封じられた真実
【アプリル視点】
夕方になる少し前、わたくしは学院長室に呼び出された。理由は『緊急の件がある』と。
明らかにただ事じゃない。
学院長室には、幾人かの教師、そして生徒代表の姿も見える。
代表としてはグルナ・フストとキリル殿下。
その光景だけで、空気が張り詰めた。
「学院の秩序と殿下の御心を乱す行いについて、告発が届いております」
学院長の声が厳かに響いた。
次の瞬間、わたくしの名前が読み上げられる。
「ーー告発対象、アプリル・ブラチスラバ」
全身が凍り付いた。
グルナとキリル殿下の目が鋭く突き刺さる。
「どなたが告発なさったのでしょうか?」
「それは告発者の利益を守るため、裁定までは申せない」
気になったが、当たり前の返答だった。
むしろ教えたら、わたくしがその人物に対して危害を加える可能性があるから。
けれども、わたくしには誰が告発したか分かっていた。
確証は無いけれども、確実のあの子。
どうして……こんなことを……
「アプリル・ブラチスラバは、学院備品を破損し、殿下への毒物混入を企てたと記されています」
告発状の中身が簡略的に読み上げられ、わたくしは立ち尽くすしかなかった。
覚えのない罪状ばかり。
けれど、否定の声を上げようと口を開いたときーー壇上のグルナの瞳が、まっすぐこちらを見ていた。
微笑み。
その微笑ひとつで、声が喉の奥に張り付いた。
「……弁明は、裁定にて行うように。裁定までの間、アプリル・ブラチスラバは学院の小部屋にて軟禁とします。出ることが許されるのは、侍女としての仕事中のみで、その間も監視が付きます」
学院長の言葉が、最後に響き静寂が訪れる。
これからわたくしは身体の自由が制限される。
「……軟禁、ですか」
その言葉を、わたくしは静かに繰り返した。
冷静に聞こえたのは、心がもう限界を超えていたからだろう。
後でやってきた衛兵とロータスが二人、わたくしを連行する。
衛兵の表情は硬い。目を合わせようとしない。
ロータスも同様だったけれども、悲しそうな表情をしている。
ただ廊下の窓から見える中庭では、生徒達が平和に談笑していた。
サフィーの姿も見える。
彼女は花壇の前で、グルナ様と何かを話している。
藤色の光に包まれたように微笑んでいた。
(ああ……あの光に、また取り込まれてしまったのね)
唇を噛んでも、血の味はしなかった。
あの人の”導き”に逆らえば、誰も残らない。
わたくしも、彼女も、いつか壊される。
軟禁される前、荷物を取りに一度だけ部屋へ戻ることが許された。
今日のメイドとしての仕事を終えた後、だったけれど。
部屋に入ると、既にサフィーは部屋に戻っていた。
彼女は机に向かい、何かを広げていた。
目が合う。
あの瞳には、かつての優しい光はもう無かった。
「……サフィー、わたくしどうしてもお伝えしておきたいことがございます」
必死に声を出す。喉が焼けるように痛かった。
「どうか、グルナ様を信じすぎてはいけません。あの方は、わたくしを破滅に追いやった人物です。今回の”裁定”も……きっと仕組まれたもの。サフィーを利用しているのです」
この言葉が届かないことは分かっていた。
それでも、言わずにはいられなかった。
このまま黙っていたら、本当に彼女を奪われてしまう気がして。
「……アプリル、またその話?」
静かな声。
かつてあんな冷たい音色を、彼女の声から聞いたことはなかった。
胸の奥で、何かがぽきりと折れる。
「グルナ様は正しいの。私を導いてくださる……真の導き星よ」
その言葉を聞いた途端、視界が滲んだ。
光でも涙でもなく、ただーー心が壊れた音がした。
「……そう、ですか」
それ以上、何も言えなかった。
彼女を見つめることすら苦しかった。
私は荷物をまとめ、ドアの方へ向かう。
背後で、サフィーが何かを呟いた気がした。
でも、もう聞こえなかった。
扉を閉じる音だけが静かに響き、それが私と彼女を隔てる最後の音になった。
それから別の場所に寄るわけでもなく、わたくしは軟禁されることになった。
軟禁部屋は学院の北棟の小部屋であった。
小さな窓から光が細く差し込むだけの、狭い石造りの部屋。昼間でも冷気が骨まで沁みてくる。
机と椅子、そして簡素な寝台。
食器の金属音や外の笑い声だけが遠くから聞こえてきて、まるで世界から切り離されたようでーー不気味なほど穏やかだった。
扉が閉まる音が、やけに遠く響いた。
誰もいない部屋で、私はゆっくりと椅子に腰を下ろす。
手のひらには、ロータスがこっそり渡してくれた白いハンカチ。
端に、小さく刺繍された花の模様。
彼女の不器用な手つきが目に浮かんで、思わず笑ってしまう。
「泣かないわ、ロータス。わたくしは……まだ終わっていないもの」
静かに呟いて、窓の外を見上げた。
空は薄紅に染まっていて、太陽が沈もうとしていた。
(いいえ、まだ終わりじゃない。貴女が嘘を”真実”と呼ぶなら、わたくしは”偽り”からでも真実を暴いてみせる)
小部屋に戻り、その決意だけを胸に、わたくしは目を閉じた。
外では夜の鐘が、静かに鳴っている。
わたくしがこの小部屋から離れるとき、何が待っているのかは分からない。
けれど、わたくしの中の炎は、まだ消えていなかった。




