第一話
俺は今、人喰い討伐クエストに出発するためギルドに来ている。
人喰いとは俺がバランスブレイカーと呼ぶ武器の一つ、マンイーターという両手剣を所有する殺人鬼のことだ。
討伐隊が結成されるのはこれで何度目だろうか。そろそろ片手では数えられない回数になるに違いない。
これまでにその全てが全滅、もしくは目的を遂げず解散の憂き目に遭ったのは説明するまでもないだろう。
人喰い討伐の依頼はギルドで常時出されている状態であるが、めっきり依頼を受ける人数が減るとともに受注条件が徐々に緩和されてきている。
ついに俺のような目立った実績のない低ランク低レベルのソロプレイヤーでさえも、自然に討伐隊参加の条件をクリアするまでになった。
人喰いにかけられた懸賞金は、討伐隊の人数で山分けしても満足なほどつりあがっている。
ギルドランクの上昇はもちろん人喰いを討伐したとあれば、自分の名にもより一層ハクがつくというもの。
それによってパーティを結成しやすくなったり、町を牛耳っている断罪騎士団からのスカウトもありえるかもしれない。
ギルドに集合した討伐隊の人数は俺を含めて六人。果たして純粋にヤツの凶行を止めようと思っている正義感溢れる人間がこの中に何人いるか。
昔はそういった動機の者が数多くいたようだが、時がたつにつれ最近は意識が変わってきている。
少なくとも俺は「純粋な」動機を持つ一人には含まれない。
「へっ、まさかてめえと一緒とはな!」
俺の顔を見るなり、鋭い目つきをした痩せ型の男が露骨に悪態をつく。
こいつの名はジャミル。レベル37の槍士。
レベルもギルドランクも俺より上。年齢も二つ三つ上だろう。ほとんどソロで活動している俺を何かと目の敵にしている。
特に恨まれる行動をとった覚えはないが、どうにも俺の態度が気に食わないらしい。
「一匹狼もついにお仲間が恋しくなったってかぁ?」
「べつにお前と協力する気はない。人喰い討伐はソロじゃ受けられないだろ?」
「……はっ、言っておくがてめえ、オレらの邪魔だけはすんなよ? カンチガイの低レベル野郎」
「俺は単に人喰い討伐のクエストに参加の登録をしただけだ。仲間探しをするなら他を当たるさ」
「ちっ、口の減らねえ……」
この依頼は、同じように参加の意志を表明するプレイヤーが五人以上集まった時点でクエストが実行可能になる。参加限度人数は六人。
一番最初に登録したのは俺で、しばらくの間他の参加者を待っている所にジャミル達がやってきたというわけだ。
そのため否応なく擬似的にパーティを組む事になる。
クエストで予想以上に息があって常時つるむように、なんてこともよくある。もちろん俺はそんなつもりは毛頭ないが。
レベル18以上、所持武器ランクC以上、ギルドランクD以上、というのが今の参加条件。
この少しずつ緩くなっているこの条件設定にはなんの意味があるのか。これが最低でも人喰いに一矢報いることができる最低ラインというわけだろうか。
……そんなわけはない。俺は知っている。レベル18ではきっと奴の『捕食領域』の餌食になるだけだ。
おそらく現在この事実を知りえるのは人喰い本人と、――このスキルの考案者たる俺のみ。
俺から言わせてみれば、ジャミル程度が人喰いに挑もうなどと無謀の極みとしか言いようがない。
当然人喰いのスキルの正体も知らないだろうし、何か策があるとは到底思えない。
おそらくトントン拍子にクエストがうまくいきパーティーも強化してきたところで、調子づいているといったところか。
メンバーは俺とジャミル率いるパーティ四人、そしてもう一人は俺と同じソロプレイヤーだという。
「ジャミル、僕たちはこれからあの人喰いと一戦交えようというんだ、仲互いをするのはよそう」
穏やかな口調でジャミルをなだめたのは、セイルと名乗る長い金髪を垂らした美丈夫だ。
透き通るような碧眼が印象的で、すらりとした体格に180近い上背。年は俺より五つぐらい上だろうか。
この容貌がリアルの外見をある程度反映したものとなると、端正な顔立ちはさぞ女子からもてはやされたことだろう。
「ああん? ……あぁ、そりゃあんたにゃ期待してるぜ。レベル58の聖戦士様よう。あんたが手伝ってくれるっていうからこのクエスト受けたようなもんだからな。上級職でレベルだってオレよかずっと上。実力は申し分ねえ。そこのレベル20やそこらのカスとは大違いだ」
ジャミルは俺のほうへあごをしゃくって言う。
……なるほど、そういうことか。
セイルはそれを制すように、
「コウト君はほとんどソロで活動してるんだろう? それだけでもすごいことだよ」
俺の名を呼びこちらに微笑みかける。
親しみを込めた口調だが、すぐに信頼する気にはなれない。だいたいソロプレイヤーだからといって褒められるいわれもない。
ソロプレイでも極端に不利がないように「作った」はずなのだから。
もっとも、誰からも信用の薄い俺が言うのも滑稽な話ではある。
「……あんたはなんでこんなクエストに?」
ぶっきらぼうに尋ねる。今回の討伐隊、ジャミルたちはむしろおまけで元はこいつの差し金だろう。
なぜソロプレイの人間がわざわざ徒党を組んでまで人喰いにこだわるのか。もっともそれは俺自身にも当てはまるわけではあるが。
「…………僕は、かつて人喰いにやられたパーティの生き残りだ」
セイルの顔にかげりが差す。俺はいきなりの告白に少し驚く。ジャミルも知らなかったようで、無言のまま視線をセイルに向けた。
「人喰いに襲われたあの時、僕は逃げる事しかできなかった。自分よりレベルの低い仲間を置いて」
人喰いに襲われた生き残りは少なからずいる。
だがその恐怖を目の当たりにして、ダンジョンはおろか安全な街からも出ることすらできなくなってしまった者がほとんどだ。
再び戦いを挑もうなどというプレイヤーは前代未聞だった。セイルが人喰いの生き残りだという事実よりも、その彼の意志が俺たちの驚きを一段と強めた。
ジャミルがすかさず質問を浴びせる。
「てぇことはお前……、見たのか? 人喰いのスキルを」
「……ああ。だが詳しいことはわからない。逃げるので精一杯だった」
生存者は口を揃えてこう言う。そもそも生き残ったのは真っ先に逃亡を選択した者のみ。
対人即死攻撃を受けたものは残らず死亡するからだ。