種のスキルが一定の条件下で同時発動されたため一時的に世界の調停者にクラスチェンジします》
調停者。当然俺がその詳細を知る由もなく。
剣士から調停者へのクラスチェンジ。
装備品など一切変更はないが、チェンジした途端調停者の固有スキルが自動で発動する。
『HP回復(超)』毎ターンHPが全回復する
『アンリミテッドSP』SPを消費しない
『スキルキャンセラー』敵のサポートスキルを無効化する
仮初めの創造者の力ではなく、世界の調停者という力。
これなら届く。ずっと高みから見下ろしているあいつを、難なく引き摺り下ろせる。
この世界が壊れているなら、俺がそのバランスをとる。元のあるべき姿へ戻す。
相手が異世界の魔物だろうと異次元の怪物だろうと、異物は取り除く。
何者にも邪魔はさせない。俺は、再びこの手でスキルフォースファンタジーを創り上げる!
俺が伸ばした見えない三本目の腕が、何かを掴んだ。
身の丈の二倍ほどもあるひたすらに長く巨大な槍。
それはたった今、『神の腕』によって俺が作り出した新しい武器。
この世界に存在するヤツに有効なスキルを、ありったけ集めた武器。
『ビーストキラー』次に発動する攻撃スキルに魔物特攻効果を与える
『七曜の力』次に発動する攻撃スキルに全属性を乗せる
『必中の一撃』次に発動する攻撃スキルの基礎命中率を100にする
『致命の一撃』次に発動する攻撃スキルを確実にクリティカルヒットさせる
『最速の一撃』次に発動する攻撃スキルが最も早く発動される
『ダイレクトアタック』次に発動する攻撃スキルが基本防御力を無視する
『ガードキャンセラー』自動発動系防御スキル無効化
『アヴォイドキャンセラー』自動発動系回避スキル無効化
『カウンターピアス』カウンター無効化
『ヴァイタルレストゲイン』残りHPが多いほど与えるダメージが増加
『スピリットレストゲイン』残りSPが多いほど与えるダメージが増加
『レベルギャップダメージ』自分と相手のレベルが離れているほど攻撃力アップ
それぞれが入手困難なレアアイテムやバランスブレイカー級の武器、アクセサリーについているサポートスキル。
本来なら絶対に併用不可な組み合わせ。一つ一つの消費SPも多い。
しかし今の俺のSPに限界はない。これは調停者の固有スキルがあってできる芸当。
『ダイレクトアタック』と『ガードキャンセラー』でヤツの防御能力はレベル1のザコ同然。
ヤツにステータス異常は一切効かない。なら後は小細工抜きでひたすらダメージを上げるスキルを付けるのみ。
その気になればスキルはまだまだ集まる。だがもう十分。
『神の眼』はすでに見ている。
この一撃が、確実に敵を跡形もなく消滅させる事を。
「お前……そいつは……!」
「コウトさん……!」
巨槍を掲げる俺に向けられる希望のまなざし。
それに応えるように俺は目標に向かって、この武器唯一の攻撃スキルを発動した。
「てめえは…………、消えろぉぉおおっ!」
〈イレギュラー排除 火水土風雷聖魔 ?? 特殊〉
命中率100 与ダメージ率1004 クリティカル率100
ここまで長かった……。
しかしなんという厨二展開。
寒気を感じた方にはお薬出しておきます。
私は飲んでますのでなんとか大丈夫です。