覚悟の日
舞台の証明がまぶしかった。
あの光の下に立てるのは、たった一人だけ。
いつも袖の影にいる私は、そこに立つ子を見上げながら、拍手を送る側だった。
でも次こそはーーそう思っていた。
「次こそは主役になるの?」
同じ演劇部の春江鈴鹿と話していた。
今度の舞台では、女子が主役になるから。
「うん、もちろん!」
私はそのオーディションに備えていた。
次こそ私は主役として、一番輝くために。
今まで脇役や裏方ばっかりだったから。
「やっぱり凄いね。やる気マンマンで」
鈴鹿は感心して私を見ていた。
彼女も一度主役をやったりしているけれども、普段は脇役や裏方をやったりしている。
色々と出来るんだよね、鈴鹿って。
「そりゃあ、演劇部に入ったからには、主役にならないと」
一番輝くのは主役だからね。
「応援しているよ。まあ、こっちも参加するんだけどさ」
「絶対に取るから」
私はそう意気込んでいた……
演劇部員として。
でも……
「あのさ……佐奈、ちょっといい?」
文芸部員の高月華怜がやってきた。
焦っているように見えている。
どうしたんだろう。
「華怜、どうしたの?」
「佐奈……急な話で悪いんだけれども、文芸部に入ってくれない?」
「文芸部に……!?」
本当に急すぎる話。私、結構演劇部に入って長いんだけれども。
しかも、今のやりとりを聞いていたよね。
「実は部員数が足りなくて……このままだと、文芸部は廃部になっちゃうの……」
「そんな……」
華怜が楽しんでいる部活。
確かに目立つような場所じゃないから、部員数は多くないけれど……
そんな状況になっていたんだ。
「もちろん、演劇部を辞めて文芸部に入ってって言わない。兼部で良いから……」
それだったら、演劇部を辞める必要は無い。
演劇部側だって掛け持ちをしている部員はいるから。
「でも……」
「そうなると、主役は諦めることになるよ」
掛け持ちになると、練習を十分に出来ないから、主役にはなれない。
入部した際の説明で聞いていたし、実際に掛け持ちしている部員は裏方や脇役だったから。だからこそ迷ってしまう。
「私……主役になりたいけれど……」
主役になって、輝きたい気持ちは強い。
でも、華怜を見捨ててまで主役になるって言われると、迷ってしまう。
もしも廃部になって、華怜を悲しませてしまうと……主役になったとしても、私は嬉しいのかな。
華怜の瞳が揺れていた。
その揺れの中に、私の姿が映っている。
主役の光よりも、あの瞳の揺れを放っておけなかった。
私が照らされるより、誰かを照らすほうが、ずっと本当のことのように思えた。
「……分かった、華怜。文芸部に入る」
少し考えて、私はその場で華怜に返事をした。
私が文芸部に入ることで、廃部にならないんだったら、入れば良いのだから。簡単なこと。
「ありがとう……!」
「えっ、佐奈……良いの? そんなあっさり」
鈴鹿が驚いて私を見ていた。
ちょっとの時間で決めていたら、そうなるよね。
「華怜がこんなに困っているのに……私だけが主役になったって……」
「確かに佐奈はそんな感じだけれども……主役は捨てるの?」
しかも、さっきまで主役になることを意気込んでいたのに、あっさりと捨てちゃったから。遠回しに、後悔していないのかを訊いている。
正直、ほんのちょっとだけ迷ってはいるんだけれども……
「うん……」
でもいい。
主役じゃなくたって、私は頑張るから。
「分かった。佐奈はそういう子だからね」
「えへへ……」
私ははにかみながら返事をした。
こうして、私は演劇部と文芸部の掛け持ちとなったのだった。




