第十三話
「リィナ様、後ろへ!」
ロイドがとっさに前に出て、リィナを後ろへ下げる。俺とシュウもそれにならい、三・一の陣形を作った。
戦闘装備に変更後、俺はすぐに『神の眼』を発動し敵の手の内を図る。だがゆっくり吟味している暇はない。相手はもうスキル発動に踏み切っている。
今回は俺も経験の少ない多人数同士での戦い。集団になればなるほど『神の眼』の使い勝手は悪くなってくる。
てっきり金で雇われたならず者が相手だろうと当たりを付けていたが、想定外の敵。どこか目のうつろな彼らは、盲目的に老人の命令に従っているようにしか見えない。そして先ほどの光景が、さらに俺の平常心を乱す。
クリスタルから人間。あのレイミという女性と同じ仕組みなのかもしれないが、三人同時に復活? そんなバカな。
それに復活はデスペナルティによってレベルは1に戻されるはずだ。だが『神の眼』の演算結果は、いくらなんでもレベル1の状態ではじき出せる数値ではない。
魔法? 特殊スキル? 頭の中のどこを探してもそんなものは見当たらなかった。
あの老人、一体何者なんだ……?
ろくに予測もできないまま攻防が始まる。それぞれの発動スキルが出揃った。
〈ジャッジメントプリズン 断罪 特殊〉
〈プロテクト 補助魔法〉
〈疾風衝破 ミドル 小 片手剣〉
〈ラウンドスライサー ミドル 中 槍〉
〈グランドブレイク ショート 中 両手斧〉
〈ストライクバースト ショート 大 両手剣〉
〈ヘルファイア 火 特殊〉
「ジャッジメントプリズン!」
最初に発動されたのはロイドの断罪スキル。やはり優秀な発生スピード。
相手が人間ならば使ってみる価値はある。罪人スキルを持っていれば、それだけで完全に行動を封じる事ができるからだ。
「ちぃっ!」
しかし返ってきたのは女剣士の一撃。疾風のごとく繰り出された剣から巻き起こる衝撃波に、ロイドの体は貫かれた。
罪人を縛る紫の光は広間の大部分に広がったが、老人を含め誰一人として変化が現れるものはいない。
……あれだけクリスタルを、人の命をもてあそんでおきながら罪人スキルを持ってないだと? もしや奴はモンスターか何かの類なのか?
俺はあの老人にどうしても違和感を覚えずにはいられなかった。
「コウトさん!」
発動されるリィナの『プロテクト』。俺の体が白い光に包まれる。防御レベル上昇。
自分に使えばいいものを、そんなに俺はもろそうか?
「くっそ、なんなんだよ、てめえらっ!」
シュウの槍が、大男の盾をかいくぐり着実なダメージを与える。
発動したのは威力と命中のバランスが取れた技だ。性格に似合わず意外に堅実な攻撃。
続く俺に向けられた大男による斧攻撃。命中率71パーセント。『ストライクバースト』の予備動作に入っていた俺は、大きく振り下ろされた一撃を飛び上がって回避に成功、そのままスキル発動に移った。
ふわっと飛んだ空中から、青いオーラをまといつつ鋭角に急降下し大剣を右袈裟に斬り下げる。
斧男の大盾に刃が受け止められるも、着地とともに発生した衝撃波がガードを崩し体ごと吹き飛ばす。
轟音とともに発生した衝撃波によるダメージは、他の敵二人にも及んだ。
「さっすが、やるじゃねえかコウト!」
「ほう……この威力、やはり君は……」
「ムダ口叩いてる場合じゃない、次の魔法、気をつけろ!」
なにか言いかけたロイドを制し、俺は最後の攻撃に備える。
敵の後方で詠唱を続ける魔術師。全体攻撃魔法『ヘルファイア』は命中110、与ダメ28パーセントと高威力。
やがて魔術師が中空に円を描くと、俺たちの足元から燃え盛る地獄の業火が沸きあがる。逃れ出るものはなく、全員が最大HPの3~4割のダメージを受けた。
全員がスキルを発動し終わり、総与ダメージ量はこちらがやや上。敵の大男は瀕死、残り二人の残HPは七割程度。
先ほどの『ストライクバースト』は威力アップのサポートスキルを使用していたため、残りSPを考えると連続で同じ威力というわけにはいかないが、次はロイドも攻撃に参加しリィナは回復だってできる。
シュウもレベルだけなら俺より一回り上だし、そうそう後れを取ることもないだろう。これなら敵の魔術師さえ片付けてしまえばどうにかなる。
しかし俺はまだまだ大きな懸念材料を抱えていた。まずあの老人の底が知れない。
三人を倒せたとしても追加でメンバーを出してくるかもしれないし、そもそもクリスタルから戦士が生まれる仕組み自体よくわかっていない。
ヤツはなぜか行動しておらず、何か狙いがあるのか。やはり老人を先に狙わなければ。
それにこの三人、おそらくすでにまともな人間ではない。まったくひるむ様子もなく言葉を発する事もなく次ターンの準備に入っている。
たぶんこいつらは死ぬまで戦い続けるのだろう。死を恐れぬ相手と戦うのは厄介この上ない。
そしてあともう一つ。まだ、ヤツの姿がない。ヤツは今の相手のような人形じゃない。きっとどこかに、潜んでいるはず……。
「けっけっけ、なかなかやりおる」
老人が乾いた笑い声を出す。まるでこの戦いを楽しんでいるような様子だった。
俺は少しでも情報を引き出そうと老人に話をさせる。
「ずいぶん余裕だな、他の冒険者か何かがやってきたらどうするつもりだ?」
「それはまずないじゃろうて。今ごろ街ではノーブルファントム討伐の噂で持ちきりのはずじゃ。今回でわしのここでの仕事は終わりと言う事」
「……それはどういうことだ?」
「…………そうか、知りたいかえ? ふぅむ。ちと早いが終わりにするか。確かにお主の言うとおり百パーセント邪魔者が入らんという確証はないしのう。なにやら断罪騎士もいるようじゃし、仲間がやってきたら面倒じゃ」
そう言って老人はボウガンを構えた。その狙いの先は……。
――リィナ?
「フェイル! 小娘を殺れ!」
〈マジックキラー ロング 中 ボウガン〉
老人がどこへともなく叫んだのと、スキルを発動したのはほぼ同時。
しまった! と俺がリィナを振り返ると、彼女の背後から姿を現した一つの影。
老人の矢と、アサシンの奇襲攻撃。すでに四割近くHPを減らしているリィナがこの同時攻撃を受ければひとたまりもない。
敵の狙いはリィナ? なぜだ、彼女を殺して何の得がある? わからない。
だが、確実に彼女は殺される。わからないが、殺される。
こんな時、他人を守れるようなスキル。そんなものは一人で戦ってきた俺にはない。必要ないと、切り捨てたものだ。
俺にはできない。なら、誰が?
ロイドなら攻撃に割り込んで味方をかばうようなスキルを……、いや、ないだろう。断罪騎士にそんなものは不要だ。
他人に頼ってもしかたない。だが冷静に考えて、リィナはもう無理だ。そんなことより考えろ、次の手を。
ここでリィナがやられて、味方は一人減って敵は一人増える。
そうすれば全滅の危険すらある。ならば次の俺が取るべき行動は……、
――待て。俺は、本当に彼女を見殺しにするのか? 元はといえば俺が敵の狙いを読めずここに連れてきたから? 俺のせいで彼女は死ぬ?
そう葛藤するも、俺はなすすべもなく身を固まらせその場に立ちつくした。こんなところで思考停止するなんてあってはならないはずなのに。
ついにボウガンから放たれた矢。そして強襲するアサシン。
しかし俺の目は、不思議な光景を捉えた。
矢が届くよりも一足早くリィナの背後から現れたアサシン。
彼は、凶刃を無防備な背中に突きたてるどころか彼女の前に躍り出たのだ。
そう、まるで彼女をかばうように。
――ズンッ!
矢が、リィナの前に立ちふさがったアサシンの右肩に突き刺さる。
魔法系クラスに効果を発揮する『マジックキラー』はアサシンにとっては何のことはない通常の射撃攻撃。
ボウガンの射程、その直線上に立ったアサシンは老人と対峙する格好になった。
「……フェイル、どういうことじゃ?」
静かに投げかけられるアサシンへの疑問。半端な回答は許されないであろう厳然たる響き。
「……高司祭の娘を殺すというのは、神をも恐れぬ悪魔の所業。やはり考え直すべきでは」
「なんじゃ怖気づいたか? いまさらお主が? ……面白い事を言う。そんな神などおらん。少なくともわしの知る神は、こんなことで罰を下したりはせん」
「何を……? ……いやしかし、ここは……」
「……ふっ。くくく……くっくっく! ふぁっはっはっはっはっはっ! もうよい! もうよいわ、役立たずめ!」
高笑いを始める老人。狂気まじりのその哄笑に、誰もが固唾を飲んで見守る。
「キサマの考えなど、このわしが見抜けぬとでも思ったか? かかか……、やはり甘い! 遅かれ早かれこのときが来ると思っておったわ! フェイル、いやアランよ。実力は申し分なし、金で裏切る事もなくそういった輩より扱いが楽でよかったのじゃが、ここでお別れじゃな」
老人が再びクリスタルを取り出す。
下卑た笑みを浮かべながら手元のクリスタルと、リィナを交互に見やる。
「……いやぁしかし、偶然とはいえその娘、本当によく似ておるなぁ、この娘に」
「!? ま、待ってくれ!」
これまでずっと冷静、冷徹に見えたアサシンが初めて感情のようなものを見せた。
叫ぶように出た声は思っていたよりずっと高く透き通り、なんとなく早熟な青年のような印象を受けた。
「最後に教えてやろう。ラーナキアを滅ぼす原因となったのはわしじゃよ」
「……それも、知っていたとも」
「なんと! 知っていながらもわしに従っていたというのか!? くくく……、ぐわぁっはっはっはっは! そうまでしてこの娘の命が惜しいか!」
「やめろ、やめてくれ! それだけは……どうか!」
「王家の血は二つもいらん。キサマの罪に汚れたクリスタルなど不要。穢れた王子アランよ、お主は影として一生闇の世界をさまようがいい」
「やめろぉおおおーー!」
こだまする絶叫。大きく口を開ける老人。
アサシンは地を蹴り老人に飛び掛るも、間に合わない。
老人は手にしたクリスタルを口元へと運び、躊躇なくその体内に飲み込んだ。