第十話
人喰いは何も答えない。
そのまま沈黙が流れる。俺も無言で圧力をかけたまま動かない。
やがて人喰いが堰を切ったように顔を醜くゆがませ、狂ったような笑い声を上げた。
「くくく……はあっはっは!! そうだよ、奪い取ったんだよ! 数ヶ月前、オレは討伐隊の一員としてこの森にやってきた。そん時の人喰いは森に潜んでていきなり奇襲をかけてきやがったぜ。五人だったこっちは三人やられたが、数で押してなんとか撃退した。バインドになったのは一人だけだったしなぁ、前のヤツはオレよかよっぽど能無しだったぜ? あいつも多分初代じゃねえ」
マンイーターは人の手を渡り、次々にその持ち主を変えている。俺の予想は当たっていた。
これまでの討伐隊を全て返り討ちにしたにしては、セイルの手口はあまりにも杜撰。
ギルドや討伐隊が揃いも揃って間抜けだったとも限らないが、一人ぐらいは聡いヤツがいてもおかしくない。
それに人喰いの目撃情報も、人によっては背格好や防具などに食い違いがあった。
そしてマンイーターには、さらにもう一つえげつないスキルがある。
「それまでマンイーターは恐怖の対象でしかなかったが、こいつを手にした瞬間、無性に人を殺したくなってなぁ。思わずやっちゃったよ、そばにいた残った仲間を。確かそんときギルドには『人喰いには遭遇しなかった』とかって報告したっけなあ」
ステータススキル『殺人衝動』効果は読んで字のごとく。マンイーターを一度装備すると、呪いのように自動で習得してしまう。
そして『マンイート』を使いキルすることによりスキルレベルが上がり、さらなる獲物を求めるようになる。
行動原理が変わることで、性格までも捻じ曲がってしまう恐ろしいスキルだ。
「セイル、マンイーターを渡せ。そうすれば命だけは助けてやる」
これまでの詰問も、精神的に追い詰めこの流れに持ってくるまでの算段。
俺はウインドウを立ち上げ、トレード画面を開く。
アイテムの交換や金銭の授受は自由に行うことができ、両者間の同意さえあれば譲渡も可能だ。
ただし正式なトレードはこの画面を通さなければ移動は反映されない。
無理やりに奪い取ってもアイテムの所有権がない限り装備したり使用する事はできない。
「それだけ白状したお前に逃げ場はない。それともこの状況で俺たち三人を残らず口封じできるか?」
「あぁ……、そうだなぁ……。だがもう、どうでもいいんだよそんなこたぁ」
人喰いはユラリと体を揺すった。
その瞳は、まるで獲物を狩る事だけを目的とする餓えた野獣のような輝きを放っていた。
「……いいぜ? マンイーター、くれてやるよ。うん、そうだな最後に…………その女を殺してからなあぁぁぁ!!」
人喰いは動けない後方のヒーラーに標的を変えた。
完全な暴走。それはこの場を切り抜ける作戦でも隠れた狙いのあるフェイントでもない。
もうすでにヤツの頭には衝動のまま人を喰らうことしかないのだろう。
「くっ!」
人喰いがヒーラーにターゲットを変更し攻撃スキル選択を終える。
俺はすぐさまヴェンジェンスエッジをブリッツセイバーに『スイッチ』し、その横から『スタンエッジ』を発動した。
『マンイート』より『スタンエッジ』のほうがはるかに発生は速い。
この一撃は確実に先制できる!
〈スタンエッジ ミドル 小 片手剣〉
一足飛びに敵の懐にもぐりこんだ後、俺の腕が雷光の剣を一閃させ人喰いの体を切り裂く。
放電したような音とともに人喰いの体を駆け巡る青い電撃エフェクト。
人喰いのHPバーがわずかに減少しそれとともにスタン効果が発生、『マンイート』はキャンセルされた。
「ジャミル! なんでもいいから攻撃スキルを使え!」
俺は叫んでいた。運良くスタンが成功したが、次があるとは限らない。
「う……うぉぉおおおっ!」
俺の声ではっと我に返ったジャミルは、自身を無理やり奮い立たせるような雄たけびを上げ、槍を構えながらこちらに走ってくる。
だがすんでのところで攻撃スキルは発動に至らなかった。標的をターゲット、スキル選択までが遅すぎたのだ。
人喰いは憤怒の形相で目をむき出しにし、俺を睨みつける。
「お前だ…………お前さえ、お前さえいなければぁぁぁっ!」
逆上した人喰いは再び俺に標的を戻す。
やつの手にしたマンイーターがフッと消え、代わりに両刃の大剣が現出した。
――『スイッチ』!?
もうこいつは後先考えず俺を殺すことしか考えていない。
まずい、『マンイート』なら確実に先制できたがこれでは……。
ヤツがチェンジしたのはまたも両手剣のストライクブレイド。そして次に発動しようとしている攻撃スキルは『スタンエッジ』と同じくミドルレンジの小攻撃『クロスブレイズ』。
確かこれはストライクブレイドの最速の技。人喰いは完全に理性を失ったわけではなかった。
同じ発動順のスキルがかち合った場合、衝突がおき威力は相殺、もしくは両者ともにダメージを受ける。
しかし両手武器と片手武器が衝突すると、片手武器の攻撃は潰され一方的にダメージを受けてしまう。
この場合片手剣技である『スタンエッジ』は完全に打ち負けることになりスタンはおろかダメージを与える事すらできない。
人喰いが攻撃スキルを発動する前に、俺の頭は高速でフル回転し最善手を導こうとする。
『スタンエッジ』は出せない。となるとヤツに先制してかつ一撃で倒せるスキル? 三番目の武器に『スイッチ』すれば先制できないこともないが、威力が足りるか? 命中率は? それともサポートスキルを変更して……。
それぞれの予想与ダメージや命中率をシュミレートするもゆっくりと吟味している時間はない。
――どうする……! どれが一番確率の高い手だ……!?
眼前の悪魔は、今にも俺にトドメの一撃を放たんとしている。
やむを得ず俺はさらに武器を『スイッチ』し攻撃スキルを……。
〈ジャッジメントボウ ロング 断罪〉
その時俺のすぐ横を、白い光が通り過ぎた。
それは聖なる輝きを放つ矢。
俺の後方から飛んできたその光の矢は、凄まじいスピードで飛来しまっすぐ標的に突き刺さった。
人喰いの胸元に。
「ぐぅおおっ!?」
人喰いは大きくのけぞり、武器を取り落とした
あれは……『ジャッジメントボウ』!?
続けざまに発動されるはずだった俺の攻撃スキルは不発に終わった。
理由はターゲット不在。
裁きの矢を受けた人喰いはそのまま仰向けに倒れこむと、やがてその体をきらめく塵と変え空へと還っていった。
人喰いの最期を見届け後ろを振り返ると、ヒーラーの女が呆然とした顔でその場にへたり込んでいた。
宙をさまよう気の抜けた視線と目が合う。
「今のは……あんたが?」
状況からしてそれしか考えられないのはわかっている。
人喰いがマンイーターを引っ込めた瞬間『捕食領域』から解放された彼女が、攻撃魔法スキルを放ったのだ。
だが俺は改めてそう問いかけずにいられなかった。
戦力どころか足かせにしかならないと思っていた彼女が、恐怖に屈することなく即座に攻撃に移ったとはにわかには信じがたい。
その上さっきの魔法は、高等な断罪属性を持つ『ジャッジメントボウ』に違いなかった。
『罪人』というステータススキルがある。
これはモラルに反する行為を行ったものにつくスキルで、常に発動状態となり様々なマイナス要素をもたらす。
行為の度合いや悪行を繰り返すことでスキルレベルが上がり、当然レベルが上がるほどマイナス要素は強くなる。
このスキルを持つものは、例え他人に殺されてもその相手を罪人とすることはできない。
フルオープンでもしない限りこのスキルを所持している事を他人に知られることはないが、無為に人を殺めたりした場合はまず持っていると思って間違いない。
『ジャッジメントボウ』は罪人スキルを持つ相手に絶大な効果を発揮する断罪スキルの一種。
相手の罪人スキルレベルが高いほど命中率や破壊力が増し、遠距離攻撃なので発動も早い。
罪人以外には一切ダメージを与えることはできないが、罪人に対しては抜群の性能を誇る。
俺も断罪系スキルの使用を考えなくもなかったが、『断罪攻撃スキル』の習得はかなりハードルが高く、労力に見合わない。
それに人喰いが代替わりしているかもしれない事も事前に当たりをつけていたので、今回の人喰いが罪人スキルを持っているかどうか寸前まで確証がもてなかった。
罪人スキル発生に関してそこまで明確な設定をしていなかったこともある。
俺はぼうっと固まったままの彼女の元へ、ゆっくりと歩み寄っていった。