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聖女を信じて悪役令嬢を陥れ続けたら、断罪されたのは私でした  作者: 奈香乃屋載叶(東都新宮)


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祈りの届かぬ夜

【アプリル視点】

 あの日、サフィーが部屋を出ていく音がした。

 その扉の小さな軋みだけが、やけに長く響いた。

 机に広げた日誌の上、ペン先が止まる。


(……また、どこかへ?)


 昼間の出来事が、何度も頭よぎる。

 サフィーはどこか上の空で、笑顔の裏に不安を隠していた。

 それでも『グルナ様のおかげ』と何度も繰り返していた。

 彼女のその言葉は、わたくしの胸を締めつけた。


 立ち上がりかけた足が止まる。

 呼び止めたい。けれどーー

 何を言えばいい? どんな言葉をかければ、あの子は振り向いてくれる?


”グルナ様を信じてはいけない”

 それをも一度伝えたって、今度こそ拒まれるだけ。


「……ごめんね、サフィー」


 小さく呟いて、窓の外を見つめる。

 月光の下を歩く小さな影。

 白いナイトガウンの裾が、夜風に揺れている。

 わたくしはその姿を見つめながら、ただ手を胸に当てた。


「どうか……間違わないで」


 その祈りは、誰にも届かない。

 夜の闇が音もなくその声を呑み込んでいった。


 そして彼女が帰ったきたときには、もう言葉が出なかった。

 彼女の頬は火照り、目はどこか遠くを見ている。

 まるで、見えない光に照らされた信者のような顔だった。


「サフィー、どこに行っていたの……?」


 問う声が震えた。

 でもサフィーは、いつもの調子で笑って答えた。


「ちょ、ちょっとトイレに」


 その嘘が、痛いほどに分かった。

 でも、問い詰めることは出来なかった。

 わたくしが問い詰めれば、彼女を傷つけるだけだから。

 それにーーもう、遅いのだ。

 あの聖女の言葉が一度心に入り込めば、誰も抜け出せない。



 朝の鐘が三度、鳴り響いた。

 学院の石畳は、晴れやかに光を反射している。

 けれど、わたくしの足取りは重かった。

 胸の奥にひどいざわめきがある。

 何かが起こる予感ーーいや、すでに始まってしまったのかもしれない。

アプリル視点の話があと二話続きます

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