『その縄、魔法につき。〜十九歳の縛術師は、殺さずの技術で乱世を縛り上げる〜』第6話 闇に結ばれた忠誠
王城に忍び寄るのは、外敵だけではない。
信念、恐れ、そして忠誠――
それらが絡み合うとき、刃よりも深い闇が生まれる。
第6話は、リオネルが「力」ではなく「在り方」を問われる一夜です。
王城の夜は、静かすぎた。
灯りを落とした回廊を、ひやりとした風が抜けていく。
石壁に反響する足音――
その中に、ほんのわずかな異物が混じった。
金属が、擦れる音。
リオネルは、ゆっくりと目を開いた。
「……来ましたか」
腰元の縄に、そっと指を添える。
息を整え、短く命じた。
「飛べ」
低い呪文とともに、闇が一瞬だけ揺れた。
次の瞬間、廊下の奥で人影がもつれ、鈍い音を立てて床に倒れ込む。
「な……っ」
即座に灯りがともされ、倒れた男の姿が浮かび上がった。
――騎士副団長。
「……副団長」
名を呼ばれても、男は抵抗しなかった。
後ろ手に縛られたまま、静かに目を閉じる。
「やはり……お前か」
リオネルの声に、怒りはなかった。
あるのは、諦観と、深い疲労だけだった。
「なぜ、こんなことを」
問いに、副団長は小さく笑った。
「王は変わった。
……いや、変わろうとしている」
天井を見つめたまま、言葉を続ける。
「お前のような異端を迎え入れ、
剣よりも“縛る力”を選ぼうとしている」
副団長の瞳に、微かな怯えが宿った。
「私は、それが怖かった」
「この国は、血で守られてきた。
それを否定すれば、必ず揺り戻しが来る」
リオネルは、ゆっくりと首を振った。
「だからといって、暗殺ですか」
「殺すつもりはなかった」
副団長は、即答した。
「だが……止める覚悟はあった」
沈黙が落ちる。
縄は強くも弱くもならず、ただ“逃がさない”力で彼を縛っていた。
「命を奪わずに、国は守れない。
私は、そう信じていた」
「……だから、あなたは負けたのかもしれません」
その言葉に、副団長は目を閉じたまま、何も答えなかった。
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夜明け。
副団長は後ろ手に拘束され、団長の前に立たされていた。
「副団長。
なぜこの事件を起こしたのか。
昨夜、リオネル様に話したことは本当ですか」
問いかけに、副団長は沈黙を守る。
しばらく、団長は辛抱強く語りかけ続けた。
過去の戦、共に守った城壁、失われた仲間たちの名――。
やがて、副団長は深く息を吐いた。
「……正直に言おう」
重い声だった。
「王の親戚、アルヴェルト公の依頼だ」
団長の顔色が変わる。
「人数を集め、城を攻撃する計画がある。
黒怪盗団も……アルヴェルト公が裏で仕掛けている」
沈黙が、さらに重くなった。
その報告は、ただちに王とリオネルのもとへ届けられた。
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国王は、短く、しかし明確に決断を下した。
「副団長は、その任を解く」
玉座の間に、ざわめきが走る。
「そして――
リオネルを、騎士団団長代理に任ずる」
空気が張りつめる中、王は続けた。
「二人で、この計画を止めよ」
それは正式な任命ではない。
だが、拒むことも許されない命だった。
王は、まっすぐにリオネルを見つめた。
「試してもらう。
この国が、“殺さずに守れるかどうか”を」
リオネルは、深く一礼した。
「務めを果たします」
その言葉に、拍手はなかった。
あるのは、測るような視線だけだった。
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城の回廊を歩きながら、リオネルは団長と並んで進む。
「団長。
アルヴェルト公の領地に、冠者を出して調べられませんか」
「適任者がいます。
すぐに発たせましょう」
「作戦は、その報告を待って決めましょう」
剣ではなく、意志で立ち向かう戦い。
二人は、静かにその第一歩を踏み出した。
ここで描きたかったのは、
「悪意ある裏切り」ではなく、
正義だと信じた末の選択です。
副団長は弱くなかった。
むしろ強く、真面目で、国を想っていた。
だからこそ、彼は剣を捨てられなかったのです。
そして王は、リオネルに問いを投げかけました。
――殺さずに、国は守れるのか。
次話からは、陰謀の輪郭が少しずつ現れ、
物語は「城の内」から「国そのもの」へと広がっていきます。




