第六話
「え? えっ?」
いきなり豹変した相手の態度に頭がついていかないのか、フィーネはただ目を丸くし体を強張らせていた。
俺はその腕を強引に取り、相手から少し距離を取るように後退した。
その間凶賊三人はおのおの武器を取り出し臨戦体制に入る。
「最近はおめえらみてえなカモが増えて俺らも商売繁盛だわ。まあよ、ポッと出の冒険者気取りに世間の厳しさってやつを教えてやるッて言うんだ、授業料を納めんのが当然の筋だろ?」
「「ひゃはははっ!」」
剣士の男の発言をさもおかしそうに笑う二人のシーフ。
これまでにも何度か追いはぎ行為をしてきたのだろう、余裕の笑みを浮かべながら慣れた様子でジリジリ間合いを詰めてくる。
こうなってしまってはもう逃走、は好き勝手にはできない。
誰かが一定の距離内にいる対象を攻撃ターゲットにした瞬間、その場はバトルフィールドとなり行動はスキルによる制約下におかれる。
今から逃げようと思ったら、逃走スキルを発動しておそらく敵のシーフが持っているであろうスキル『回り込み』や『追撃』をくぐり抜けなければならない。
現在俺がすぐに発動しうる逃走系スキルは『逃走レベル6』のみ。シーフが二人もいる事をかんがみると逃走成功確率はかなり低い。
その気になればほぼ100パーセント逃げられるスキルがあるにはあるが、それはあくまで俺一人しかいない時の話。今は大きな荷物が一つある。
「……向こうのレベルは24、19、18。そんなに高くない。これならあたしだってやれないことはないよ」
状況を把握したフィーネが俺の耳元でそうささやいた。
事態の急変にてっきり取り乱してしまうかと思いきや、かなり大胆な発言に少し驚く。彼女のやや青みがかったライトグリーンの瞳におびえの色は見えない。
やはり透視系スキルは優れものだな、と思う反面俺にはその数値が時として冷静な判断を鈍らせるものであることも重々承知している。
奇しくも知りえた相手のレベル。だが俺は自分の決断を変える気はなかった。
俺は静かに相手に向かって口を開く。
「なあ、なんとかアイテムだけは勘弁してくれないか。クレジットなら今もっている分、全額渡す。それでなんとか見逃してくれ」
俺のその一言に場が静まり返った。
相手もそれまで沈黙を守っていた俺が、何を口にするかと警戒していたのだろう。
間をおいて巻き起こったのは、ならず者達の馬鹿笑いだった。
「う……うははははははっ! 偉そうに何を抜かすかと思いきやなんだこいつ、いきなり命乞いかよ! しかもせこい! 笑えるぜマジこいつ!」
「態度だけは大物だよなぁ? ほんと! ぐっはっは!」
「おじょうちゃんそんなやつと一緒にいてむなしくねえか!? ぶはははっ!」
思いがけぬ発言にフィーネも驚きを隠せないようだ。疑うような視線を俺の顔に向けてきた。
「コ、コウトくん……?」
「お前も構わないだろ? どうせはした金だ。それともこんなところで変な意地を張って命を落としたいか?」
「……あ、う、うん……。そ、そうだよね、こんなことで……」
フィーネは口では俺に同意するが、表情には明らかに失望の感情が見て取れた。
とはいえ俺は意見を変えるつもりはない。
俺一人ならおそらく楽勝で勝てる。フィーネがいなかったら返り討ちにして罪人にならない程度にこいつらからアイテムをせしめていただろう。
しかし万一相手が特殊なスキルを持っていたら? ターゲットが全てフィーネに行ったら?
百パーセント安全に撃退できる、と言い切ることはできない。まあ仮にこいつが集中攻撃を受けてぶっ殺されようが、ついてなかったな、で終わりだがなんとなく寝覚めが悪くなりそうだ。
なら選択肢は一つ。どうにかして戦闘を回避する。この一点につきる。
俺は普段からクレジットを宿屋に預けてある。あそこは裏で金貸しなんてアコギな商売もしているのだ。
なのでいまの俺の全財産はわずかに持ち歩いていた分と、さっきまでの戦闘で得た分の合計2800クレジット。
こんなもので済むのなら安いものだ。
「……おい、おめえ舐めてんのか? いいから全部よこすんだよ、ドロップもたんまりあんだろ!? さっさとしねえと殺すぞ!」
ひとしきり笑ったかとおもいきや、いきなり憤怒の形相で怒鳴りつける男剣士。
俺の態度と台詞がかけはなれているのが神経を逆なでしたのかもしれない。
「そんなことをすれば確実に罪人の仲間入りだぞ。お前罪人スキル持ちになる覚悟はあるのか?」
「はっ! 俺はな、もう二人、プレイヤーを殺ってんだよ。もうなんてことはねえ。いくらなんでも殺されはしないとでも思ったか? バカが!」
……馬鹿な奴だ。自ら罪人スキルを持っていることを暴露するなんて。この調子じゃどの道長くないな。
「殺してクリスタルにしちまったらアイテムやクレジットは奪えない。……だろ?」
「それが最近はなぁ、クリスタルも高く買う物好きがいるんだよ。特に女のクリスタルは高く売れるんだよなぁ?」
剣士はフィーネの全身を嘗め回すように眺める。
……クリスタルを売買している奴らがいるのか? その発想はなかったな、まさに魂を冒涜する行為だ。
「どのみちあんたらとここで事を構える気はない。どうにか武器をしまってくれないか?」
「……ああ、わかった、今日はそれで勘弁してやるよ」
なぜか剣士があっさりと俺の要求を飲んだ。後ろのシーフ二人もどこか怪訝そうだ。
だがもちろんそれで終わりではなかった。一度言葉を切った後、男は続ける。
「これで仲良くなったからなぁ、フレンドプレイヤー登録しようぜ。お前は明日から毎日一日中狩りつづけて、終わったら俺に報告すんだぞ? そうしたら俺が溜まったクレジットとドロップアイテムを回収しに来てやるから……ククク」
「ひゃっはっは! そいつぁいいや! いいお友達ができたなぁおい!」
「オレとも登録しようぜぇ! そっちの子も一緒にかわいがってやるよ!」
またも俺を物笑いにして喜ぶ男たち。小悪党らしく悪知恵がよく働くようだ。
「コウトくん、やっぱりあたし!」
「やめとけ」
俺は怒りに興奮するフィーネを制止する。安い挑発だ。
「なんだこいつ、ほんと情けねえヤロウだな! そっちの女でさえやる気になってんのに」
後ろのシーフが俺を嘲るようにはやし立てる。
そこでもう一人のシーフが何かに気づいたような声を上げた。
「ん? おい、こいつどっかで見たことあると思ってたら、あの人喰いを倒したシュウっていうやつの仲間じゃねえか?」
「それってあれか? あのシュウがヘコヘコしてたっていう奴か?」
「ああそうだ。名前もたしかコウトとかって……。ってことはシュウって奴も実はたいしたことねえんじゃねえのか?」
「確かになぁ、あんなやつが人喰いを倒したなんて最初からかなりうさんくさい話だったぜ」
街中でさんざんシュウに絡まれたから、その様子を誰かに見られていてもおかしくない。
手前の剣士はそのやりとりを聞いてつまらなさそうに言い捨てる。
「ふん、そもそも人喰い自体たいそうな尾ひれがついていただけで、実際ただのカスみてえなヤツだったんだろどうせ」
「じゃあそのカスにやられてた討伐隊はもっと無能なゴミだったってことか。がっはっはっは! こりゃ案外俺たちも捨てたもんじゃねえな」
「討伐隊っつたってどうせ報奨金に目がくらんだハンパな冒険者の集まりだろ? その手の冒険者なんつぅのもたいがいゴミもゴミだしな」
男達はここぞとばかり無神経に口汚く罵る。
あずかり知らぬ事とはいえ、討伐隊に参加した知りあいを失くしたフィーネの前で。
大声で騒ぎ立てるような彼らの会話が、フィーネの耳に届かないわけがなかった。
「……ゲイルさんはゴミなんかじゃ、ない。……あの人はきっとみんなの為を、思って……」
フィーネが声を絞り出すようにそうつぶやくのが聞こえた。硬く握り締められた拳は小刻みに震えている。
その時目の端で捕らえた彼女の顔。それはいつかの酒場で見た痛々しい悲しみの表情。
まだ言ってんのか、くだらねえな。危険かそうでないかぐらい判断できないんじゃあいつらの言うとおりハンパな冒険者だろ。
なんだ、そのゲイルってのが死んだのは俺のせいか。俺がマンイーターなんて考えたせいか。「これマジ反則だろ」なんて一人でにやついてたのがキモイってか。
そんなん俺の勝手だろうが。それが、こんなことになるなんて……、思うはずがない。だから、俺のせいじゃ……。
……わかったよ、やりゃいいんだろ。俺が、反則武器の回収を。そして、世界の安定を。
いいさ、どうせ目的もわからないし、だらだら生きても仕方ない。
だから、なんかイライラするからその顔やめろ。
にしてもあれだな、確かにゴミにゴミって言われるとイラつく。挑発とわかっていても思わずぶっ殺したくなる。
大きく前へ一歩足を踏み出す。もう百パーセントフィーネの身の安全を保障する事はできない。
俺は戦闘を開始する時いつも、あるサポートスキルを発動する。それはある日突如として覚醒した、第二のオリジンスキル。
俺は心の中でそのスキル名をつぶやく。これはいくつかあるスキル発動方法の一つ。
――『神の眼』発動