第十一話
「ち、ちょっと待てい! どういうことじゃそれは!?」
翌朝、ドーンゲート路地裏。
俺はシュウと、レイミという女性とともに例の老人を訪ねていた。
老人はシュウのいきなりの申し出に凄まじい形相で怒り狂っていた。
あまりにもシュウが馬鹿すぎて面食らっているのだろう。
他人には黙っていろと釘を刺したにも関わらず、その翌日仲間とともに返品を要求してくるなんて確かに普通じゃ考えられない。
その上シュウはビタ一文払っておらず、全額ツケという形になっているそうだ。
「いや、ほらあれ、クリーニングオフってやつ」
「なんじゃそれは……わけのわからんことを!」
シュウはクーリングオフの事を言っているのだろうが、その間違いを指摘しないところを見るとやはり老人はプレイヤーではないようだ。
「ほんとにごめんな、レイミ。お前に落ち度があったわけじゃないんだ。むしろ悪いのはオレのほうだ。どうか許してくれ」
「いいえ、滅相もございませんシュウ様」
「他の主人の下で幸せになってくれ」
「はい」
機械的に定型句を述べるように言葉を発するレイミ。まるで感情がないようで、どこか不気味だった。
だがそれ以上にその二人のやり取りを忌々しそうに見ている老人に対し、俺はどこか言い表しようのない憤りのようなものを感じた。
「全く……しかも仲間まで連れてきおって……」
憎たらしげに老人は俺の方を見た。
しかし俺の顔を見上げ、何かを思い出すようにしばらく固まった後老人はニィとしわだらけの口元をつり上げた。
「……うぅん? ……おぬし、名はなんという?」
「ああ、こいつはコウトだ。こいつだってきっとあんたの眼鏡にかなうぐらいの実力はあるんだぜ」
俺はなんとなく答えるのをためらったが、シュウがご丁寧にも紹介してくれた。
「なるほど、それはそれは……。クックック……ならばこうしよう。おぬしら、ノーブルファントムの噂は知っとるか?」
「没落貴族の墓にいるっつうやつだろ? 倒すと金銀財宝を落とすってやつ」
「ほう、ならば話は早い。あんたらがそいつを仕留めて、……そうじゃな、ドロップの三割で構わん。そいつと引き換えに今回の件はチャラにしてやろう。本来なら倍額の違約金を要求するところじゃぞ?」
「……うん? でもそいつはガセなんだろ? コウト」
「いや、その話詳しく聞かせてくれ」
ノーブルファントムなんてものはやはり存在しない。
ロイドの口からもそれが出てきてしつこいものだから、俺も気になって昨晩『神託』を使い改めて没落貴族の墓について調べてみた。
が、どこにもそんな記述はなかった。なぜこんなデマが出回っているのかさっぱりわからない。
もしかすると、そのモンスターも一部のNPC同様俺の設定から外れたイレギュラーな存在なのだろうか。
だが老人の次の一言で俺の疑問は一気に氷解した。
「実はあの最深部にはな、壁を壊せる斧が隠されておるんじゃよ。まずはその斧を入手するのじゃ。ノーブルファントムが出現するのはさらにその先」
斧。その単語が耳に入ると俺の脳は高速でフル回転し、一つの答えを導き出した。狂乱戦士の斧。
『神託』にノーブルファントムの情報こそなかったが、代わりにこの武器に関しての情報を得た。
考案した俺ですらすっかり忘れていたが、あそこの最深部の隠し部屋にはこんな武器をを設置してあったのだ。
あの斧ははっきり言って武器としてはほとんど役に立たない、トラップのようなもの。なんであんなものを作ったのか自分でも理解に苦しむ。
だがそれと没落貴族の墓で何組ものパーティが行方不明になっている、というロイドの言葉を結びつけるのは容易だった。
「人喰いを退治したあんたならさほど構える事はないが、ノーブルファントムは聖属性に弱いのでな、ヒーラーを連れて行くとよいぞ。仲間か知り合いにヒーラーはおるかえ?」
「ヒーラー? ならリィナを連れて行けばいいんじゃね?」
「心当たりがあるようじゃな。ぜひ連れて行くがよいぞ」
「……別にいいが、あんたなんでそんな事を知ってる?」
当然の疑問だろう。そんな情報を、単なる第三者がどうして知りうるだろうか。
「……くくっ、実はこいつはな、ついさっき仕入れたばかりのとっておきの情報じゃ。まあわしもその恩恵にあずかれればと思い、早速打ち明けたわけじゃが。さすがに自分で、というわけにはいかんからのう」
「おおそうか! じいさんあんた見る目あるなあ!」
弾んだ声を上げるシュウをよそに、俺はこの老人がなんらかの形でこの件に絡んでいると確信した。
ふざけたジジイだ。そんな理由で俺を騙せるとでも思ったか?
ついさっきとはいつ? どこから? 突っ込みたいことは山ほどあるが、そうしたところでのらりくらりとかわされてしまうだろう。
あまり突っ込みすぎても逆に警戒されてしまうかもしれない。
それにもう十分言質は取った。聖属性うんぬんのくだりもおかしい。
確かに僧侶は聖属性魔法スキルの上昇補正が高くうってつけかもしれないが、なにもヒーラーに限定する必要はない。
補正は低いが魔法使いだって構わないし、武器に聖属性を付与する魔法だっていい。
しかし老人の狙いが定かではない。ヒーラーが必要? なぜヒーラーが?
「それじゃあ今すぐにでもリィナを呼んで行くか! お前も当然参加だからな。いやぁ、図らずもパーティ再結成だなこりゃ」
「構わないが、最後に一つだけ聞きたい事がある」
俺は老人の顔を見下ろす。
うっすらと開かれているその瞳は黒くにごり、そこからは何も汲み取れそうにない。
「その女、これからどうするんだ? そもそも、そいつは本当に意志を持った人間なのか?」
「おい! コウトお前!」
俺は先ほどからずっと直立不動のレイミを見ながら言った。
シュウが俺をたしなめるのももっともだし、彼女の反応を試すためわざととんでもない言い草をしたのだが、彼女はその言葉にも無反応にただ立ち続けるのみ。
「質問が二つになっとるよ。……企業秘密というヤツでさぁ、そこまで明かす義理はないねぇ。あんた、難癖をつけるようならこちらも黙っとるわけにはいかんぞえ? 金で動く連中ならいくらだっているぞい?」
よほど触れられたくなかったのか、これまで見せた事のない態度で凄みを利かせてくる。
そうだ、そもそもどうしてこいつはクリスタルを大量に持っていて、それを売りさばくような真似をしているんだ?
クリスタルが大量に手に入る場所。それは多くの死人が出る場所。何組もの行方不明のパーティ。
ノーブルファントムの噂。没落貴族の墓。
狂乱戦士の斧。だが生き残りはゼロ。ならばそれを消す第三者の存在。
しかしこんな老人にそんな力があるか……? いや待てよ、金で人を動かす? 昨日のアサシンはもしや……?
めまぐるしく思考が回転する。
確信は持てない。しかし確実に、線が繋がりかけている。
どちらにせよ俺は、これから没落貴族の墓に向かわなければ。
――出来損ないの狂乱戦士の斧。こいつは俺が回収する。
◆◇◆◇◆◇
コウトとシュウが去り、老人はレイミと二人きり、その場に残された。汚らしい老人と清潔に身なりの整った美女。
祖父と孫、ということにしても言い訳がつかないほどアンバランスな組み合わせである。
お互い声を発する事はなく、ただ老人の狡猾な瞳が怪しく光るだけ。
(しかしフェイルの奴、勝手な行動を取りおって……。わしのとっておきの追跡スキルをつけられていることも知らずに。まあそのおかげで素晴らしい獲物にありつけそうじゃ)
(あのリィナとかいうヒーラーの娘……。間違いなく高司祭マリクの娘じゃ。前に一度、見かけたことがある。そのクリスタルとあらば、さも相当な力を秘めておるに違いない。なぜあのコウトとかいうガキと一緒にいたのかは知らんが、思わぬ大物に出会ったのう……。アレと合わせれば、きっとこれでわしももう一つ上の次元に……)
(さて、この抜け殻はもう使い物にならんからの、スラムにでも捨て置くとするか。飢えた男どものの慰みのものぐらいにはなるじゃろう。……わしもフェイルを呼び寄せ、早いところ先回りせねば)