彼女の死と、私の幸福
その後非公開での審理で、アプリルの量刑が確定した。
アプリル・ブラチスラバは死刑。
ただし最後に罪を認めた事で、王室から慈悲として、非公開の場で毒を飲み死ぬことが許された。
それも辛そうだけれども。
この日、私はグルナ様と共にアプリルの処刑に立ち会うことにした。
彼女が死ぬことで、私はハッピーエンドになれるのだから。
場所は王宮の地下にある『静誓の間』。
王家に仕える者が”最後の誓い”を立て、己の罪を告白するための部屋。
でも実際には、高貴な身分の人物を密かに処刑するための施設だけれども。
「アプリル。ようやくね」
壁は白い大理石で覆われ、中央に低い卓が置かれている。その後ろの椅子にアプリルは座っていた。
隣に侍医と執行官が立っている。
アプリルは純白のドレスに身を包んでいた。両手は繋がれていて、足元は裸足。いつも纏めている髪は自然に垂らしている。
ドレスの刺繍糸には薄い灰色が混ざっている、変わった衣装ね。
この日の空は、雨が降り続いていて暗い空だったけれども、淡く照らす蝋燭の光と白い部屋が空との対称感を演出していた。
「これが……この身に残された最後の贈り物、ね」
卓には銀の杯がひとつ。中には琥珀色の液体が揺れている。
侍医が淡々と告げていた。
「貴女の外見は傷つけず、安らかな眠りをもたらします」
二度と起きることの無い、永遠の眠りだけれどね。
私はアプリルが毒を飲むのを待っていた。
すると彼女は執行官にこんな事を言った。
「ねえ、飲む前に時間を貰える? 逃げるわけじゃないわ」
「手短に済ませろ」
「ありがとう。ねえサフィー、これで幸せになれるのかしら?」
アプリルは優しく私に問いかけた。
これから死ぬのが確定しているのに。寝る前に話しかけるような口調で。
私は言葉が一瞬出てこなかった。喉が焼けつくように乾く。
それでも、逃げることはできなかった。
「……ええ。これで……私は……ハッピーエンドになるんだから」
私の返答を聞くと、アプリルは穏やかな感じで微笑んだ。
「分かったわ、最期に聞きたかったの。ではその幸せをーー逃さないようにね」
杯を唇に当てる。
アプリルはゆっくりとしながらも、一口で杯の液体を飲み干した。
少しして彼女の唇がわずかに紫色を帯びていく。
身体が震えていて、苦しそうだった。
それでも彼女は、力が抜けるまで背筋を伸ばしていた。
悪役令嬢としての最期を見せるかのように。
「……サフィ-、貴女が笑える日が来ると良いわね」
その声を最後に、微笑を見せながらアプリルは崩れ落ちた。
血のように赤い花びらが、床に散るーーそれが血か、幻か、誰にも分からなかった。
侍医が彼女の脈を確認する。
静寂。
そして、グルナ様の澄んだ声が響く。
「これで、すべてが正しい道に戻りました。さあ、サフィー……貴女の幸福は、ここからですよ」
私はアプリルが死んだのに、涙を流すことは無かった。
罪人だからかな。
ただ、両手に胸を当てて微笑む。
ーーこれが、私のハッピーエンド。
そう信じるしかなかった。
夜、王都の空に雨が降り続いていた。
静誓の間で灯された蝋燭はもう消えたはずなのに、窓の外の闇の奥で、白い光がかすかに揺れていた。
それは、誰かの魂がまだ祈りを続けているようにも見えた。
私は気づかない。
なぜなら私のハッピーエンドが、他人の祈りの上に築かれていることを。
王室と学院がアプリルの死を声明で出した。
『アプリル・ブラチスラバ嬢は罪の全てを認め、深く反省の上で赦しを乞い、その生命をもって償うことを自ら選んだ』というもの。『アプリル・ブラチスラバ嬢は、己の過ちを悟り、神や聖女への祈りと共に安らかに永眠した。王室はその最期に慈悲を与え、遺体は静かに弔われた』と付け加えられている。
民衆は『聖女様が赦してくださった』『アプリル様が悔い改めた』という反応だった。




