グルナ・フストの独白
【グルナ視点】
ーー努力しないと破滅する。
かつてそう言った気がする。
けれど、その声はもう霞んでしまって、思い出そうとしても輪郭が掴めない。
いつの間にか”聖女の声”になっていた。
優しくて、正しくて、どこまでも清らかな声。
『あなたは選ばれた人。悪を滅ぼし、秩序を取り戻しなさい』
そう告げられた瞬間、胸の奥が熱くなった。その熱は、歓喜と同時に、どこか焦げつくような痛みでもあった。
けれど当時のわたしは、それを”聖女様の導き”と呼んでいた。
ああ、自分はようやく報われたのだと。
努力が届き、神に見捨てられていなかったのだと。
聖女様はわたしに優しく話しかけてくれる。わたしにだけ聞こえる声で。
わたしは祝福されている。
『恐れることはありません。あなたは正しい。疑う者こそ、闇の徒なのです』
聖女様の囁きは、いつもわたしの祈りに答えた。
迷うたびに、甘く、優しく導いてくれた。
そしてわたしは信じた。聖女様を。
信じることでしか、自分の存在を保てなかったから。
「努力しないと破滅? へぇ……そういうヒロインも”あり”なのね。でもさ、もし転生してヒロインになったら、そんな風にさせない。絶対に破滅なんてしないし……誰にも奪わせない」
ーーああ、そうだった。
それは”わたし”がまだ人間だった頃の声。
笑いながら、何も知らずに言った言葉。
破滅しないために、わたしは祈り、信じ、奪った。
誰かの幸せを、誰かの未来を。
そして、気づいた時には……
”わたくし”という声が、”わたし”の声を飲み込んでいった。
その名を、今ではもう思い出せない。
聖なる光が頬を照らす。
けれど、その光はもう温かくなかった。
『あなたはよくやりました。これで全て全て救われます』
そう言われても、胸の奥には何も残らなかった。
破滅を避けたはずなのに、心は空洞のままだ。
聖なる光が頬を照らす。
けれど、その光はもう温かくなかった。
手のひらを見ても、もう何も掴めない。
『あなたはよくやりました。これで全て救われます』
祈りながらわたしは思う。
もしこの声が本当に聖女様のものならーー
どうか、私の中にいる”わたし”を、もう休ませてください。




