第一話
「ノーブルファントム?」
朝イチから酒場に呼び出された俺は、テーブルの向かいから身を乗り出してくるジャミルとは対照的に冷めた態度で聞きなおす。
ここはドーンゲートの酒場。だいたい学校の教室二クラス分ぐらいの室内は、開店直後にもかかわらず多数の冒険者でにぎわっている。
その上朝から酒をかっくらう不届き者もいるようだ。
「しーっ! バカ、声がでかい。言っただろこれは極秘情報だって!」
「……没落貴族の墓にレアモンスター、倒すとレアアイテム? はっきり言うがそんなもんはない」
「はぁ!? おめえせっかくオレが集めた情報にケチつけるわけ? だいたいなんでそう言い切れんだよ」
「なんていうか期待はずれだな。俺が欲しい情報はそういう類のものじゃない」
「んだとぉ!?」
煮え切らない俺の態度に憤慨するジャミル。
俺は早くもこいつをフレンドプレイヤーとして登録した事を後悔し始めた。
あのあとすぐにジャミルはパーティ解散を宣言した。
一人の仲間を死に追いやり、また一人の仲間を危険に晒した。それはジャミルなりにかなり責任を感じているようだ。
クリスタルとなったラウルという戦士は、その日のうちに人喰い討伐の報酬ですんなり蘇生まで漕ぎ付けることができたらしい。
それでもこれまで通りというわけには行かず――レベルが1に戻ったのもあるが、人喰いにやられた恐怖までは完全に拭えないらしい――少し妙な関係なようだが、一方的に恨まれているとかそういったことはないようだ。
人喰いとの戦いから今日で四日目。
あの日の翌日、あれほど俺を毛嫌いしていたジャミルがいきなりパーティに加えてくれ、もしくは弟子にしてくれと言い出した。
人喰いとの戦いを間近で見て何か衝撃を受けたらしく、その熱意はどうやら本物のようだった。
もちろん俺は必要がなければパーティを組む気はないとあっさり切り捨てたが、ならばせめてフレンドプレイヤーとして登録してくれと食い下がってくるもやはり拒否。
するとそっちがその気なら人喰い討伐の立役者をバラすと逆に脅迫してきた。
人喰いが討伐されたことは、いまやドーンゲート中の皆が知っている。
俺は証拠となるセイルのクリスタルをギルドに提示だけすると、その後の報告はジャミルに任せて逃げるように二人と別れた。
表向きはジャミル率いるパーティがその偉業を成し遂げたということにして、俺のことは黙っておくよう事前に二人に口止めしておいた。
名が知れたところで今の俺にとってはこれといった得もないし、下手に注目を浴びると好き勝手に行動しにくくなるというのが理由だ。
そういうわけで嫌々ながら俺はジャミルをフレンドプレイヤーに登録させられた。
こうして酒場に呼ばれたのも「すっげえ情報を入手した。酒場で落ち合おう。無視したらバラす」とかいうメッセージを送られたからだった。
思えば交換条件もなしに口止めしようなんて考えが甘かった。
実は俺にもこの世界の事についてよくわからないことが多い。わからないというよりか先が読めないといったほうが正しいか。
俺が今一番気になっているのがNPCの動向だ。
NPCも大きく分けて二種類のタイプがいて、一つは俺が割と細かく名前やら職業やら役割やらを設定した重要人物系。
こいつらの行動に関しては特に問題はない。およそ俺の考えたとおりに役割をこなしほとんどブレたりしない。
要するに復活の役目を果たす神官とかがいきなり「今日から俺冒険者になる!」とか言い出さないってことだ。まあそんなことになったらどんどん世界がメチャクチャになるだろうが。
問題なのは、俺がほとんど、というか全く人物設定をしていないNPC。この街のNPCは何人、とか適当に決めたやつだ。
そいつらがここ最近――厳密にはプレイヤーが出現したあたりから――かなり好き勝手にイレギュラーな行動をとり始めたということだ。
そうなったNPCはもはやプレイヤーとほとんど区別がつかない。
もちろん細かい点ではいくらでも選別方法はあるのだが、表面的にすぐそれと判断するのは難しい。
もはや俺にさえこいつらがこの先どうした変化を見せ、世界に関わっていくのか全く予想がつかない。
そこで俺はそういった情報収集をしきりに絡んでくるジャミルに命じた。命じたといっても無理やり命じさせれられているようなわけのわからない状態だが。それに味を占めてかジャミルは事あるごとに俺を呼び出そうとする。
メッセージだと何かあった時残ったままだからまずいし、何より打つのが面倒とかそういった理由で。
「ジャミル、俺が欲しいのはな……」
「おう、待て。ジャミルはもうやめろと言っただろ」
ジャミルは完全なプレイヤーだ。本名は速水修というらしい。
俺と同じくパクスフォースファンタジーにログインした瞬間、気がついたらこの世界にいたそうだ。
こいつにとってはこれが初めてのネットゲームだったらしく、プレイヤーネームを本名まんまのシュウで登録したらしい。
こっちに来たら周りの名前がどうもカッコいいので、ジャミルと名乗っていたそうだ。といってもフレンドなどに登録される名前はシュウのはずなので周りも?マークが浮かんでいたはずだ。俺が登録した時もシュウになっていて少し笑えた。
いや、待てよ。確か名前を変えられるアイテムを作ったような……。
「オレは心機一転シュウとしてやっていく。前もそういったろ?」
「……さあ。覚えてないですシュウさん」
「オレのが二つ年上だがオレとおまえの仲だ、敬語なんていらねえし呼び捨てで構わねえよ」
「どういう仲か知りませんが用が終わったならもう行っていいですかシュウさん」
「まったく、素直じゃねえなあオイ」
「これ以上なく素直なはずだが」
「せっかくだからもうちょっと話そうや。使えそうなスキルとか武器とかさ。好きだろ? そういう話」
「また今度」
もう一つ厄介な問題ごとを抱えている俺は、なんとか引きとめようとするジャミル改めシュウを置き去りにして酒場を後にした。