光の舞踏会
舞踏会当日。
王宮の大広間は光に包まれていた。
無数の燭台が壁一面に灯され、天井からは豪奢なシャンデリアが下がり、煌めく水晶の粒が夜空の星のように輝いている。
大広間が前の舞踏会よりも煌めいていた。
場所だって、学院じゃなくて王宮だもの。
花々で飾られた柱の間を、鮮やかなドレスや燕尾服に身を包んだ生徒達が行き交い、楽団が奏でる調べが床を震わせている。
「ちゃんと踊れる……はずだよね?」
私は深呼吸を繰り返しながら、大広間の入り口に立っていた。
緊張で胸が張り裂けそうだったけれど、背後に寄り添う存在に心を支えられていた。
「大丈夫。サフィー、貴女ならきっと輝けますわ」
白銀の髪を揺らしながら、グルナ様がそっと囁く。
藤色の瞳が柔らかく細められた瞬間、胸の奥の不安は溶けていく。
うん、これならいける。
そして扉が開かれた。
大広間に一歩踏み出すと、空気が一変する。
会場にいた人々の視線が一斉にこちらに注がれ、ざわめきが広がった。
グルナ様は太陽のように堂々と歩み、その横に並んでいるだけで、私まで光を浴びた存在に見える。
(私……今、本当に”ヒロイン”なんだわ……!)
視線の先、壇上には殿下が立っていた。
金色の瞳がまっすぐにこちらを射抜き、わずかに微笑む。
その眼差しに捕らえられた瞬間、心臓が跳ね、頬が紅潮した。
儀礼に従い、殿下は最初の曲でグルナ様の手を取った。
その光景はまるで聖女と王子の組み合わせのようで、周囲から感嘆のため息がもれる。
私は胸の奥に小さな棘を覚えたけれど、次の瞬間、その棘は甘い衝撃へと変わった。
「で、殿下……?」
二曲目が始まると、王子は迷いなく私の方へ歩み寄り、差し伸べられた手を示した。
「サフィー嬢、踊っていただけますか?」
「は、はい……!」
会場がざわめく。
殿下の手に自分の手を重ねると、胸が震え、足元がふわりと浮いたように軽くなった。
音楽が流れ、殿下に導かれてステップを踏む。
「見事な踊りですね。君の努力が伝わってきます」
「そ、そんな……殿下が導いてくださるから……」
お互いの呼吸が合わさって、旋律に溶けていく。
人々の視線が私に注がれているのが分かる。
その全てが『ヒロインに相応しい』と証明してくれているようで、頬が熱くなった。
(これも全部……グルナ様のおかげ。やっぱり信じてよかった……!9
何曲目かを重ねても、殿下はずっと私をパートナーに選び続けた。
私の足取りは舞うたびに軽やかになり、胸の奥は幸福感で満ちていく。
けれどふと、視線の端に影が映った。
給仕係として列の端に控えているアプリルの姿。
当然今回も仕事をしていた。
そんなアプリルの赤い瞳がこちらを静かに見つめていた。
彼女の視線に胸の奥がかすかに痛んだけれど、私は意識的に顔を逸らし、目の前の殿下だけを見つめる。
「サフィー嬢、君は本当に輝いている」
「で、殿下……!」
その言葉は甘い旋律と共に心に刻まれ、私は夢見心地で舞踏会の夜を過ごしていった。
背後に立つ影など存在しなかったかのように、ただ光だけを信じて。




