第四話
宿屋を出た俺たちがやってきたのは中央広場。真ん中に大きな噴水が陣取り、奥にプレイヤー転送の魔方陣がある場所だ。
俺はフィーネに腕を掴まれながら、早足でここまでやって来るとやっと解放された。
「おい、お前なんて口の利き方しやがる、追い出されても知らねえぞ? さっきのババアは結構権力持ってんだぞ」
「……追い出されるどころか軽く閉じ込められてるよ」
フィーネはぽつりとそう言ったきり押し黙る。
少しの間沈黙が流れた後、再び彼女の方から口を開いた。
「……あたし、本当びっくりしたんだよねー、コウトくんが人喰い討伐に出かけたって聞いて。さっきのコも一緒だったんでしょ? ていうか討伐隊ってもっとゴッツイ人たちの集まりかと思ってたけど」
「スキルがモノをいうからな、見た目は関係ない。なにしろあいつが人喰いをボコボコに殴り殺したらしいからな」
「ふふっ、うっそだー。…………で、正直なとこ一体何者なの?」
フィーネの口調が尋問モードに切り替わった。どこか不自然な笑顔だ。
リィナとは人喰い討伐が終わった後すぐ別れてそれっきりだった。再会したのは昨日の晩。
昨晩、俺が外から宿に戻ると、顔を隠すようにフードを被っている少女が受付でなにかもめていた。
なにやらろくに金も持ってないくせに部屋を借りようとしていたらしい。
その光景を横目に通り過ぎようとしたところ、「あ、あのコウトさんですか? わたし、リィナです。す、すみませんが一晩だけでいいので泊めてくれませんか」と声をかけられた。
さすがの俺も女の子を一人ほっぽり出すわけにもいかず、リィナを部屋に案内する羽目になった。
しかたなくリィナにベッドを譲り椅子で寝ていたところ、朝からシュウの呼び出しがあって今日の俺はやや不機嫌だった。
「詳しくは知らんが、いま断罪騎士に追われてるらしい。で匿って欲しいんだと」
嘘を考えるのも面倒だし意味もないと思ったので正直に答えることにした。
「断罪騎士って……。も、もしかして悪い子なの?」
「罪人だから追われてるわけじゃないらしい。家出娘なんだとさ」
「なんで家出なんかで断罪騎士が?」
「知るかよそんなの」
おおかた教会かどっかのお偉いさんの娘なんだろう。しかも断罪騎士を動かせるとなると相当な大物。
だけどそれなら彼女の断罪スキル能力についても説明がつく。
人喰いの一件があってシュウだけでなくリィナのことも少なからず噂になったようだ。
シュウにくっついて細々と冒険者の真似事をしている分にはよかったのだろうが、さすがに今回は目立ちすぎたのだろう。
名前は微妙に偽名を使っているそうだが、所々で追っ手の気配を感じるらしい。
リィナの背後に見え隠れする断罪騎士。自分で設定しておいてなんだが、はっきり言って関わり合いになりたくない。
街の北にある大聖堂を拠点にするやつらの正式名称は、神宣騎士団。ドーンゲートを牛耳っている巨大勢力だ。
主に断罪スキルを駆使し罪人を取り締まることから断罪騎士なんていう俗称が定着し、本人達も自らをそう呼称するようになった。
5人からなる11の小隊、それを取りまとめる4人の中級騎士に加え副団長、団長とわかりやすいピラミッド型の組織だ。
団長や副団長の実力は初期設定でも相当なものだ。ステータス周りは俺が細かく設定したため劇的な変化はないはずだが、確実にそうとまでは言い切れない。
とはいえ罪人になりさえしなければ敵対する事もない。基本は街の治安維持を目的としているわけで、むしろ一般人にとっては味方。
それでもあまり目立てば否が応でもこの先目を付けられてしまうだろう。追われているリィナを匿えばなおの事だ。
「どうするつもりなの? あの子」
「どうもこうもねえよ。本来なら助ける義理なんて……」
ないとは言い切れなかった。人喰いとの一戦、俺は最後リィナに助けられるような形になった。
不本意とはいえ命を救われた、そういう引け目が俺にはあった。
「ホントに大丈夫なの? また危険なことになったりしたら……」
「お前に心配される筋合いはない」
「……あっそ。…………ねえ、あのさ。実はあたしもうあの仕事やめたんだ。プレイヤーにチュートリアルするやつ」
最近は出現する新しいプレイヤーの数がめっきり減った。
一日に一人来るか来ないか。三日連続で音沙汰がない時もあったらしい。
プレイヤーの人数がすでに飽和数に達したのではないかというのがもっぱらの意見だ。
「別にいいんじゃないか。第一プレイヤーが現れないんじゃ話にならないだろうしな」
「でね、これからは冒険者っぽく行こうと思って。だからモンスターとだって戦っちゃうよ」
「やめといたほうがいいと思うけどな。一部を除き基本的にNPCはプレイヤーに比べてステータスの伸びが悪いし、無差別抽選機だって制限があるだろ」
「ふ~ん。でもあたしあれ触ったことないんだよね。なんかおっかなくて」
「は?」
思わぬ発言にあっけに取られる俺。
アイテムロトリーとはスキルフォースファンタジーの大きな特色の一つ。いや大きな、どころじゃない。これがあるかないかによってガラリとゲームバランスが変わるほどの代物だ。
これはパクリでもなんでもなく俺がゼロから考案した。一言で言えば無料のガチャだ。FPSなんかでもよくあるようなあれ。
主にクエストクリアやレベルアップ、またはギルドランクアップなどによって蓄積されるロトリーポイント。
このロトリーポイントを消費してガチャを使うというシステムだ。出てくるアイテムはまさにランダム。レベル1の者がやろうがレベルマックスの者がやろうが関係ない。
いきなりSランクの武器を手に入れてしまうこともありうるのだ。
ちなみにマンイーターのデフォルト配置もここ。そう考えるとかなり馬鹿げたシステムだが、もちろん全てのアイテムが入手可能なわけではない。
「……信じられない。お前あれがどれだけのもんだと……」
「そんなすごいものだったの? だって昔はあんなのなかったんだよ?」
見た目や仕掛けはまんまガチャガチャ。大きさ的にはだいたいニ倍、デザインは茶色に黄色いラインが縁取りしているという宝箱仕様。
われながら相当ダサイ。町のそこかしこにこの怪しい物体が設置されているのだからある種異様な光景でもある。プレイヤーの出現とともに各地に忽然と現れたそうだ。もう慣れっこではあるが。
「ならポイント溜まってるだろ? あそこにあるからやってみろよ」
俺の指差す先、ちょうど広場の隅に五つ隣り合わせに並んでいる。いちおう銀行ATMのようにしきいがついて覗き込み防止。
今も一人の冒険者らしき男がガチャを回していた。
その隣に俺たちが近寄っていくと、男は頭を抱えながら声をかけてきた。
「おい聞いてくれよ。三連続鉄の盾とかあり得るか? 第一俺両手武器しか使わねえしいらねえよ……。なあ、なんかとトレードしないか?」
「いや、間に合ってる」
「だよなぁ……。大体片手武器使うにしてもとか潰されるし役立たないじゃん? このクソ仕様どうにかしろよ全く……。ここってパクスフォースと色々似てるんだけどさあ、バトルはまったく別物だしなんかバランスおかしいよな。リアルでこんなゲームあったら速攻過疎ってるわ」
「はあ? クソなのはてめえの頭だろうが。はっ、まあバカには理解できねえんだろうな」
「ち、ちょっとコウトくん! いきなりなにケンカ売ってんの!」
俺たちの間にフィーネが滑り込んできた。
ケンカ売ってきたのは向こうのほうだろ。スキルフォースファンタジー自体は黒歴史だがバトル周りは今でも結構自信がある。
いや、自分で黒歴史とは言うのはいいが何も知らないヤツにけなされると異常に腹が立つ。
「ごめんなさいねー」と謝るフィーネを尻目に、男は得体の知れないものを見たような顔を俺に向けて去っていった。
「もう、いっつもそんななの? まったくお姉さん心配になってきちゃったよ」
「……いいからさっさとやれよ。左から二番目のやつな」
「なんで二番目?」
「いいから」
完全にランダムとはいえ場所によって出やすい系統のアイテムやレア率など裏設定をしてある。まわす時刻なども影響してくる。
そんな重要機密を誰に見られているとも知れないこんな状況で話すわけにはいかない。
俺がロトリーに臨む時はいつも万全を期す。しかし今は自分がまわすわけではないし、それにあくまで確率の問題である事に変わりはない。
フィーネはやれやれといった仕草をしてガチャに向かい合う。立ち止まって、一呼吸。
そしてこれから組み手でもするようなポーズをとって硬直した。
「……お前何やってんの? それだよ、その真ん中のを回すんだよ」
「わ、わかってるって」
ロトリーポイントがあれば中央のレバーを回転させるだけで機械からカプセルが吐き出される。カプセルを開けるとアイテムが実体化し、それと同時にアイテムの所有権が得られるという仕組みだ。
フィーネはおそるおそるレバーに手を伸ばし、ぐるり、と回転させた。同時にゴトゴトっと音がして手のひら大の丸いカプセルが取り出し口から排出された。
カプセルを手にとってしげしげと眺めたのち、えいっと真っ二つにする。ボンっという破裂音とともに実体化され宙に浮くのは一振りの剣。
げっ、これは……、ソニックスワローじゃねえか!
「わっ、すご! 面白いねこれ! ところでこの剣変わった形してるけど強いのかな? なんか脆そう」
「ま、まあたいした事はないな。いらないなら俺が引き取ってやってもいいぞ」
「いいよ。初めての記念としてとっとくから」
「もちろんタダでとは言わない、いくらだ? いくら欲しいんだ?」
「なにその食いつき……。さっきお金ないって言ってなかった? お金のために人喰い討伐に行ったんじゃないの?」
「ああ、あれはウソだ。じゃトレードだ、それにクレジットを上乗せしてやってもいい」
「ちょっとなにどういうこと!?」
ぽろりとこぼした言葉に烈火のごとく怒りだしたフィーネ。商談は決裂した。交渉する余地さえなくなった。
ソニックスワローは一人しか所有できないAランクの武器だというのに。こいつが持っていても宝の持ち腐れというやつだ。
思い返せばその話をするためにこいつを探しにきた気もするが、やはり面倒だ。
グチグチうるさいので今度は人数合わせで無理やり参加させられたと説明した。始終疑いのまなざしを向けられてはいたが。
その後フィーネはポイントの限りガチャを回したが、その全てがその辺で買えるものやゴミアイテムだった。
それでもソニックスワローの入手はできすぎている。ウィンドウに入れて武器の詳細を確認したフィーネは上機嫌だ。
くそ、何か気に入らない。
「……大体な、特に強力なオリジンスキルを持っているわけでもないNPCが、まぐれで手に入れた武器ひとつでやってけると思うなよ」
「そんな言いかたしなくたっていいじゃん。……あたしねえ、なんか知らないけどつい最近新しいオリジンスキルを覚えたんだよ。『透視』ってやつ」
「なに!?」
俺は驚いて大きな声を上げてしまう。
ノーリスクで相手の情報を入手できる透視系スキルは超有用なレアスキル。
スキルフォースファンタジーにおいて相手の情報を覗き見れるというのは、計り知れないほどのアドバンテージ。
本当にフィーネがそれを習得したというなら、まず新しいオリジンスキルの開花でしか考えられない。
「いやぁ、もしかして毎日プレイヤーさんの相手をしてたからそれで人を見る目がついたのかも」
そういう後天的な理由で発現する能力じゃない。そんなことで習得できるのなら俺だってとっくにやってる。
騙りじゃねえだろうなこの小娘……。
「……本当か? ウソじゃねえだろうな」
「そんじゃためしにコウトくんのレベル当ててみよっか。もし当たったら今日一日モンスターとの戦闘訓練、付き合ってくれる?」
「……ああ、いいぜ」