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3話 常宮みことは助けられない

3話 常宮みことは助けられない


「ふたりのあそこにラブピース♡ どこにいても繋がってるよ? ラストにせーのっラブピース♡ もう一回! ラブピース♡」

 微妙に裏返った声。意味不明なMV。薄暗く狭いカラオケボックス。最低な歌。地下アイドルのオリジナルソングらしい。

 私、なんでこんなところにいるんだろう。常宮みことは、仏頂面で友人の歌の採点画面を凝視しているこの世のものとは思えぬほどブサイクな磯倉テスラの顔を眺めながら思った。82点。どうでもいい点数。どんなに脂ぎっていたらこんな薄暗い中でも頬がテカるのか、と思うと同時に、背筋にぞくぞく、と嫌な感覚を覚えた。

「常宮さんは歌わないの?」

 別にブサイクじゃないが、今の歌を聞いて磯倉よりも評価の下がったクラスメイト、烏恋エスがマイクを差し向けながらそう言った。そういえばコイツ、マイクに口付けてたな、と常宮は思って首を横に振った。

「じゃあ俺もう一回歌うけどいい?」

「磯倉君の歌が聞きたいな」

 常宮は、耐えかねてそう言った。もう一度あの歌を聞くのは嫌だ。磯倉は、ため息をついて、君が代を入れた。常宮は、もう一度思った。

 なんでこんなところにいるんだろうか。

「帰っていい?」

「え、帰っちゃうの? 磯倉歌ってる途中だよ」

「っていうかなんで私誘ったの?」

 密室に、冴えない男ふたりと、かわいらしい女子高生の私。状況的には、ちょっと危ない。もし私が悪魔の力を持っていなかったら……いや、悪魔の力を持っていたとしても、こいつらがそれを封じる術を持っていたら……ありえないことだけど、そんなことを考えさせられていること自体が不快だ。帰ろう。常宮はそう思った。

「委員長に頼まれたんだよ」

 君が代がサビ(?)に入る前に曲を一時停止して、磯倉はそう言った。声は、まぁよく通るし落ち着いていて少しかっこいい。顔さえ見なければ、と思っていたが、カラオケで最初に君が代を歌うカスなので、結局性格は顔に出るということなのだろう。

「え、そうなの? てっきり磯倉は常宮さんのことが好きなのかと」

 烏恋はそう言った。磯倉が否定の言葉を言う前に、烏恋が勝手に話を進める。

「いやぁ、でも彼女欲しいよなぁ。なぁ磯倉」

「欲しいと思って作れるもんでもないだろう」

「いやいや、その気になれば誰だってすぐ作れるよ。あ、お前はブサイクだから厳しいか」

 磯倉は表情を変えないまま、帰るタイミングを失った常宮に話を振る。

「じゃあ常宮、こいつと付き合うのと、高校生活ずっとひとりなの、どっちがいい?」

 こいつと付き合うくらいなら死んだほうがまし。そう思って言おうとした瞬間、先に烏恋が口を開いた。

「いや、いや。俺は常宮はいいよ。だってほら、俺もっと、ボインな子の方が好きだし」

 常宮は、自分の胸を見た。あまり意識したことはなかったが、まぁ言われてみれば、ボインという言葉とは真逆の状態だ。

「普通に最低だね。帰るわ」

 まぁでも、帰りやすいタイミングを作ってくれてありがたいと内心思いながら、常宮は、部屋を出た。

 と思ったら戻ってきた。一万円札をバン、と机に叩きつけて、また出ていった。

「あいつ金持ちなのか」

 烏恋は何も気にせずそう言った。

「らしいな」

「委員長とどっちが金持ちなのかな。っていうか、委員長いいよな。優しいし……ちょっとエロいし」

「そうか? 少なくともボインってほどではないと思うが」

「馬鹿だなお前、なんというかこう、片手にちょうど収まるのがいいサイズなんじゃねぇかよ」

「お前キモいな」

 本当にキモいな、と常宮は悪魔の耳で聞きながらそう思った。自分がいなくなって、男子二人がどんな話をするのか少し興味があったので盗み聞きしていたが、本当に何の意味もなかった。

 それで、聞くのをやめようとした瞬間だった。

「でも、本当に常宮は嫌われてるんだな」

 磯倉がそう言った。

「あ、そうなの?」

「委員長は、あいつのことを本気で心配してたようだ。遊びに誘っても毎度断られてるのにな。それで、クラスの女子たちに遊びに誘ってやってくれないかって頼んで回って、でも全員に断られて。で、仕方なく俺たち男子にってことだったらしい」

「うえ、知らんかった。普通にお前がロリコンなだけだと思ってたわ」

「ロリコンなのは合ってるな」

「は? キモ」

「何が悪い? 別に誰も傷つけちゃいない」

「いつも思ってるけど、お前のキモいところって顔だけじゃないよな」

 常宮はいたたまれない気持ちになってカラオケ屋を出た。空は青かった。通り過ぎる人たちの笑い声が妙に胸に刺さった。どれだけ強い力を持っていても、この悲しさと孤独を癒す魔法はない。悪魔の力は、人間の運命を翻弄するためのものであり、人を、自分を幸せにするためのものではない。

「みんな死ねばいいのに……って、え、委員長?」

「あ……」

 オフの時の芸能人みたいにサングラスをして、マスクをしている女性が、電柱の影からこちらを見ていた。

「バレちゃった。ごめんね、常宮さん。やっぱり、大丈夫じゃなかったよね。本当にごめん」

 河原内蓮。常宮のクラスの学級委員長で、才色兼備文武両道、まるで漫画の中から出てきたかのような完璧美少女。存在するだけで周りの女子の劣等感を刺激し、自己肯定感が一段階下がる、普通に嫌な奴。と、常宮は思っている。

「何の話?」

「私が頼んだの。磯倉君に。彼、意外と優しいから……」

「同じ中学校なんだっけ」

「うん。それに、三年間ずっと同じクラス。今年で四年目。聞いた? 彼、実はすごく歌がうまいんだよね。中学時代の合唱コンクールで私のクラスは三年連続で優勝したんだけど、磯倉君のおかげなんだよね。私も少し、歌い方を教えてもらったんだ」

「なに、委員長、あいつのこと好きなの?」

 蓮は、別に顔を赤くするでもなく、答えた。

「好きだよ。人としてね。磯倉君のことは本当に尊敬している」

 常宮はなんか噛み合わないなと思って頭を掻いた。河原内は上品に口に手を当てて笑った。意味が伝わってないわけではないらしい。

「私に磯倉君は見合わないよ。彼くらい賢くていい人には、もっと素敵な人がいるから」

 普通なら、皮肉か何かだろうと思うが、目の前の長身の美女が、本気でそう思っていることは確かだった。同時に、こんなのがいたら、この世が完全に平等になる日は来ないだろうな、と常宮は思った。

「おい、火事だぞ!」

 叫び声が上がる。つい先ほど常宮が出てきたカラオケのあるビルから、火が立ち上っていた。いつの間に。なぜ気づかなかった? 常宮は自問した。

「常宮さん。消防に連絡。私、間に合ううちに中の人に逃げるよう言ってくる!」

「え!? 委員長?」

 陸上部に所属する蓮は、美しいフォームで火に包まれたビルの中に飛び込んで、そのまま階段を駆け上がっていった。常宮はカバンからスマートフォンを取り出したが。消防の番号がわからなかった。110だっけ? っていうか、私が力で解決した方が早くない?

 そう思って、火を消し止める魔法を思い出そうとした。ええっとこれは火をつける魔法。これは火を広げる魔法。これは人を放火した犯人にでっちあげる魔法。これは……無実の人を魔女だといって火あぶりの刑にする魔法? どうやって使うんだよ! 必要なのは火を消して、みんなを助ける魔法。えええっとー。

 あるわけない。よね。だって悪魔って、人を不幸にする方法しか神から与えられていないんだから!

 っていうか私に火は効かないんだから、私が委員長の代わりにみんなに逃げろって言いに行けばよかったんじゃん!

 やっとこさそう気づいて、野次馬たちが「君危ないよ!」と制止するのを無視して常宮はより激しくなる火の中を走り抜けていった。


「ええ、感謝状。貴殿はー。なんだっけ? 君なにしたんだっけ?」

「友達を火事から救いました」

「すごい! これあげます!」

 常宮は新聞記事に乗った。市から感謝状ももらった。委員長は途中で一酸化中毒で倒れ、顔にやけどを負ってしまった。そのほくろひとつない美しい左の頬骨のあたりが焼けただれてしまったけれど、本人はあまり気にしていないようだった。実際、見ようによってはそのグロテスクなケロイドすら、その人物の高潔さを表しているように見える。

「みんな、無事でよかったよ。常宮さん、助けてくれてありがとう。本当にすごいと思う」

 事実、常宮を含めたクラスメイトたちが病院に見舞いに行ったとき、彼女はこういったのだった。


 蓮の見舞いの帰り道、馬鹿二人が今回の件を振り返っている。

「いやぁ死ぬかと思ったなぁ、磯倉」

「だな」

「でも委員長が顔に火傷しちゃったのは残念だな。校内美人ランキング作り直さないと」

「お前マジで終わってるな」

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