光を見上げる影
【アプリル視点】
王宮の舞踏会場は、無数のシャンデリアが灯されて、黄金色の光に満ちていた。
豪奢な音楽が響き渡り、色とりどりのドレスが舞い踊る
わたくしは給仕係として銀盆を持ちながら、会場の隅で他の給仕の列に並んでいた。
そこは光から最も遠い、影の場所。
(……あの日も、同じシャンデリアの下に立っていたはずなのに)
かつては殿下の婚約者として、みんなの視線を浴びる側にいた。
けれど今は”断罪された令嬢”として、光に背を向ける立場。
目の前で煌めく光景が、残酷なほどに遠い。
やがて殿下が歩み出る。
最初に手を取ったのはーーグルナ。
銀の髪が流れ、藤色の瞳が光を反射する。
彼女と踊る姿は、まるで舞踏会そのものが彼女を中心に回っているかのようだった。
「さすが聖女様……」
「殿下と並んでこそ、完璧だわ」
生徒達の囁きが波のように広がる。
わたくしは唇を噛んだ。
グルナが舞台に立った瞬間、すべての視線が彼女に吸い寄せられる。
その力を、わたくしは知っている。試験の時、必死にサフィーを庇ったわたくしの声は届かず、グルナの一言で空気は一瞬にして変わった。
(あの子は……きっと信じ込んでしまう。グルナの光に)
胸の奥に痛みが走る。
けれど、それでもサフィーを見守らずにはいられなかった。
曲が変わって、次に殿下の手を取ったのはサフィーだった。
薄桃色のドレスがふわりと広がり、緊張に震える頬が紅潮している。
けれどその笑顔は真っ直ぐで、必死でーーまるで本当に『主役』として選ばれた娘のように、眩しかった。
生徒達の中心で、まばゆい光を浴びているサフィー。殿下の隣で、幸せそうに微笑んでいる。
彼女、かつて言っていたっけ。『ヒロイン』という言葉。
さしずめ彼女に相応しいかもしれない。
「サフィー嬢、素敵ね」
「殿下もご満悦だわ」
周囲の称賛が降り注ぐ。
わたくしは銀盆を握りしめた。
それはわたくしが欲しかった未来だったのに。
けれど同時に、あの子に与えられているなら……せめて幸せでいてほしいとも願ってしまう。
(サフィー……あなたを守りたかった。今も、その気持ちは変わらないのに……)
視線の先で、グルナがゆるやかに微笑んでいた。
サフィーと殿下が踊る姿を見つめながら、まるで”それは自分が与えた幸福”だと誇示するように。
そして一瞬だけ、藤色の瞳がこちらを射抜いた。
心臓が止まるかと思った。
あの瞳は冷ややかで、わたくしにだけ向けられた拒絶の色を宿していた。
(……わたくしを見ている? 違う、突き放している……)
盆がかすかに震え、載せていた紅茶が揺れた。
誰も気づかない。ここは影の場所。
サフィーは殿下に手を取られ、幸福の中心にいる。
わたくしはただ、影として立ち尽くすしかなかった。
音楽が終わる。拍手が鳴り響く。
サフィーは恍惚の表情で殿下に一礼し、その笑みは会場をさらに華やがせた。
わたくしはそっと目を伏せる。
(サフィー……どうか間違えないで。あの光がどれほど甘美でも、すべて真実とは限らない)
声に出せない言葉が胸の奥に渦巻く。
けれどわたくしの声は届かない。あの子はもう、光しか見ていない。
盆の上の紅茶は冷め切っていた。
それがまるで、わたくし自身の存在のように思えた。




