夕方の露店
太陽が斜めに傾き始め、露店通りに長い影が伸びる頃だった。
今日もだいぶ売れた商品を整えながら、私はほっと息をついた。
(……こんなに売れるなんて、思わなかったな)
干し果物の箱はもう底が見えているし、干し肉も半分以上無くなっている。
香草袋も、午前は全然出なかったのに、午後に入ると立て続けに
そこへーー
「……これは、想像以上ですわね」
聞き慣れた、芯のある気品を含んだ声が背中から届いた。
「アプリル……!」
振り向くと、淡い旅服の裾を揺らしながら、アプリルが立っていた。
仕事の疲れがあるはずなのに、その赤い瞳は驚きと嬉しさで輝いている。
「サフィー、随分と繁盛しているじゃないの。まさか……ここまでとは思いませんでしたわ」
「え、えへへ……ちょっと頑張っただけで……」
と言いながらも、褒められて胸がくすぐったい。
「サフィーさん! 本当に……すごいです!」
息を弾ませながら、ロータスも駆け寄ってきた。
ワインレッドの髪を揺らし、手には自分の帳簿道具が抱えられている。
「見てください、在庫……! もう半分以上減っていますよ!」
「う、うん……売れちゃった」
「売れちゃった、ではありませんわ。これは立派な”成果”ですわよ」
アプリルは棚の上をざっと確認し、頷く。
「商品がなくなり始めたということは、客がついた証です。しかも見てくださいな、通りすがりの人が何度も看板を見ていますわ」
確かに。
看板の前で立ち止まって、覗き込む人が増えている。
午前とは比べ物にならない反応。
(すごい……こんなに見られてるんだ)
「嬢ちゃん、今日もよく働いたな」
隣の店主が笑顔で声をかけてきた。
「この子の肩もみ、結構評判だぜ。午前の客が、午後のまた別の客を連れてきてたくらいだ」
「ほら、サフィー。噂が立っておりますわよ」
「本当に……?」
「はい! 本当ですとも!」
ロータスの声はいつもより弾んでいた。
「サフィーさんの手つき、見ているだけで気持ちよさそうで……あたしも揉んでほしいくらいです!」
「えっ、ロータス……仕事帰りに疲れてるの?」
「はい、すっごく……」
その言い方が可愛くて思わず笑ってしまう。
「サフィー」
アプリルが、そっと柔らかい声で言った。
「貴女……この街で、本当に暮らしていけるのかもしれませんわ」
その一言は、胸の奥まで真っ直ぐ染みこんだ。
断罪の舞台で失ったと思っていた未来の可能性。
砂漠の中で捨てたと思っていた生き方。
いま、それが少しだけ見えた気がした。
「アプリル……ロータス……ありがとう」
夕陽が私達を優しく包み、露店の影を長く引き伸ばしていた。
再生の一歩を踏み出した小さな露店は、今日も温かな笑い声に満たされていた。




