第二話
「やっほーコウトくん久しぶり」
超巨大宿屋「レムレムランド」の四階にある一室。他の部屋よりやや狭い一番奥の角部屋が今の俺の住まいだ。
しばらくはこの街に滞在する予定だったので、かれこれ半年はこの部屋に住んでいる事になる。
宿屋というよりかはもはや家具備えつきの賃貸マンションといったほうがイメージは近いか。
街外れの空き家を買い上げることもできたのだが、ホームを持つとなんだか逃げ場がなくなりそうな気がしてやめた。
酒場からの帰りその部屋に戻る途中の通路に、俺の行く手を阻む元気娘がいた。
「ち、ちょっとなんでムシすんの!?」
彼女は無言でその脇を通り抜けた俺を呼び止める。
だが俺は構わずそのまま歩き続けた。
「ねえ、聞きたいことあるんだけど」
「俺にはない」
横に並んで歩きながら声をかけてくるフィーネに目もくれず先を急ぐ。
こいつもここに宿を取っているらしく、偶然通路で見つかって以来部屋も特定され事あるごとに絡まれるようなってしまった。
これさえなければ文句なしのいい宿屋なんだが。
「この前の人喰い討伐、コウトくんもいたってほんと?」
「はぁ? なんで俺が。そんなわけないだろ」
「さっき聞いたんだけど」
「……誰に」
「コウトくんの部屋から出てきた女の子に」
「いるわけねえだろそんな女が……」
そうこうしているうちに部屋の前まで到着。俺たちは立ち止まったまま言い合いを続ける。
「なんなんだお前、いい加減に……」
「なんだはこっちのセリフ。女の子連れ込んでなにやってんの? ……フケツ」
「だから知らねえよ」
と、その時がちゃりと部屋のドアが開いた。もちろん俺もフィーネも一切ドアには触れてない。
中から姿を現わしたのはリィナ。不思議そうな顔で俺たちを見比べている。
「おかえりなさい。……あの、どうかしました?」
「あ、ああ。ちょっとな……」
……こいつ、部屋から出るなって言っておいたのに。頭が残念な子なのか?
が、そんなリィナをとがめる間はなかった。ジトっとした猛烈に痛い視線を感じる。
もちろんもうごまかしは通用しない。
「いやぁ~ずいぶん可愛い子ひっかけたね~。ま、あたしがあれこれ口を出す気はないけど」
「それはそうだな」
「……ふん、別にどうだっていいけどさ。ね、一緒に行ったんでしょ? 人喰い討伐」
「はい、行きました」
リィナがすかさずいい返事をする。
……これも言うなと言っておいたはずだが、決してフリではなく。
「って言ってるけど?」
「…………ああ、行ったよ。でもビビってすぐ逃げたんだよ」
「あっそ。じゃあそもそもなんで人喰い討伐なんかに参加したの? この前確か自殺行為とか何とか言ってたよね?」
矢継ぎ早に鋭く質問を浴びせてくるフィーネ。
当然まともに答える義務はない。
「……金のためだ。強そうなやつと知り合ったから討伐に誘って、それでそいつにくっついていけばおこぼれにあずかれると思ったんだよ」
まんまシュウだな。まああいつはそれほど金に執着はなさそうだったが。
「お金のためって……、そんなの死んだら元も子もないじゃん!」
「結局ビタ一文分けてくれなかったからな、このままじゃ宿代もままならなくて困ってるところだ」
「そ、そんなに厳しいんだったらあたしに相談してくれればここの宿代ぐらいどうとでも……!」
「なんでお前に面倒見てもらわなきゃならないんだよ。……とりあえずジャマだからどこかへ消えてくれないか」
これ以上はもう面倒になったので冷たく突き放すように言った。張り手の一発や二発喰らう覚悟で。その程度で追い払えるなら安いもんだ。
てっきり顔を赤くして金切り声を上げるかと思ったが、フィーネは一瞬表情を翳らせた後一段階落としたトーンで言葉を発した。
「……わかったよ。でも一つだけ言わせて」
「なんだよ?」
「そんな……、そんな危険な事二度としないで! お願いだから!」
顔を紅潮させ、いきなり高ぶった声を上げるフィーネ。
言うだけ言うとすぐに顔を隠すようにして走り去って行った。その体はわずかに震えていたように見えた。
「なんかコウトさん冷たいですね」
フィーネの姿が見えなくなったところで、リィナが俺にぽつりとこぼした。
「うるさいだけだろ? 俺に金がないと知ればもう寄ってこないだろうし」
「……それ、本気で言ってるんですか?」
リィナは信じられない、といった顔つきをする。俺のほうこそこいつの言動が信じられない。
「お前、自分が文無しで俺に頼ってきたのを忘れたのか」
「いえこれはですね、確かにお金はないですけど、コウトさんはわたしの命の恩人……、いえもはや仲間じゃないですか。『よっ、一晩泊めてくれよ!』ぐらいやってもいいじゃないですか」
「……全然説得力がないな」
「にしても、なんであんなウソつくんですか? すぐ逃げたとか」
「別に、説明が面倒だろ? お前こそあれだけ言い含めておいたのになんなんだ? ことごとく無視しやがって。反抗期か? この家出少女が」
「それは今カンケイないです! だいたいおかしいじゃないですか、人喰いを倒したのもコウトさんのおかげなのにこそこそ隠れるようにして。もっと堂々とすべきです。みんな本当に感謝してるんですから」
「俺は別にそんなつもりでやったんじゃないし」
「ならなんですか?」
意志の強そうな澄んだ青い瞳が、まっすぐこちらを見つめてくる。
おとなしそうな第一印象と可愛らしい見かけにすっかり騙された。これならシュウのほうが何倍も扱いが楽でいい。
「……なんでだろうな。俺が聞きたいぐらいだ」
しかし俺もマンイーター討伐なんて、割に合わないバカなことしたよな。放っておけばいいものを。
リィナがいなかったら、下手すりゃ死んでた。
「な、なんでですか、戦う気満点だったじゃないですか。まるで相手の手の内を知っていて事前に準備していたかのような……」
それは俺がマンイーターを考案……、とは言わない。言ったところで理解されないだろう。
スキル『神託』を使い時間をかけて話をすればもしかすると信じてもらえる可能性はあるが、今更他人を巻き込むつもりはない。
もし全てを洗いざらい話せば、きっと俺はこの子からも、世界からも異端扱いされ恨まれるだろう。
この世界で生を受け、日々真剣に生きてきた人々。それがどういうわけか俺が遊び半分に作った妄想の産物だと知ったらどんな反応をするか。
ここに飛ばされたプレイヤーの中にもわけもわからず苦しんでいる連中が大勢いる。
多くのネットゲームがそうであるように、俺はスキルフォースファンタジーに明確なゲームクリアを設定していない。
俺だって本当はどうしたらいいかわからず、流されるまま過ごしているだけだ。元の世界に戻る方法なんて見当もつかない。
口ごもった俺の心中を察したつもりか、リィナは急ににこりとして自分の質問に自分で答えた。
「わたし、なんとなくわかっちゃいました。きっとさっきの女の人が関係あるんじゃないですか?」
「はあ?」
「愛する人を守るため、男は単身あの恐ろしい人喰いへと立ち向かう! みたいな。……かっこいいじゃないですか!」
「勝手に言ってろ」
「いやだってフィーネさんでしたっけ? さっきの態度、やっぱりちょっと普通じゃないですよ。コウトさんのほうも気になる子にわざと冷たく当たっちゃうとかそういうことなんでしょう」
リィナがしたり顔で人差し指を立てた。
どうやったらそういう結論に行き着く?
「そういうことならわたし、フィーネさんの所に行って誤解を解いてきます!」
「待て」
するりと部屋を抜け出て廊下を行こうとするリィナ。
俺は慌ててその肩を掴んで引き止めた。
「なにするんですか? きっとあの人コウトさんのこと弱っちいヤツだと思ってて、根暗で友達もいない無愛想な頑固頭だと思ってますよ。あと理屈っぽいしウソつきだし。きっとほんとの事知ったら見る目が変わりますよ」
「お前が俺をどう思っているのかはよくわかった」
「じゃあもういっそのことみんなにバラしましょう。人喰いを討伐したのはコウトさんですって。すぐに噂は広まりますよ」
はやるリィナを再び部屋に押し込むと妥協案を提示した。
「もういい。俺が直接行って説明してくるから、お前はこのままここでおとなしくしてろ。それなら文句ないだろ?」
「できればわたしも……」
「ダメだ」
これ以上話をややこしくしないためにも、こいつを野放しにするのは危険だ。
結局俺は部屋に戻れないまま、なぜかフィーネを探しに行かなくてはならなくなった。