第三話
シュウはドーンゲートの裏通りを一人歩いていた。
人通りは少なく、にぎやかな表通りとはうって変わって辺りはひっそりと静まり返っている。
シュウは普段こんな場所に足を踏み入れる事はほとんどない。
それが今日に限ってなぜこんなところを歩いているかというと、コウトに命じられた情報集めのため、いかにも怪しそうな場所を狙って足を運んでいるのだ。
しかし依然として成果は出ない。
まともな情報収集などしたことのない彼にとって、この地道な作業はなかなか骨の折れる仕事だった。
さっき酒場で軽く一蹴されたノーブルファントムに関しての情報も、なんとかコウトにアピールするため情報屋から金で買ったものだった。
ここもダメか、とシュウは半ば落胆の面持ちで歩みを進めていると、
「あんた、シュウさんかい?」
全身を茶色のローブで覆ったみすぼらしい老人がシュウを呼び止めた。
いきなり名前を呼ばれたことに驚く事もなくシュウは足を止めそれに答える。
「……ああ? なんだじいさん、オレになんか用か」
シュウは人喰いを討伐したパーティのリーダーとして、すでにその名をドーンゲート中に馳せていた。
見ず知らずの老人が彼を知っていてもそれほど不思議はないのだ。
「あんたぁ、人喰いを殺って羽振りがいいだろう? いいもんがあるんじゃがいらんかね?」
「あん? なんだよいいもんって」
老人はアイテムウインドウから赤く光る宝石を取り出した。
両手に合計三つの宝石を広げてシュウに見せつける。
「こいつは……クリスタル?」
「クリスタルなんぞ持っててもしょうがないじゃろう。 …………何でも言うことを聞く奴隷。欲しくないかい?」
「……おいおい、そういう制度はこの世界にはねえだろ? よく知らねえが」
「それがあるんじゃよ。じゃがわしだって誰にでも声をかけとるわけではない。つまり人喰いを討伐したあんたはわしの眼鏡にかなったわけじゃ」
そう言って老人はニヤリと怪しい笑みを浮かべる。
シュウは老人の発する妙な威圧感にやや警戒心を持った。
「奴隷っつったってそんな……、んなもんお互い気分わりぃだろ。オレ恨まれたくねえし」
「いやいや、奴隷は主君に絶対従順。百パーセント逆らう事はないぞ。恨むなんてもってのほか。惜しいのう、最近上玉が入ったばかりなんじゃがな。ほれ、サーチして見てみるといい」
シュウは言われるがままに老人の手元にあるクリスタルを順にサーチする。
ステータス画面に表示されるのはどれも見目麗しい女性の姿だった。
「おっと、見るのはステータスだけにしておくれ。アイテムボックスやスキル画面はな、まだ売り物の段階じゃからの」
「マジで奴隷……? そもそもなんでクリスタルが奴隷になるんだよ?」
「まあそこから先は企業秘密と言うヤツじゃ。どうじゃ? 今手持ちがないならツケてやらんこともない。なにせあの人喰いを仕留めたぐらいじゃから、金の工面など朝飯前じゃろう?」
「……ど、奴隷。こ、こんな可愛い子達が何でも言う事を……? ゴクリ」
「なにもそう気負う事はない。身の回りの世話をするメイドを雇うぐらいの感覚でおればよい。ま、嫌なら他にお得意様はいくらでもおるでのう」
「め、メイドか……。た、確かにいたら色々と便利そうだな……」
「じゃろう? 一流の冒険者たるもの召使の一人や二人は当然じゃ」
「う、うーん……」
シュウは突然の提案に狼狽しつつも、老人の言葉にいつしか耳を傾けていた。
二人はそんなやり取りをしばらく続けていたが、やがて長い逡巡の末シュウはにやりと口元をゆがめた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
フィーネを探しに行くといってもどこかアテがあるわけではない。
神出鬼没でいきなり俺の前に現れることはあるが、俺の方から彼女を探した事なんてないのだ。
リィナにああ言ってしまった手前、仕方なく少しだけ探すフリをしたらどこかにバックレるつもりだった。
確かフィーネはここに宿を取っていたはず。
それを思い出した俺は、かなり気は進まないがダメもとで部屋番号を尋ねてみることにした。
1階の入り口はいってすぐのフロント向かう。メイド服を少し改造したような制服を着た女性数名がいそいそと働いていた。
俺はカウンターに立つ受付のNPCらしき人物に声をかけた。
「フィーネっていう女の冒険者がここに部屋を借りてるかと思うんだが、どこの部屋だか教えてくれないか?」
すると受付の女性は少し困ったような笑顔を浮かべた。
「申し訳ありません、そういったことはご本人の許可がない限り……」
「なぁにアンタ! フィーネちゃんになんか用なの?」
遮るようにひときわ大きな声を上げたのは、ここの名物宿主レズリーだった。
カウンターの後ろに控えてなにか書き物をしていたようだが、ふくよかな体を揺すりのしのしとこちらに近づいてきた。
その怒気を孕んだ剣幕にすこし気圧されてしまう。
「い、いや別に用と言うほどのものでは……」
「なんだいそりゃ! 怪しい男だねぇ……。部屋の場所なんか聞いて、よからぬ事考えてるんじゃないだろうね!?」
「一応俺だってここの客だし、結構前から部屋借りてるんだが……」
そういうとレズリーは俺の顔を不審そうにまじまじと眺める。
やがてふん、と鼻を鳴らした。
「……まぁどっかで見たようなツラしてるけどねぇ、てぇことはずっとフィーネちゃんを追い回してるってことかい? これ以上あの子をつけまわすような真似したら出て行ってもらうよ!」
「だから違うっつーの。むしろ俺のほうがあいつに付きまとわれて……」
「だまらっしゃい! あー、危険だわこの男、変な幻覚見てるみたい。やっぱアンタ、ここから即刻退去しなさい! 断罪騎士にも来てもらった方がいいかしら」
「お、おい待てよ、おかしいだろこのぐらいでいきなり……」
「うるっさい! あー、誰かちょっとひとっ走り」
「ちょっと待って!!」
その時俺たちの間に割って入ってきたのは、なんとフィーネだった。
レズリーがかなりでかい声でわめいていたのでそれを聞きつけてきたのだろうか。
自分の部屋に引きこもっていたわけではなかったようだ。
「あっ、フィーネちゃん! この男があなたのことをこそこそ嗅ぎまわってるのよ! いま断罪騎士の方々を呼ぶからね、安心して頂戴」
「呼ばなくていいよそんなの! ……行こ、コウトくん」
「えっ!? コ、コウトってまさかその男がいつも言ってる……?」
「おばさんはもう黙ってて!」
そう言ってフィーネは強引に俺の腕を引く。
そのまま引きずられるように宿屋のエントランスへ。レズリーが慌ててカウンターから出て追いかけようとする。
「フ、フィーネちゃぁん!? どこ行くんだい!?」
「追いかけてこないでよ! もう、ほっといてったら!」
フィーネに怒鳴られたレズリーは、ショックを受けたようにその場に立ちつくす。
レズリーのしょんぼりした大きな丸顔を置いて、俺たちは宿屋を後にした。