決裂の部屋
「緊張します……」
「大丈夫よ」
昼間の学院。その中庭にある、陽光に包まれた回廊。
そこにはキリル王子が待っていた。
私はさっき再び渡された告発状を両手に抱えていた。さっきまで聖女様が持っていたけれども、昨日私が書いたまま。
まあ、夜中に私が持っていたらアプリルに問い詰められた。
それなら、聖女様が持っていた方が良かった。
「キリル殿下……」
「サフィー嬢、君が呼び出したのかい?」
聖女様が手渡す準備を整えてくれたみたい。素晴らしすぎて、感謝してもしきれない。
「は、はい……実はこれを」
私は持っていた告発状をキリル王子に手渡す。
それを王子は受け取って、文面に目を通すと微笑んでいた。
「よくぞ勇気を示したな、サフィー嬢。そなたのような清らかな心を持つ者が、この学院に在する事を誇りに思う」
私はその言葉に、涙が出てきてしまった。
憧れていた王子にこんな事を言ってもらえるなんて。
王子の言葉に、胸が温かく震えた。ほっとするような、誇らしい痛み。
「私は……殿下のために生きております」
風が花を揺らして、陽光が私達を照らす。
もしも別視点から見れば、ゲームとかコミックとかで見るようなヒロインの栄光の瞬間。
嬉しくてたまらないし、ハッピーエンドの道が見えている。
「さて、この告発状を受け取ったから、数日以内に裁定を開こう」
「はい……!」
裁定……御前裁定と呼ばれるみたいで、断罪イベントの事。
つまり、これでイベントが始まるんだ。
最大のイベントが。私の現実として起こるんだ。
「ありがとうございます……!」
私は聖女様に感謝した。
こんな場も用意してくれて、聖女様はハッピーエンドを本当に掴ませてくれるんだ。
「いえいえ。あの、頼みたいことがあるの」
「何でしょう?」
聖女様の頼みだったら、何でも聞く。
そうじゃないと、ヒロインじゃないもの。
「この切れ端をアプリルの部屋……貴女の部屋にあるアプリルの机に忍ばせてほしいの」
渡されたのは、小さな羊皮紙。
「あの、これって……」
「彼女の日記の一部ですわ」
破れた断片には文字が書かれている。
読めそうだけれども、どうでもいい。
「分かりました」
夕方、私はアプリルが戻ってくる前に部屋へ。
まだ時間はある。
私は机の引き出しを開けた。
中には几帳面に並んだ筆記用具、封のされた手紙、微かに花の香りが移った便箋。
”悪役令嬢”らしくない、清廉さを思わせる空気が鼻を突き、ほんの一瞬だけ指が止まった。
ーーポケットに忍ばせた羊皮紙の切れ端が、ずっしりと重く感じられた。
「殿下のために」
小さく呟きながら、私は震える手でそれを引き出しの奥に差し込んだ。
それから私は勉強をしていた。羊皮紙を広げていたけれども、なかなかはかどらない。
「お疲れ様、サフィー……」
「あ、アプリル、おかえりなさい」
するとアプリルが部屋に。
引き出しから服を取り出していた。でも、時折私を見ながら何かを悩んでいた。
「……サフィー、わたくしどうしてもお伝えしておきたいことがございます」
そして決めたのか、私へ口を開く。
「なに?」
私は机に並べていた羊皮紙を片付けながら、視線を向ける。
アプリルは迷いなく、はっきりと私を見ている。
「どうか、グルナ様を信じすぎてはいけません。あの方は、わたくしを破滅に追いやった人物です。今回の”裁定”も……きっと仕組まれたもの。サフィーを利用しているのです」
告発状を受理されてから、アプリルはこの後より裁定まで、小部屋での生活になる。ここに居るのは、服とか必要なものを取りに来ているだけ。
でも私が居たから、話したいと思ったのかもしれない。
その声は震えていたけれど、必死さが滲んでいる。
どうしてもアプリルは私を説得したいみたいね。
しかも私と会話出来るのは、裁定まで無いのだから。
「……アプリル、またその話?」
私はイライラしてきた。前にもそんな話をしているのに、また同じ忠告を……
悪役令嬢の忠告はうんざりよ。
「違います! わたくしはどうなっても構いません。ですが……サフィーだけは……」
アプリルの声は震え、息が詰まっているようだった。
「……どうか、巻き込まれないでいただきたいのですわ」
その赤い瞳に、必死さが滲んでいる。
でも私は目を逸らし、胸の奥の小さな棘を押し殺す。
巻き込まれないで?
私が何に巻き込まれようとしているのよ。
もしもそう言うんだったら、私が巻き起こしているのよ。
「……やめて。アプリル、もう聞きたくない」
私は目を逸らした。
「グルナ様は正しいの。私を導いてくださる……真の導き星よ」
そう告げた瞬間、アプリルの表情に深い悲しみが浮かんでいく。
「……そう、ですか」
アプリルはそれ以上、何も言わなかった。
私はベッドに身を横たえて、アプリルを見ないようにした。
やがてアプリルは必要なものを揃えたのか、同僚のロータスっていうメイドに連れられて小部屋へ。
月光が白く差し込む中、二人の影が長く伸び、ドアが閉まる音だけが部屋に残った。
その音が、私とアプリルの距離は決定的に引き裂く鐘の音のように響いた。
ええ、これでいいのよ。
私が結ばれるためにはこうしたっていい。




