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満腹令嬢はそれでも食べるのをやめません!  作者: 真岡鮫


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第一話

「それで、貴方とご一緒したらどんな美味しい料理が食べられるのでしょう?」


 伯爵令嬢ベリーナ・モリスの問いかけに、男性は明らかに動揺した。


「おっ、美味しいものですか?」

「ええ」


 彼の戸惑いをよそに、ベリーナは微笑みながら彼を見上げている。


「でしたら、『ラ・テーゼ』はいかがですか? 今一番話題のお店ですよ」

「何がおすすめですの?」

「話題の店なので、何でも美味しいかと……」


 男性が笑顔でそう答えた途端、ベリーナは一瞬で顔を曇らせた。


「話題で味が変わるのですか?」

「えっ?」


 想定外の返答にその男性は言葉なく固まった。


「話題のお味ではなく、私は貴方が美味しいと思うものが知りたかったのに……。申し訳ございませんが、お誘いはなかったことにしてくださいませ」

「えっ、あっ、ちょっと!」


 深々と頭を下げたベリーナは彼に背を向け数歩進むと、大きくため息を吐いた。


「はぁ〜もうせっかく美味しい料理に出会えると思ったのに」


 ガックリと肩を落とした彼女は、未練などないとばかりに足早に広間を後にした。


「だから舞踏会なんて嫌だったの。でもお母様ってば、行かないって言ったらあんなに怒るんだもの」


 ベリーナは激怒した母を思い出し、小さく身を震わせた。


「でも出席はしたんだし、もういいわよね。ここからは私だって楽しませてもらうわ」


 自分に言い聞かせるように歩き出した彼女は、広間から少し離れた小さな部屋の前で足を止めた。


「ここだわ。これがなかったら、いくらお母様が怒ったって絶対来なかったもの」


 さっきまで険しかったベリーナの表情が瞬く間に満面の笑みへと変わり、跳ねるような足取りで部屋の中へと進む。


「まぁ……!」


 その輝くような笑顔を引き出したのは、見目麗しい男性……ではなく、テーブルにぎっしりと並べられた料理の数々。


「どれも素晴らしいわ。これ全部食べてもいいってことよね」


 立食できるよう軽食ではあるものの見た目も華やかなたくさんの料理に、ベリーナは頬を緩めた。


「さすがは王家主催の舞踏会。見た目から完璧ね」


 並べられた料理をぐるりと見回し彼女が満足そうに微笑むと、その様子を見ていた給仕がすかさずベリーナの元に歩み寄った。


「お好みの物がございましたらお取り分けいたしますので、遠慮なくお申し付けくださいませ」

「いえ、大丈夫よ。自分でやるから」

「ご自分でですか!」


 貴族令嬢であるはずのベリーナの突飛な行動に、給仕の声が裏返る。


「あっ……申し訳ございません」

「いいのよ、気にしないで。いきなりこんなこと言われたら驚くのも仕方ないわ」


 深く頭を下げる給仕にベリーナは穏やかに微笑みかけた。


「実は私、食べることが大好きなの。今日は国王陛下専属シェフのローレン様のお料理がいただけると聞いて、とても楽しみにしてきたのよ」


 彼女の笑みにつられ、給仕の顔にも自然と笑顔が戻る。


「それでしたら、こちらのキッシュなどいかがでしょう。ローレン様が最も得意とされる料理の一つでございます。特に今日は具材にもこだわった特別仕様となっております」

「まぁ、それは絶対いただかないとね。お皿に取ってもいいかしら?」

「もちろんでございます。一番美味しそうなところをお選びくださいませ」

「ありがとう」


 給仕から白い皿を受け取ると、ベリーナは真剣な顔でキッシュを眺め一番具の多い一切れを皿に乗せた。


「こちらのサンドイッチは何が挟んであるのかしら?」

「そちらは鴨肉でございます。ソースはもちろんローレン様が考案された特製のものでございます」

「なら、これも外せないわね」


 そんな調子でありえない量の料理が皿を埋め尽くし、付き合っていた給仕の顔にも若干の戸惑いが見え始めた。


「あら、甘いものがまだだったわ。でももうお皿には乗らなそうね。また後で来てもいい?」

「はっ、はい。もちろんでございます……」

「あっ、それとどこか静かにお食事ができる場所はないかしら? せっかくだもの、このお料理を存分に楽しみたいの」

「でしたら、庭園が見えるテラスなどいかがでしょうか。本日はご参加の皆様のために開放しておりますので」

「まぁ、それは最高ね。ありがとう、貴方のおかげで素敵なお食事になりそうだわ」

「とんでもございません」


 笑顔を引き攣らせていた彼もそこはやはりプロの給仕。最後は綺麗なお辞儀と完璧な笑みでベリーナを送り出した。


 鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌な様子でテラスへやってきたベリーナは、料理をテーブルに置くと一息つき庭を見渡した。

 夜空には上弦の月が浮かび、その穏やかな光の中に庭の白い花がぼんやりと浮かぶ。


「明るい太陽の下で溢れんばかりに咲き誇る花も綺麗だけれど、こうして静かに愛でるのもまた雰囲気が違って素敵ね」


 最高のロケーションを前に、ベリーナは改めて持ってきた料理を眺め一度大きく頷いた。


「さぁ、これで誰の目も気にせず料理を堪能できるわ」


 姿勢を正しベリーナがスッと手を合わせる。


「今日も残さず食べさせていただきます。すべての恵みに感謝を!」


 言い終えるや、彼女は待ってましたとばかりにキッシュに手をつけた。


「んー、美味しい!」


 今日一番の笑顔を見せながら、ベリーナは次々と料理を口に運んでいく。


「本当にこのキッシュは最高ね。まろやかさの中に野菜の甘みが生きていて、このサクッとした生地もいいわ」


 続けてキッシュをもう一口。


「待って、このピリッとするのは……異国のスパイスね。これもいいアクセントになってるわ」


 次に彼女が手にしたのは特製ソースのサンドイッチ。


「この甘酸っぱい味が鴨肉にぴったり。隠し味は葡萄酒……いえ、潰した果肉をそのまま使っているのね。生の果実をこんな美味しいソースに仕上げられるなんて、まさに天才だわ!」


 溢れ出るシェフへの賛辞と共に彼女の口の中に次々と料理が消えていく様は、見ているこちらも気持ちよくなるほど清々しい。


「あ〜幸せ。もうお腹いっぱい。さぁ、次のお料理をいただきに参りましょう」


 高らかにそう宣言したベリーナが勢いよく立ち上がったその瞬間だった。


「いや、ちょっと待ってくれ! 貴女は何を言っているんだ?」

「キャァー!」


 突然聞こえた男の声に、ベリーナは腰を抜かしその場にへたり込んでしまった。


「さすがにそこまで驚くなんて大袈裟ではないのか」


 テラスから続く暗がりの中から聞こえるその声は、一気に不満げな声色へと変わる。

 だが、その声の主は一向に姿を見せない。


「あっ……あっ」


 正体のわからない恐怖に、ベリーナは声のする方を見つめたまま体を震わせた。


「聞こえていないのか。返事くらいしてくれないか」

「きっ、きっ、聞こえております!」


 勇気を振り絞りベリーナは叫んだ。


(まっ、まさか幽霊?)


 王城に幽霊が出るなど噂にも聞いたことはない。

 だが、今日はやけに月が綺麗な上に、辺りは人の気配もなく物静か。

 先ほどから吹き始めた冷たい風がベリーナの体温を奪い始めていたのも事実だ。


「いっ、いっ、一体私に何のご用でしょうか」


 暗闇を凝視しながら、か細い声でベリーナは立ち向かう。


「できれば先ほどの質問に答えてほしいんだが……どうした? 体調でも悪くなったか」

「すっ、姿が見えない方とお話するなんて初めてですもの! 体の力が抜けてしまって」


 暗闇の声の主に震えながらも、懸命に声を上げたベリーナは言い終えると弱々しく息を吐いた。


「見えない……あっ、いや申し訳なかった。月明かりがこちらまで届いていなかったか」


 暗闇の声の主はやっと自分の状況を理解できたのか、コツコツとゆったりとした足音を立てベリーナへと近付く。


(足音が聞こえる! なら幽霊ではないのね)


 相手が人間だと確信した彼女は素早く立ち上がり急いでドレスの裾を整えると、姿勢を正し完璧な令嬢として彼を出迎える。

 暗がりから月明かりの元へと暗闇の声の主が徐々にその姿を現す。

 闇夜でも艶やかに光る黒いエナメルの靴はベリーナのそれよりも遥かに大きく、彼の体格の良さが伺える。

 徐々に見えてくるスラリと伸びた足。仕立ての良い燕尾服が彼の鍛えた体をより一層魅力的に見せていた。

 そして、ついにベリーナの前に姿を現した声の主。


「貴方は……」


 社交界の話題に疎いベリーナですら、その男性の顔には見覚えがあった。


「名乗りもせずいきなり声をかけるなど、存外無作法だったな。私はファラン公爵家のカミロ・ファランだ」


 彼の自信に溢れた振る舞いに見惚れていたベリーナだが、ハッと気付き綺麗なカーテシーを披露する。


「とんでもございません。私の方こそ先ほどのご無礼をお許しください。モリス伯爵家ベリーナ・モリスと申します」

「あぁ、貴女がモリス家の……こうして話をするのは初めてか」

「お声をかけていただき光栄でございます」


 ベリーナが畏って頭を下げると、なぜかカミロはクスクスと笑い出した。


「いや、すまない。まさか幽霊に間違われるとは」

「情けない姿をお見せしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」


 照れながら深々と頭を下げるベリーナにカミロは軽く頭を振った。


「気にしないでくれ。いきなり暗がりから声がすれば驚くのも当然だ。しかもこんなナリではな」


 自嘲気味に笑うカミロは無造作に伸ばした髪をわざと乱暴に掻き上げた。


「髪型くらいはちゃんとしてきた方がよかったか……」


 軽くオールバックにしただけで先ほどよりも色っぽく見えるのは、明らかに彼の容姿の良さのおかげだろう。


「いえ、滅相もございません。ところでファラン公爵様、私に何かご用があったのでは……」

「あぁ、そうだった。ベリーナ嬢、よければ私の質問に対する答えをくれないか?」

「質問、ですか?」

「あぁ、君はさっき随分とおかしなことを言ってただろう。なぜそんなことを言うのか、私には一切理解ができなかった」

「そんなおかしなことを言ってたでしょうか」

「自覚なしか、それは余計に心配だ」


 一方的な物言いにベリーナは僅かに顔を引き攣らせた。


「恐れながらファラン公爵様、全く自覚がございませんのでお教えいただけないでしょうか?」

「ほぅ……」


 臆することなくしっかりと自分の意見を述べるベリーナの凛とした姿に、カミロは目を見張った。


「確かに貴女の言う通りだ。なら、はっきり言おう」


 ベリーナは彼に気付かれないよう静かに息を飲む。


「先ほど貴女の言った言葉の真意を教えてほしい」

「先ほど言った言葉……ですか?」


 首を傾げるベリーナにカミロは少し苛立ちを見せる。


「言っただろう。『お腹いっぱいだ。では次の料理を取りにいきましょう』と」


 独り言を聞かれた恥ずかしさでベリーナの顔は一気に真っ赤になっていく。


「盗み聞きをしたようですまない」

「いえ、私こそ誰もいないと思っていたとはいえ、安易に本音を漏らすなんて淑女として浅はかでした」


 頭を下げるベリーナにカミロは小さくため息をつく。


「正直こうした場はどうにも苦手で……少し休もうと適当に入った先に貴女がいたんだ。決して後を追ってきたわけではないんだ」

「もちろん承知しております。私のようなものにそういった感情を抱く殿方はいらっしゃいませんもの」


そう自分を卑下しながら綺麗に微笑むベリーナ。


(彼女の華やかな容姿ならばむしろ引くて数多だと思うのだが、その自覚なしか)


「……公爵様?」

「あぁ、すまない。とにかく先程の貴女の言葉の真意が知りたい。偶然耳にしてしまったが、あまりに興味深くて」

「そんなにおかしなことを言っていたでしょうか?」

「あぁ。元来、食事とは生きるために必要な栄養を摂取するためのもの。まず満腹になるまで食べる意味はない」

「意味はない……?」

「しかも、すでに空腹が満たされているというのにさらに食べる? 無駄だろう」

「無駄……」


 その言葉にベリーナの中で何かが切れた。


「お言葉ですが、公爵様は食事が何たるかも分からずそんなご冗談を?」

「いや、冗談ではなく……」

「ご冗談ではない? ならば余計にお伝えしなければいけませんね」


 先ほどまでの完璧な淑女の振る舞いは鳴りをひそめ、ベリーナは好戦的な視線でカミロを捉えまっすぐに見据え微笑んだ。


「たとえ公爵様といえど、食事を軽んじるお方をこのままお帰し致しませんことよ」



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