偽りのハッピーエンド
春の終わり、王都を包む空は灰色に沈んでいる。
かつて祝福の鐘が鳴り響いたこの街に、今は鎖の音だけが響く。
「どうして……」
私は石牢の中で膝を抱えていた。
かつて絹のドレスをまとったその身は、薄汚れた囚人服に包まれている。
爪の間には泥が入り、指輪を嵌めていた跡が白く残っていた。
「……どうして、こんなことに」
その問いを口にするたびに、答えは同じだった。
”グルナ様のご指示に従ったのに”。
国王が急死して、私が運んだあの聖水から毒が見つかった。いや、あの聖水が毒だった。
そして証言は一つに揃っていたーー”毒を運んだのは王太子妃”……私のこと。
グルナ様に貰ったという証言は、信じてもらえなかった。
国王を暗殺するために、私が用意したという事になっていた。
これによって、私は拘束されて牢屋の中で裁判を待つ身になった。
翌朝……
「お願いです! グルナ様、私は無実だと言ってください!」
私は必死に裁判で無実を訴える。
でも信じてもらえない。
むしろ立場は悪くなっていく。
「わたくしは信じたかったのですが……証拠が揃っている以上、どうしようもありません」
そして、グルナ様はかつてアプリルを断罪した時のように、私も切り捨てた。
もう私の断罪は確定する。
しかもグルナ様はキリル王子の隣に立って、私を破滅させていた。
絶望が私を包んでいく。
「サフィー・プラハ=プレスラバ。国王陛下毒殺の罪によりーー断頭刑」
私にも死が確定した。
観衆のざわめきが、鐘の音のように響く。
私は引き立てられ、曇天の下へと歩かされる。
街道の両脇には無数の人々。
かつて私が笑顔を振りまいていて、それに応えるように手を振ってくれた彼らが、今は石を投げている。
「裏切りの妃!」
「王家を蝕む女!」
「この毒婦が!」
私の足元に、泥がはねた。
それでも歩く。
”ヒロイン”の顔を保つために。
ーー笑えば、幸福は壊れない。
その教えだけが、まだ私を動かしていた。
(あれが……本物なのね……)
やがて断頭台が見えた。
赤い絨毯は雨で黒く染まり、刃の下では小鳥が一羽、翼を濡らしていた。
(何で……何で……)
衛兵が告げた。
「最期に言い残すことは……?」
私は目を閉じながら呟いた。
「これが本当にハッピーエンドなの……?」
その瞬間ーー風が止み、空気が歪んだ。
目を開いてみると、目の前にひとりの影が現れていた。
淡い赤のドレス、紅い瞳と唇。そして微笑。
アプリル・ブラチスラバがそこにいた。
「お久しぶりね、サフィー」
声があの日のままだった。
私は息を呑む。
「……貴女はもう……死んだはず」
「ええ。けれど、貴女が手に入れた”幸せ”の中に、わたくしは今も生きているの。ねえ、サフィー……これが、貴女の望んだハッピーエンド?」
私は首を振った。涙が頬を伝う。
「違う……違うの……私は、信じただけ……!」
アプリルは静かに手を伸ばした。
その掌から、白い光が零れる。
「なら、掴みなさい。ーー”本当のハッピーエンド”を」
刃が落ちる音がした。
視界が真っ逆さまに……私の身体が見えた。
それと共に世界が崩れ、闇に溶けていく。
ーー気がつけば、冷たい石の床。
頭上には、割れた天窓。
聞こえるのは風の音だけ。
「……ここは」
そうだった、ここは廃都。
崩れた石壁、砂に埋もれた街路。
私が追放された場所。
全てを失った私の居る場所。
「あれは何だったの……?」
胸の奥が痛む。
でも、首は繋がっていた。
指先を見つめ、涙が滲む。
「……夢、だったの?」
ハッピーエンドの夢だった……望んでいたはずのハッピーエンド。
なのに……夢でも私は破滅していた。
そんなの……あんなのじゃない。
私は偽りのじゃなくて、本物を手に入れたい。
……もう叶うことはないけれど。




