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聖女を信じて悪役令嬢を陥れ続けたら、断罪されたのは私でした  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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廃都の響き

 風が、崩れた壁の隙間から吹き抜けた。

 砂の音が途切れるたびに、心臓の鼓動がはっきり聞こえる。

 この沈黙に耐えられなかったのかもしれない。

 だから私は、ようやく口を開いた。


 そう、私は告発状を書いてから、アプリルを守るために動いた。聖女様に従って、アプリルを断罪にさせていた、本心を偽りの仮面で隠して。

 自らがヒドインになることで、彼女を守れると思ったから。


 かつて見ていたざまぁ系の転生ヒドイン破滅小説。

 転生したヒロインが悪役令嬢に冤罪を仕組んで、バレてヒロイン自身が破滅する。悪役令嬢は無罪放免になる。

 そんな小説を見ていたし書いていた。

 知っていたから、やってみた。

 で、本当に成功しちゃった。私はヒドインとして破滅した。


「本当にサフィーさんは、演技だったんですね」


「あはは……」


 乾いた笑いが廃都にこだまする。

 私達は近くで座れそうな場所で、座っていた。とはいえ、こんな場所だから座ったところで汚れるだけなんだけれど。


「全く、愚かでしかありませんわ。自らの身を犠牲にしてまで、わたくしを守るなんて……」


「こうするしかなかった。中途半端に承認欲求が強くて、グルナ様に従っちゃった馬鹿な私には」


 ヒロインとして王子と結ばれたかった。

 転生前にサフィーを自身と結びつけて、夢見て憧れていた。

 実際になって喜び、ハッピーエンドを目指していた。

 ヒロインとして、王子と結ばれるという思いを胸に。

 そんな私に聖女様は、次々と王子と一緒になれるという甘い蜜を与えて、やがて逃れられなくしていた。


「もしかしたら、廃都へ追放されるのではなく、民衆の前で首が飛んだかもしれませんし、下手をすれば死んだ方がマシといえる事になったんですのよ」


「それでも……良かった。アプリルを守れるなら」


 夢のように私が二度目の破滅に追いやってアプリルが死ぬくらいなら、そっちでも。

 よく小説で見るような、再び転生する保証が無かったとしても。


「貴女はどうして、わたくしを完全な踏み台にしなかったんですの。あんな自滅をしなければ、それこそ殿下と結ばれていた。それなのに……」


 もしかしたら、聖女様は私を破滅させずに、ずっとハッピーエンドでいさせてくれたかもしれない。

 夢のような生活をずっと……永遠に。


「……出来るわけ無い。そんな事、私には出来ない」


「何故……? 明らかにグルナによって、明示されたようなものだったはずでは?」


 私の返答でさらに疑問を持ったアプリル。


「もちろん、演技をしている時でも迷った時はあった。殿下と結ばれたいって」


 心も誤魔化していたって、ハッピーエンドというご褒美の魅力は強かった。

 サフィーをハッピーエンドにして、幸せな日々を送りたかった。あんな夢の結果とは、違うかもしれないけれども。

 だからこそ裁定でも仮面の下で揺れ続けた。


「でも、出来なかった。私にはアプリルを犠牲にして……”私だけ”が幸せになるなんて……出来なかった……」


 私は顔を覆って、涙を流していった。

 こんな中途半端な私が、嫌で嫌でたまらない。

 他人のために動いて、自分の幸せは二の次。

 承認欲求だけは強いアンバランスな私が。


「出来れば教えていただけます? 貴女の想いを」


 アプリルは柔らかな口調で、私に問いかけた。


「うん……信じられないかもしれないけれど、私は別の世界で暮らしていた」


 口にした瞬間、空気が変わった。

 崩れた天井の隙間から光が差して、砂の粒が舞う。

 それが、教室の埃に見えた。黒板の匂い、放課後のチャイム、窓際の友達の笑い声。

 全部、遠い遠い昔の夢のように。


「別の世界……そこからこの世界に?」


 ロータスが興味津々に訊いていた。


「そうなるかな。元々の名前は敦賀佐奈といって、高校生だった」


「敦賀佐奈さん……ですか」


 ロータスはその名を、まるで祈りのように繰り返した。

 アプリルはただ、目を伏せていた。

 理解できないだろう。それでも否定しなかった。

 誰も言葉を挟まない時間が、やさしい温度を持って広がった。


「あの、どうしてサフィー・プラハを名乗っているんですの?」


 当然気になっちゃうよね。

 別の名前があるのに、サフィーを名乗っているのって。


「実を言うとね、この世界に似た『クリスタル・ガーデン』っていうゲーム……おもちゃというか物語に、今の私やアプリル、ロータスも居るんだ」


 説明が難しい。

 ゲームっていうのがアプリル達には分からないから、なおさら。


「わたくし達がその物語に登場しているんですの?」


「うん、私はヒロインで、主役。アプリルは悪役令嬢っていう、悪者のお嬢様」


「あの、わたくしが悪者ですの? まあ、間違っていないかもしれませんわね」


 微笑みながら、何かを考えていた。

 もしかしたら最初の破滅の時とかかな。


「で、ロータスは……確か、物語の最初で学院とかを教えてくれる人物」


 何回も遊んでいて、スキップしていたけれど、彼女も登場していた。

 名前は出ていたっけ。もう覚えが無いけれども、同じ容姿ははっきりと。

 ゲームの最初で操作方法や、説明をしてくれたメイド。


「変わったポジションですね」


「私の説明が下手だから……」


「まあそうですわね、でどうしてあんな選択が出来たんですの?」


「で、ちょっと話が脱線したんだけれども、私は学生でも演劇部に所属していた……最初は。でも、友達から文芸部が廃部になりそうだって言われて、主役になるのを諦めてでも文芸部と掛け持ちにしたの。私は他人を見捨ててまでも、利己的には動けないのよ……」


「あら、利他的という訳なのね。貴女の奥底は」


「うん……」


 話し終えたあと、風がまた吹いた。

 太陽が沈み、廃都の屋根を黄金に染めていく。

 その光が、まるで赦しのように私達を包み込んだ。

 アプリルは何も言わず、ただ空を見上げた。

 その沈黙が、言葉よりも優しかった。


 やがて私は、あの日の出来事を思い出していった。

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