1話 常宮みことは馴染めない
1話 常宮みことは友達がいない
「お前ってアイドルとか好きそうだよなー。えいっえいっとかって言って」
いじめっ子の愛締統太が、ふとっちょブサイクの磯倉テスラにダル絡みしている。
「そこの凡夫。今アイドルを馬鹿にしたか?」
隣の席の安智英二が会話に割り込む。
「彼女らは美を追求している。美を追求する者はすべて敬意に値する。そうだろう? たとえそれが、私のような完璧な美には程遠い、空しい努力だとしても……彼女らの健気な活動が、私の美しさをより際立たせるッ!」
愛締も磯倉も、英二のナルシスト的奇行には一瞬頭がフリーズする。
「こいつキモいな」
磯倉がそう言った。気を取り直した愛締が言い添える。
「磯倉の顔と同じくらいキモい」
常宮みことはそんないつもと変わらない男子たちの会話を聞いてため息をついた。高校生にもなって、幼稚。レベルが低すぎる。
「常宮さん。先生が、プリント提出してほしいって言っていたよ」
学級委員長の河原内蓮が、頬杖をついている常宮の机にやってきて、笑顔でそう言った。同性を愛する趣味はない常宮でも、優しさと美しさの値が上限に設定された笑顔を見ると、一瞬だけ見惚れてしまう。
「あ、うん。出しとく」
そう言って、常宮はぐちゃぐちゃのスクールバックから、目当てのプリントを取り出そうとするが、見つからない。そんな様子をみて、愛締がこちらに寄ってくる。
「常宮お前の鞄汚すぎだろ。まぁでも、お前の性格よりマシか?」
「うるさい」
腹が立って、常宮は無理やり奥の方にあるプリントをばっと引き出した結果、ビリビリ、とそれが破れてしまう。
「うわ、終わったー! お前以外全員ちゃんと期限までに出してたのに! ってか全然やってねぇじゃん。いや、やってんのか? 一生懸命やったけど、頭悪すぎて空欄だらけになっちゃった♡(常宮のアニメっぽい声の真似) 死んだほうがいいんじゃない?」
「常宮さん。代わりのプリント、先生に持ってきてもらうね」
河原内はそう言って、職員室の方へ早足で去って行った。常宮は、拳を握り締めて、愛締を殴りたい衝動に駆られたが、そのころには愛締は教室の外にいた。逃げ足が速い。
「お前マジで世界一頭悪いな! 常宮! お前が死ねばこの国の平均IQが20は上がるだろうな!」
「死ね!」
常宮は立ち上がってそう叫び、愛締の方に人差し指を向けた。その指から、致死の光線が発射され、空間を穿ち、愛締の頬の表面をなぞった。ぴっ、と赤い血潮が飛び散る瞬間には、背後の窓ガラスが粉々に砕け散り、その衝撃で建物が一瞬だけズン、と揺れた。
「ひっ」
愛締はそのまま腰を折って座り込んだ後、自分の頬に触れ、その手についた赤い血を見て、慌てて四足歩行でかわいらしい草食動物のように飛び跳ねながら「暴力反対!」と叫び逃げていった。
遅れて、クラスメイトの悲鳴があがる。全員が教室から逃げ出し、常宮だけがぽつんとその場に取り残された。いや、他にもひとり残っている。
「神よお許しください。お許しください神よ」
ぶるぶると震えて、教室の隅で両手を固く結んでいる女生徒。歌貝祈瑠だ。
「神よお許しください。お許しください神よ」
ヒステリックな声に、常宮の神経は苛立った。
「あのねぇ、うるさいよ」
「ひ、ひぃ。ご、ごめんなさい」
「言っとくけど、神はそんなにありがたい存在じゃないし、祈るだけ無駄! あいつはいっつも、私たちを上から見下ろして笑うだけ!」
「い、いや、そんなはずは……お母さんは、神様を信じたら人生は絶対に幸せになるし、神様を疑ったら、悪いことが次々と……あ、私が昨日の夜どうしても眠れなくて、その瞬間に一瞬疑ってしまったからこんなことに。あぁ、神よ、お許しください……」
「常宮さん、プリントもらって来たよ。愛締君がひどいこと言っていたのも伝えておいたから……って、あれ、みんなは?」
我らの愛しい学級委員長が戻ってきたが、彼女は状況がわかっていないようだった。
「別に、委員長には関係ないよ。プリントちょうだい」
常宮は委員長からプリントを乱暴に奪い取って、席でその問題を解き始めた。別に難しくない問題。簡単だから、後回しにしてただけ。
「常宮さん。もし何か困ったことがあったら、私でよかったらなんでも聞くから」
「はいはい。委員長は本当に完璧人間だね。私みたいな出来損ないとは正反対。見てるだけでも劣等感刺激されて超うざいからとっととうせて」
「……わかった。でも、みんな常宮さんともっと仲良くなりたいって思ってるから……」
常宮が何かを言い返そうと顔をあげた時には、もう委員長は教室の外にいた。嘘ではなく、一瞬だけ心配そうな視線を送ってきて、常宮の心は少しだけ痛んだ。
「お許しください神よ。神よお許しください」
「あんたはいつまでやってんの! うるさいから黙れ!」
「疑いが消えないんです! あぁぁあ!! 疑いが消えないと、私は不幸になる! あぁ! お許しください神よ!」
「うるさい黙れええええ!!」
教室の外で委員長とすれ違った後、磯倉テスラはひとりごとを言った。
「人は誰しも自己中心的だ。中には、それを理解し自覚し、他者に寄り添おうとする者もいる。皆がそうなら、世界はとうの昔に平和になっていたことだろう。そう。自らの内面から目を背け、自分の利益や信じるもののために目の前の者を害する。それが人間であり、それゆえに悪魔は笑う」
常宮が契約したのとは異なるもっと下級の悪魔がテスラに語り掛けた。
「ならどうする? 善人としてこの世を嘆くのか?」
「この世に生まれたのなら、天使のように嘆くよりも、悪魔のように笑う方がずっといい、そうだろう、愚かな悪魔よ」
悪魔は笑いながら消えていった。
常宮は、今日も友達ができなかった。
夜中、常宮は委員長の善意を無下にしたことを後悔して泣いて、明日の朝謝ろうと思ったが、目を覚ました時には忘れていた。




