第九話
「く……この……、死に損ないのくせに……!」
「どうする? マンイートじゃあ俺は殺せないぞ?」
もし仮に俺が即死耐性を持っていたとしても、マンイーターと他の武器を交換して止めを刺すことはできる。
当然『スイッチ』だってセットしてあるに違いない。
『スイッチ』は瞬時に装備武器を入れ替えるサポートスキル。
武器の変更には行動ターンを消費するが、『スイッチ』を使った場合は武器を変更し即座に行動できる。
ただしその場で好きな武器を選べるわけではなく、事前にどの武器にチェンジするか前もって設定しておかなければならない。
その上『スイッチ』では逆戻しに武器を変更する事はできない。
マンイーターを外してしまうと、その途端『捕食領域』は解除されヒーラーは自由になる。
ヒーラーが逃げれば、ジャミルだって躊躇なく逃走を選択するだろう。
そうなれば俺たち全員を残らず殺すのは極端に難しくなってしまう。それぐらいはヤツもわかっているはずだ。
お互い身動きが取れないまま睨みあう。俺のほうも決め手を欠いていた。
無駄な被害者を出さないよう、必要以上にヤツを挑発し矛先をこちらに向け、すぐさま俺にマンイートを発動させるよう仕向ける。
その後『死神のきまぐれ』『ラストフォワード』の二つのオートスキルと『アヴェンジバイト』のコンボでヤツを倒す。
もともと俺の書いた筋書きはこうだった。
だが実際は火力不足でヤツを仕留める事ができなかった。これはどうしようもない憶測ミスだ。まさかこれほどまでに力の差があったとは。
今戦いは先の読めない二ターン目に突入しようとしている。
しかし実は人喰いが何も考えず俺にマンイートをかませばそれで終わるのだ。
そうしたら残るはジャミルとの一騎打ち。
ジャミルは突然の仲間の死に恐怖で身がすくんでいるのか、怒りに我を忘れ何も判断がつかなくなっているのか、すでに攻撃の機会を逃していた。
強さに関係なく平等に行動スキルを発動することができるが、スキルを選択せず一定時間が経過してしまうと待機とみなされその戦闘フェイズには参加できなくなってしまうのだ。
いくら人喰いが手負いとはいえ、そんな状態のジャミルと戦いになるわけがない。最悪このまま何もせず殺されるかもしれない。
戦闘開始後の全員の行動は、人喰いの俺へのマンイート、その後のアヴェンジバイト、ジャミルの待機、ヒーラーは当然行動不能という流れとなり、ひとまずは仕切りなおし。
俺は次の行動で武器を『スイッチ』し真正面から攻防を挑まなければならない。
次にセットしてあるのはブリッツセイバーという片手剣。大中小三種類の攻撃スキルを備える。
発動するのは小攻撃『スタンエッジ』。ダメージを与えそのターンの敵の行動をキャンセルするスタン効果を持つ斬撃技。
人喰いのスタン耐性が低めなのはすでに確認済み。この場合スタンの発動確率は六割といったところだが、もちろんこの効果は先制しないと意味がない。
『マンイート』はショートレンジの特殊攻撃だが、これは大攻撃扱いに設定してあるのでミドルレンジの小攻撃である『スタンエッジ』は確実に先制する。
つまり運さえよければ反撃を受けずに一方的に攻撃を繰り返すこともできる。
だがこれはかなり危険な賭けになる事は間違いない。予測によると一撃で残り二割には届かない。二撃でも厳しい。
その上わずかではあるが相手は『捕食領域』によってHP1の俺以外――ジャミルとヒーラーのHP――を吸収し続ける。
それを考慮に入れると最後の一撃をショートレンジの中攻撃である威力の高い『レイブレード』に切り替え三連撃が決まってどうにか勝利といった具合だろう。
スキル自体の命中率が90。スタン率約60パーセントを二回。
なおこれらの数値はサポートスキルである『集中』(命中率UP)『豪腕』(物理攻撃力UP)『剣舞』(片手剣による攻撃の命中、威力UP)を重ねがけした上でのもの。力の差は歴然としてある。
成功率はかなりきわどいラインだ。正直そんな危ない橋は渡りたくない。しかも相手がバカ正直にマンイートを連発してくるとは限らない。
事前に準備することができたとはとはいえ、一撃必殺を持つマンイーターに行動させず先手を取れそうな武器を用意するのはこれが限界だった。
せめてジャミルが動いてくれれば――。
そんな他人に頼らざるを得ないほど厳しい状況に追い詰められていた。
だが、俺の目的は人喰いを殺すことではない。それを改めて意識すると、この場を打開できそうな手段を何とか見出した。
「ふ、ふん、ならばマンイート以外の攻撃スキルを発動すれば終わりだ」
「そうだな。どんなスキルなのか楽しみだ」
俺にでまかせは通用しない。俺は全て「知っている」から。
マンイーターにはショートレンジの大攻撃扱いの特殊技であるマンイートしか攻撃手段がない。
全く動じない俺に人喰いはみるみるうちに表情を強張らせ、ついに感情を爆発させた。
「な、なんなんだよ……、なんなんだよお前! これまでのやつらは奇襲で一人殺せば、たいていはビビるか混乱するかで戦意を喪失する……。なのにお前の余裕はなんだ!? まるでこうなることがわかっていたかのように……。……そうか、お前気づいていたな……。いつからオレが人喰いだと気づいた……!?」
「そうだな……まずはマンイーターのオートスキル『捕食領域』。こいつの正式名称および効果を知っているプレイヤーがはたしているか。俺がサラリと口にしたからお前はすでにスキルの情報が割れていると思って話をあわせたんだろうが、お前は『捕食領域? なんのことだいそれは』って言わなきゃダメだったんだよ。最も重要なバインド効果について触れなかったのは、俺がその事を知らないと当たりをつけたからだろ?」
「……カマをかけやがったのか……」
「術者のレベルより半分以下の人間を強制バインド状態にさせる……。初見でかまされれば慌てるかもしれないが、事前にそれを知っていればバインドを防ぐ手立てなんていくらでもある。あと言っておくが聖戦士に即死攻撃を防ぐスキルなんて存在しない」
「な、なぜお前はそれを……」
俺はそれには答えずに、さらに続けた。
「実を言うと俺はさ、はなっから疑ってたよ。……なあ、人喰いに殺されたパーティの生き残りっていう設定だったみたいだけど、実際会った事あるか? そんな奴らに」
人喰いは無言でわずかに視線を逸らす。
俺はそれを否定と受け取った。
「襲われた時の話を聞き出すのも一苦労だったぜ? わけもわからず仲間を目の前で殺された恐怖と、それを見捨てて逃げ出した罪悪感がフラッシュバックすんだとよ。で、俺みたいな低レベルの怪しい奴にも泣いて頼むんだ。『人喰いを止めてくれ』ってな」
俺はこの日のためにできる限りの情報収集を行った。
その相手が廃人同然だったとしても、引き出せるだけ情報を聞き出した。
「それがソロプレイでひたすら自分を鍛えて人喰いに仇討ちする? かなり厳しいんじゃないのか? 一回逃げちまったやつってのはことのほか脆いもんだよ。仮にそんな超人がいたとしたら、今回の戦い、一人で人喰いを打ち倒すぐらいの相当な覚悟で望むはずだろうに、お前は行きずりの味方のスキルだとかレベルをしきりに気にしたりでやってることが支離滅裂なんだよ」
そう、最初から味方なんて当てにしないはずだ。俺のように。
「とにかく粗が目立つ。なあ、お前……何人目だ?」
それまで身じろぎ一つせず俺の話を聞いていた人喰いは、その言葉を聞いてビクッと体を反応させる。
「そのマンイーター……、奪ったんだろ? 前の人喰いを殺って」