第十一話
依然として座り込んだままの彼女。
これまで女性ヒーラーという記号でしか彼女を認識していなかったが、改めてその姿形に目を留める。
整った目鼻立ちに薄暗い森の中にいても際だつ白い肌。肩元まで垂らした桃色の髪は作りもののような繊細さ。
静かに佇むその姿は、よく見れば絵になりそうなほど美しい。神々しさすら感じられるほどだ。
だがこれだけ優れた容姿……。こいつはきっとNPCだ。
NPCの中には突出した容姿を持つものが多く存在する。平均レベルも高い。
男性はそれほどでもないが女性の場合その差は顕著に現れ、密かにNPCかそうでないかを見分ける一つの指標になっていたりもする。
プレイヤーのほうは元の世界にいた時のものがベースにされるようで、弱冠の上方修正はあるもののどうしてもそういったNPCには見劣りしてしまうのである。
彼女の身に着けているのはフードのついた白一色のローブ「ホワイトローブ」だ。これはどこにでも溢れかえっている基本装備。特におかしな点もない。
だが問題は胸に抱えている武器。戦闘前装備していたものと違う。彼女が手にしていたのは裁きの杖。断罪攻撃スキルを持つ武器である。
この武器自体はドーンゲートの教会で普通に購入する事ができる。それほど高価でもない。
しかしこの武器に付属する断罪系攻撃スキル『ジャッジメントボウ』を発動するには、『断罪レベル2』の習得が必要となる。
他の例を挙げると、ブリッツセイバーに付属する『スタンエッジ』を発動するためには、『剣レベル16』『腕力レベル8』『ダッシュレベル5』を習得していなければならないといった具合だ。
基本的に攻撃スキルレベルはその系統の武器を使い込むことで上がる。または装備やジョブによる補正などでも上昇する。
実は後者の方が上昇率の影響は大きい。例えばブリッツセイバーには装備時に剣レベルプラス5の補正値がある。
いかに強力な攻撃スキルを発動できる武器を持っていようと、要求されるスキルレベルが十分でないと戦闘で使用する事はできない。
ただしマンイーターの『マンイート』の要求剣レベルはゼロ。
このようなその系統の武器に関して全くの門外漢でも、装備しさえすれば使用可能になるユニークスキルも数多く存在する。
俺は彼女のそばまで近寄ると、すぐに質問をぶつけたい衝動を押さえつけ相手の無事を確認する。
名前は確か……レナとか呼ばれてたような……? レイラ?
「レイラ、無事か?」
「……わたし、リィナです」
全然違った。
自信満々に違う名前を呼ばれ彼女は明らかに困惑している。まあどうでもいい。
「断罪攻撃スキルは……あんたのオリジンスキルかなんかか?」
彼女はこくりとうなずく。
……やっぱりそうか。
たしかオリジンスキルの中にレベル上昇とともに断罪攻撃スキルが自然に習熟するものがあった気がする。
断罪攻撃スキルの習熟は困難な道のりである。まず罪人を見つけることから始めなければならないし、熟練も遅い。
そもそも初期レベルでは最低ランクの技『ジャッジメントボウ』すら使うことができない。
そのため鍛錬しようと思ったらあらかじめ武器やジョブによる補正が必要になる。
だがヒーラー程度の初級ジョブには断罪攻撃スキルレベルを上げる補正はない。リィナがヒーラーであることと断罪攻撃を使えることは全くの無関係なのだ。
彼女のオリジンスキルは断罪攻撃スキルを一切使用したことがなくても、レベルがあがれば断罪攻撃スキルの熟練度が上がるといった優れものである。
これはほぼ彼女の生まれ持った才能といっていいだろう。
謎が解けた俺は、改めてほっと胸をなでおろすと座り込むリィナに手を差し出した。
「あ……ど、どうも」
おずおずと俺の手をつかんできた。冷え切った冷たい感触。力を込めてその手を引っ張り上げる。
彼女はなんとか立ち上がったが、まだ足元がふらついている。
『捕食領域』の吸収効果で多少HPを消耗してはいるだろうが、マンイーターのバインドにかかって生き残ったやつが今までいただろうか。
「驚いた、まさか断罪魔法スキルを使えるなんて」
「あ、あの、わたし、必死で……」
「セイルにも隠してたのか?」
「……はい。これだけは、誰にもオープンしたことないです。今、実戦で初めて使って……」
リィナが断罪攻撃スキルを持っていると知っていたら、セイルももっと警戒しただろう。
セイルはリィナのレベルを見ただけで安心したんだ。最後に俺のレベルを見た時もそうだった。
俺は決行をギリギリまで悩んでいたセイルに、わざと自分のステータスを見せた。セイルは『捕食領域』を使えば俺は無力化すると、そう思い込んだ。
低レベルのプレイヤーでも強力なスキルを持っているかもしれないという可能性に目をつぶって。
でもそれは俺も同じだった。まさかリィナがあんなスキルを……。
やがて俺たちの元にジャミルがゆっくりと近寄ってきた。
その表情は、暗くどんよりと沈んでいた。無理もない、嫌が応にも己の未熟さを思い知らされたであろうから。
「……すまねぇ……、オレは……」
彼の口をついて出たのは謝罪の言葉。
自分のせいでこんなことになってしまった、そんな罪の意識が彼を苛んでいるのだろう。
「……コウト、おまえには本当に…………マジで助かった。感謝してもしきれねえ。もしおまえがいなかったらオレたちはみんな……」
「いや、だが……」
それでも一人の戦士が犠牲になった。
俺が、もっと注意していれば防げたはずの。
「……ラウルのクリスタルは拾ってきた」
「そうか。……討伐の懸賞金があればどうにかなるかもな。俺の分はいらないから使ってくれ」
「……すまねえ。本当に……」
ジャミルはそう言って頭を垂れた。
だが俺にジャミルをどうこう言う権利はないし感謝される覚えもない。
俺だってこいつらを半ば利用しようとしたようなものだ。本当は誰も巻き込まず一人でケリをつけたかったが、こうでもしないと人喰いの尻尾をつかめないままだった。
それに今回一人で挑んでいたら、俺は敗北していたかもしれない。
俺はセイルの武具が落ちているあたりに向かった。そして草むらから赤く光る手のひら大のクリスタルを拾い上げる。
これは、肉体が消滅した者の命の灯火というべきもの。このクリスタルがあれば、HPがゼロになったプレイヤーでも復活することができる。
だがそのためには復活スキルの行使が必要だ。
このスキルは超がつくほどのレア武器やある最上級ジョブの固有スキルなどに設定してあるかなり貴重なスキルである。正攻法では並大抵の努力で得られるものではない。だが初級プレイヤーには全く手が出ないというわけではなく、復活スキルの存在自体は広く知られている。
というのは、俺は何人かのNPCに『蘇生』スキルを設定してある。多くは教会の神官などがそれに当たるが、誰でもそれらに復活を依頼することが可能だ。
ただしその場合、法外な金銭、またはそれに見合うアイテムを要求される。そんなのが神官などというのは本当にふざけた設定ではあるが。
またそれとは別にオリジンスキルとして最初から習得している稀有なプレイヤーやNPCも存在するかもしれない。これは相当なアドバンテージになるだろう。もしそんな幸運な人物がいたらぜひお目にかかりたいものだが。
しかし復活スキルのアテさえあればいくら死亡しても安全というわけにはいかない。
当然自分が死んだ後その命は他者の手にゆだねられる。もしクリスタルが破壊されればその時点で真の死が確定してしまう。
信頼ある仲間がクリスタルを回収しスキル発動までもっていければいいが、そこまでうまくことが運ぶ例はかなり少ない。
ソロプレイヤーの場合復活はほぼ絶望的といっていいだろう。
一部の死に方を除いてクリスタルが出現しなかったり自然消滅することはないので偶然誰かに拾われる可能性はあるが、見ず知らずの人間をわざわざ復活させようなどという奇特な人物がはたしているだろうか。
それに無事復活できたとしても、もちろんデスペナルティが存在する。
死亡時に具現化し装備していたアイテムはドロップアイテムとしてその場に残され、所有権を失う。
仲間がドロップアイテムもろとも回収して復活後にトレードすればこの問題は解決するが、やはりレアケースである。
スキルに関しては特に大きなペナルティはない。一部のステータススキルが取り消される程度。『罪人』スキルなどの不名誉な称号は浄化される。
これだけなら復活に関して一見それほどの不利はなさそうだが、HPロストが恐れられる最も大きな理由が次の一つにある。
レベルリセット。
これは、例えレベルがマックスだろうと強制的にレベル1に戻される。
さらにレベルを要求するジョブについていた場合、問答無用で初期ジョブに戻されジョブ固有スキルも使用不可になる。
このため見事復活を成し遂げたまではいいものの、ショックで再起できなくなるプレイヤーもいるぐらいだ。
ウインドウを開きクリスタルをサーチ状態にすると、フルオープン時と同じように対象のステータスを参照する事ができる。
俺はセイルのクリスタルをサーチし、アイテムボックスにマンイーターが格納されているのを確認した。
俺の目的はマンイーターの確保と封印。こいつはマンイーターなんていうふざけた武器を考えてしまった俺の責務。
本来ならこれは俺の手元にあるのがベストだったが、今となってはもうどうしようもない。
もはや彼を、セイルを犠牲にするしかないのだ。
死亡したものがアイテムボックスの中に所持していたものは、そのままクリスタルに封じられる。
一つしかないユニークアイテムを所持していた場合、持ち主を復活させるかクリスタルを破壊しない限りそのアイテムは世界から永久に失われることになる。
クリスタルが破壊された時は、アイテムボックス内の全てのアイテムが世界に還元される。
そうすると誰かが再びマンイーターを入手する可能性が生まれてしまうのだ。
マンイーターのデフォルトでの配置はスキルフォースファンタジーの大きな特徴の一つ、無差別抽選機の循環の中にあり、入手確率はほぼ完全なランダムといっていい。
誰よりも早く再配置されたマンイーターを入手する事は全てを知っている俺でさえ困難を極める。
俺には、セイルを復活させた後安全にマンイーターをトレードさせる自信がない。
彼の習得していたステータススキル『殺人衝動レベル5』は、復活しても取り消されることのないスキル。このままでは生き返っても間違いなく再犯する。
こういったネガティブスキルを取り払う方法が全くない事もないが、今の俺にそんな能力はないしどこかにアテがあるわけでもない。
もうこれ以上、マンイーターによる加害者も被害者も出すわけにはいかない。
現時点の俺にはマンイーターをこのままセイルのクリスタルの中に封印するしか手はなかった。
「しかし……、好き好んで人殺ししやがるなんて、とんでもねえヤロウだったぜ。あいつ、もしかして元の世界でも人を……」
「やめろ!」
「な、なんだよ……」
俺はやるせない気持ちで、もう一度セイルのウインドウに目を落とす。
一つの作成済みのフレンドメッセージ。送信はされていない。
「頼む。誰か、僕を………………殺してくれ」
そこには必死に『殺人衝動』と戦った男の、最後の意志が残されていた。
これにてマンイーター編終了です。