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満腹令嬢はそれでも食べるのをやめません!  作者: 真岡鮫


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第七話

 特製ドリンクと決別した日から、公爵家には少しずつだが変化が訪れていた。

 カミロは相変わらず仕事中心だが、食事がポタージュになったことでその間だけは休息をとるようになった。


「カミロ様、お持ちいたしました」

「ありがとう」


 彼はカップを口元に持っていき、フーッと息を吹きかける。

 意外にも猫舌のカミロは難しい顔をしながら何回かそれを繰り返し、ゆっくりとポタージュを口に含んだ。


「あぁ、美味しいな」

 

 思わず出たその一言にジョルジュが目を細めたが、そのことを気にする素振りもなく彼はまたゆっくりとカップを傾ける。

 優しい温かさが食道を通り抜け胃の中にそっと落ちていく感覚に、カミロはまた小さく息を吐きながら、ふと窓の外に目をやった。


「我が妻は今日も元気だな」


 思わず笑みが溢れた彼の目には、今日もいつものように使用人達と談笑するベリーナの姿があった。


「どうやら庭の苺が収穫できるようで、ジャムにすると嬉しそうにお話されていましたよ」

「ジャムか……」

「旦那様も小さい頃お好きでしたよね。ジャムの入った焼き菓子」

「あぁ、『ミエル』のだな」


 『ミエル』とは、公爵領にあるこの国で一番美味しいと評判の菓子店。

 もちろん領民にも大人気だが厳選された材料を使用しているため、庶民は当然ながら下位の貴族でも手を出しにくい高級品だ。


「そういえば、ベリーナ嬢は『ミエル』には行ったのか」

「いえ、街へは何度も買い物に行かれていますが、まだお寄りになったことはございません」

「遠慮しているのだろうか」

「恐らくそうではないかと。奥ゆかしい方でございますが、殊に食べることに関しては遠慮ございませんので」

「そうだな……」


 今までのベリーナの振る舞いを思い出し、カミロの口に思わず笑みが溢れた。


「もし気になるようでしたら、『幸せ会議』の際にお聞きになってはいかがですか?」

「そうか、ちょうど明日だったな」


 必要な時以外はあまり人と話すことがなかったカミロだが、この会議を通して彼女とは他愛のないことも話すようになっていた。

 とはいえ、彼は変わらずポタージュだけを飲んでいたため、それを飲み終わった後は前菜からデザートまできっちりと堪能するベリーナを見つめながら、彼女が話すことに相槌に打つことがほとんどだった。

 それでも時折、聡明な彼女とは討論めいた話題になることもあり、カミロにとってその時間は意外にも心地よいものとなっていた。



 次の日の夜、公爵家のテーブルには二人分のカトラリーが並べられ、使用人達が晴れ晴れとした表情で主人達の到着を待っていた。

 しばらくして先に入ってきたのは、ベリーナ。

 水色の華やかなドレスに身を包み、いつもよりもしっかりとした装いの彼女は静かに席に着く。

 程なくして濃紺のジャケットを纏ったカミロも到着し、堂々とした振る舞いで自分の席に座った。


「カミロ様、一日お疲れ様でした。今日は外出ばかりで大変でしたね」

「あぁ、先週君から聞いていたことを視察しておきたかったからな」

「もう行ってくださったんですか」

「当たり前だ。ああいうことはほっとくべきではない」


 先週の食事の際、ベリーナがカミロに伝えたのは市井での領民達の様子だ。

 彼女は町に出掛けるたび、多くの領民達と交流を深めていた。

 商店の店主や市場の人間、広場で遊ぶ子供達や噂話に花を咲かせるご婦人方。

 最初は彼らも公爵夫人であるベリーナにひどく緊張していたが、彼女の人柄のおかげかすぐに打ち解け様々なことをベリーナに話してくれるようになった。

 そんな彼女から伝えられる領民の赤裸々な意見は、カミロにとってこの上なく貴重な情報となっていた。


「ありがとうございます。これで少しでもあの子供達のお食事が改善されると嬉しいわ」

「君は本当に食事のことになると熱心だな」

「あら、それを承知で夫婦になったんじゃありませんか」

「それもそうだな」


 お互いを見つめ微笑み合うその姿は、本当に愛し合い結ばれた夫婦のようだ。


「そうだ……貴女に一つ聞いてみたいことがあったんだ」

「なんでしょうか?」

「まだ『ミエル』に行ったことがないと聞いたんだが、まさか興味ないわけではないだろう?」

「ええ、もちろん。『ミエル』のお菓子は全国民の憧れの的ですもの」

「ならば、なぜ行かないんだ? もしや公爵家の財政を心配してるのか。もしそうなら我が家を舐めてもらっては困るな」


 カミロが冗談ぽくそう言うと、ベリーナは嬉しそうに笑いながら首を振った。


「滅相もございません。私の食欲程度ではこの公爵家が全く揺るがないことは、私自身が一番理解しておりますもの。ですが、『ミエル』は私にとって特別なんです」

「特別?」

「はい、ある人との思い出の品と言った方がいいかもしれません。ですから、次に食べるのはその人と一緒にって決めているんです」

「そうか……」


 なぜか、その言葉はカミロの胸に鈍い痛みを引き起こし、彼は思わず胸を押さえた。


「そうだ。『ミエル』と言えば、カミロ様にご相談がありまして」

「なんだ?」

「私からこのようなご提案をしていいものかと悩んだのですが、どうしてもお考えいただきたくて」

「遠慮しないでいい。今更貴女には何を言われたとて驚くことはないさ」

「まぁ……ではお言葉に甘えて」


 ベリーナは静かに息を吸ってから顔を上げると、真剣な表情でまっすぐカミロを見つめた。


「私達で公爵家伝統の感謝祭を復活いたしませんか?」


 少し驚いたジョルジュとは対照的に、カミロは表情一つ変えずただベリーナをじっと見つめていた。


「我が領の感謝祭を知っていたのか?」

「ええ、子供の頃に母に連れられてきたことがあります。ファラン領の感謝祭といえば、我が国では有名なお祭りでしたから」

「そうか……」


 感謝祭は、ベリーナの言う通りこの国でも有名な催しの一つだった。

 公爵領内で採れた食材を使った伝統的な料理やお菓子が広場に集められ、その日は身分問わず全ての人々が大地の恵みに感謝しながら家族や恋人、友人達と一緒に楽しむ。

 特に有名店『ミエル』の焼き菓子は、この感謝祭の日だけは手頃な値段で買えるとあって、買い求める人々で行列ができるほど賑わっていた。

 だが、それほど人々から愛されていた祭りであるにも関わらず、カミロが領主を継いでからはまだ一度も開催されていなかった。


「この前、町である方に言われたんです。奥様も嫁いでいらしたし、また感謝祭ができるようになったら嬉しいって」


 カミロは返事をせず、黙ったままベリーナを見つめた。


「でも、軽々しく『はい』なんて言えず、曖昧に笑うしかなくて……」

「もしかして両親のことを知っているのか?」

「はい、母から少し聞いたくらいですが」

「そうか……」


 カミロはそう言ったまま、俯き大きく息を吐いた。


「父と母が突然の事故でこの世を去ったのは、感謝祭の一週間後だった……後片付けやら何やらで、その日は二人とも朝から家にはいなかった。昼過ぎから降り出した雨は激しくなる一方で、私は家から出ず部屋で学校の課題に取り組んでいた」


 当時を思い出すようにゆっくりと言葉を紡ぐカミロのそばに、ベリーナは静かに腰を下ろした。


「だが、日が暮れて辺りが真っ暗になっても両親は戻ってこなかった。私の様子を見るよう父に言われ先に屋敷に戻ってきたジョルジュからは、もうすぐ帰ると伝えられたが、何か悪い予感があったのかもしれない」


 窓からふと外を眺めたカミロの視界に、ずぶ濡れになりながら走り込んでくる男が飛び込んできた。

 見覚えのある使用人、その男のあまりにも必死な姿に、カミロは部屋を飛び出し玄関に向け走り出していた。

 階段を駆け下るとそこには先ほどの男が息を切らしジョルジュにしがみついている。

 そして、その使用人の口から発せられたのは、到底信じることのできない事実だった。


「父と母が死んだ……?」


 それはあまりに不幸な事故だった。

 両親の乗っていた馬車は運悪くぬかるみにはまり動けなくなってしまい、急遽辻馬車を拾い帰宅することになった。

 同行していた付き人が辻馬車を探している間、暗がりの中で待っていた両親に、視界が悪く前が見えなくなっていた馬車が突っ込んだのだ。

 

「申し訳ございません!」


 泣きながら床にひれ伏す彼を眺めながらも、カミロは信じることができずただ呆然としていた。



「……そこからは、とにかく必死だった。日頃から父は私に領主としての心得を教えてくれていたが、それでも私の知ることはあまりに少な過ぎた」


 カミロは視線を静かに上に向けると、呆れたように小さく笑った。


「父が遺してくれた書類や書物から学び、我が家と懇意にしていた方々にも教えを乞い、ジョルジュの助けも借りながら、なんとか公爵領を守ってきた。正直、私の力では感謝祭をやるまでの余裕なんてなかった」

「それは仕方ありません、突然のことですもの」

「それでも領民達には苦労をかけただろう」


 カミロが力無くそう笑うと、ベリーナは少し怒ったような表情で彼を見つめた。


「カミロ様、領民の皆さんは誰も苦労しただなんて思っていません。その証拠に、私が町でみなさんになんて言われているかご存知ですか?」

「いや……」

「ずっと一人でご苦労されてきたカミロ様を支えてほしい。あの方は領民のことばかりでご自分のことは後回しにされるから。と」

「まさか……」


 驚きのあまり、言葉をなくすカミロ。


「カミロ様の熱意はちゃんと皆さんに伝わってます。だから安心してください」


 不意に溢れ出しそうになる涙を抑えるように、カミロは口を手で覆い天を仰いだ。

 その様子を隣で見つめていたベリーナは、そっと彼の背中に優しく手を添えた。


「私には貴方をお支えできるほどの力は到底ありません。ですが、お互いの幸せのためにそばにいるとお約束したのですから、その為に遠慮はしないって決めたんです」

「ベリーナ嬢……」

「感謝祭は、普段お忙しいカミロ様にとって皆さんと交流できるいい機会ですもの。それに、美味しい物もたくさん食べられるのですから、こんな素敵なお祭りをやらないという選択肢はございませんわ」


 最高の笑顔でそう言い切ったベリーナ。


「わかった、貴女にそこまで言われたらやるしかないだろう」

「ありがとうございます。今からどんな物が食べられるのかすごく楽しみですわ! あっ、そういえば皆さんから少し心配されてしまったことがあって」

「なんだ?」

「この前、お菓子を買った時なんですけど『あまりに食べ過ぎて、真面目なカミロ様が驚いていませんか?』って。別に今さらびっくりなさいませんよね?」

「なんだ、それは……」


 その瞬間、堪えられずカミロは大声を上げ笑った。

 隣に控えていたジョルジュも思わず笑い出し、二人の笑い声が部屋中に響いた。


「ちょっとだけ多めにお菓子を買っただけですよ? まぁ、その前にも少しだけ屋台で食べたりしましたけど」

「少しではございませんでしたが……」

「ちょっとカレン。そっ、そんなことないわよ」


 二人のやりとりにカミロはさらに笑い声を上げ、その目には先ほどとは違う涙が浮かんだ。


「そうだとしても、そんなこと言われるなんて思いませんよね? カミロ様」

「いや、うちの領民達は皆しっかりしてるじゃないか。よほど驚く量だったんだろうな」

「もうカミロ様までそんなこと。でも、本当に皆さんこの公爵領のことを大切に思っていらっしゃるのが伝わってきますわ」


 ふと目が合い微笑み合ったカミロとベリーナは、どちらからともなく互いの手を重ねた。


「感謝祭、絶対成功させましょうね」

「……あぁ、そうだな」



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