2話 常宮みことは変われない
2話 常宮みことは変われない
常宮が高校に入学する少し前、中学二年生のころの話。
常宮の小さな拳は血に濡れていた。彼女をいじめていた女子グループ五人のうち二人をぶん殴ったからだ。彼女のかわいらしいお顔は無傷。しかし彼女の頬は涙が伝っている。
「死ね! 死ねよあいつら!」
ベッドで、大好きなシャチのぬいぐるみを、包帯を巻いた右の拳で繰り返し殴っている。しばらくして落ち着いて、そのぬいぐるみを抱きしめる。
「ごめんね……」
そして。
「でもあいつら死ね!」
そう言ってもう一度ぬいぐるみを殴った。
それを見て、ほほ笑んでいる一匹の悪魔がいた。名はベルフェゴールの肝臓、通称イェークル。
大悪魔ベルフェゴールは千年ほど前、暇を持て余して自分の左腕を人間たちに貸し与えた。その結果ルネサンスが起こった。18世紀には脳みそを貸し与え、産業革命が起こった。司令塔を失ったベルフェゴールの肉体はそれぞれバラバラになり、独立した悪魔として活動をするようになった。
「あぁ、空しい。人間たちは、自分たちで面白いことを考えられるようになった。なら、何のために俺たちは生きているんだ? あぁ、この空しさは……人間と契約することでしか埋められない」
イェークルはそう言って、常宮の魂に語り掛けた。
「力が欲しいか?」
「欲しい!」
「死んだあと魂をもらうがいいか?」
「え、それは嫌かも。あ、でも生きてる間、あんたの魂をくれるならいいよ」
「じゃあそれで」
そうして、イェークルは常宮のペットになった。人間のペットになるのは初めてではなかった。人間はどうせ悪魔の力を使いこなせずに、おのずと数年で破滅する。今回もどうせそうだろうとたかをくくっていた。
「じゃ、イェークル。あなたの力で、私とあなたの魂を融合させて」
「は?」
「融合!」
「ええっと。我が主、常宮みこと様。怖くないんですか? 悪魔の魂と融合するということは、あなたの魂がなくなるということなんですよ。ただ体が死ぬというだけでなく、魂がもう二度と戻らなくなるということなんですよ」
「……魂なんてくそくらえ! 私の本当の願いは、私が私じゃなくなること。私が私である限り、みんなとは仲良くできないし、幸せにはなれない。多分、天国に行ったって私は幸せになれないんだ。だったら……悪魔になるしかない」
イェークルは、その寂しげで強い意志を秘めた小さな瞳に、人間の魂の強さと輝きを感じた。そして、イェークルの真っ青な魂と、常宮の真っ赤な魂が混ざり合い、紫色の……うん? 赤いまま? なんで?
「あれ? イェークル? イェークルどこ行ったの?」
そう。イェークルは、常宮の魂に呑まれて消えてしまった。そして同時に、常宮の脳に大量の情報が流れ込んできた。世界のこと。神のこと。悪魔のこと。この世の真実のすべてを瞬時に悟り、彼女は人間であると同時に悪魔と化した。
そして魂の序列も知った。神は人間より優れ、人間は悪魔より優れ、悪魔は天使より優れる。それゆえに……
「私って……最強の悪魔になったってこと?」
手始めに、常宮は自分をいじめていた5人の女子のうち、まだ殴れていない三人の家に行った。
「い、命だけは……みことちゃん。ほんと、私たちが悪かったから……や、やめて。ごめん。謝るから。ほしいもの全部あげるから……い、イケメンも紹介できる! 私のお兄ちゃんの友達にすごいかっこいい人がいて」
クソしょうもない命乞いを聞いて、常宮は少し冷静になった。拳の力を緩めて、その子の両親が三十五年のローンを組んで立てた家を破壊するくらいにとどめてあげた。
別の子は、ちょうど彼氏と、とある行為をしているタイミングだったので、痛覚を三千倍にする魔法をかけることでその彼氏と別れさせたうえ、トラウマを植え付けて満足した。
主犯格であった最後のひとりは普通に脳天ぶち抜いて殺したあと、関係者の、その子に関する記憶を魔法ですべて抹消した。
「復讐も終わったし暇だな。私まだ14歳だけど、この世のすべてを知っちゃったし、その気になれば多分世界も滅ぼせるけど……つまんないよ。友達……ほしいな」
でも、気まずくて今更中学校に行く気にもなれない。そこで、常宮は「そうだ」と素晴らしいアイデアを考えた。時間を一年ちょっと進めて、高校生になって、最高の高校デビューを飾れば、「新しい私」として生きていけるのではないか、と。
「お前めっちゃチビじゃん。常宮? 贅沢な名だねぇ。チビ宮。いや、チビ。よろしくなチビ」
復讐したときに、人を殺すのはこれで最後にしようと常宮は自らに誓っていたが、このクソヤロウ、愛締統太のせいで、入学初日に危うくそれを破りそうになった。そうしなかったのは、ちょうど磯倉テスラが常宮のそばにいて、愛締が「うわっぶっさ! お前……やっば。お前マジで、今まで見た中で一番ブサイクだわ。か、かわいそ~お前の人生もう終わってんじゃん。誰もお前を愛さないってやつじゃん。キモすぎて目が汚れるから、もう二度と学校に来ないでくれる? 存在してるだけで人を不幸にする、テロリストじゃん」と言って、ターゲットを切り替えたからだった。
さすがにそこまで言うほどかと思って常宮は磯倉の顔を見たが、確かに磯倉の顔は、この世のものとは思えないほど醜くて、ついつい笑ってしまったのだった。そのあともう一度見て、あまりの醜さに笑いが消えた。
しかし磯倉は顎をあげ、その醜いまぶたの隙間から覗く小さな目で二人をそれぞれ一瞥した後、鼻で笑って読書に戻ったのであった。
それを見て、常宮はなぜかはわからなかったが、なんとなく、自分は高校生活をうまくやれそうだと思ったのだった。
ちなみにそれは単なる思い込みだった。




