微笑む聖女、遠ざかる影
王宮の庭園に無事着いて、お茶会が開かれてる。
学院の庭園よりも広く豪華で、季節に応じて咲き誇る花々に囲まれた東屋。
そこに招待された私達は座っていて、テーブルにはお茶やお菓子が正しい順番で並べられている。
私は王子の隣に座っていて、本当に夢みたいな時間。
胸はずっと高揚していた。
「で、殿下……カッコいいですね」
「これはこれはありがとう」
グルナ様のおかげもあって、ここに座れている。
感謝してもしきれない。
「サフィー嬢はとても努力家です。昨夜も遅くまで試験勉強を重ねていましたのよ」
「は、はい……そうなんです……」
グルナ様が柔らかな声でそう告げると、王子は頷いて私に視線を向けてくれた。
王子は私に尊敬の目を向けている。
「そうなのか。君の誠実さは見習うべき者だな」
私の頬は赤らめていって、胸が熱くなった。
嬉しいからかな。もしかしたらそれ以上かもしれない。
「そ、そんな……私はただ、皆のために……」
緊張なのか言葉がどもっちゃう。
上手く話せたらいいんだけれども……
もっともっと王子と近づくためには、必要なのに。
(これも全部……グルナ様のおかげ。やっぱり、あの方を信じていれば間違いない。私はヒロインとして、殿下に選ばれる……!)
アプリルが少し離れた場所から見ている事に気づき、私の胸にかすかな痛みが走った。
彼女は今日、給仕係としてこのお茶会に参加している。勿論王子との会話なんて一切許されていないし、私達とも必要な会話以外話してはならない。
廊下で話すような事は出来ない。私もグルナ様も居るから、しようと思っても出来ないよね。
今は出来上がったお菓子が無いから、待機しているみたいだけれども。
彼女の無言で私を見ているというのは、ちょっと申し訳ないかな。
ううん、そんな事無い。
今のアプリルは破滅してメイド。今の状態は正しいんだ。
私はそう思うことにした。
それに、グルナ様が優しく微笑みかけてくれたことで、その迷いはどこかに消えていったのもあるから。
「サフィー嬢は、好きな人は居るかな?」
「……この場で恐縮なんですが、殿下です」
「ふむ、それは嬉しいね」
私のさりげない告白に、殿下は頷きながら笑顔を見せていた。
殿下ってこんなにイケメンでカッコいいなんて。
結ばれるんだったら、どんな事だってしたい。グルナ様にいくらだってお手伝いして、グルナ様に気に入られたい。
ヒロインとしてハッピーエンドを迎えたい。
そう思いながら、お茶会は進んでいく。
笑い声と食器の澄んだ音が混じり合う。
庭園の空気はどこまでも華やかで、私はその中心にいることを実感していた。
「サフィー嬢は純粋なお方です。殿下にお仕えするに相応しいと思いますわ」
グルナ様がそう言って微笑んだ瞬間、周囲の貴族の娘達が小さく頷き合うのが見えた。
その一言が、私の存在を”公然と認められた”ように思えて、胸が熱くなる。
「失礼します……」
そのとき、アプリルが皿を片付けに近づいてきた。
彼女は王子の前に一瞬だけ姿を見せ、深く頭を下げる。
王子の視線がほんの刹那だけ彼女を捉えたように見えたけれど、すぐに逸らされた。
アプリルは静かに皿を抱え、足早に去っていく。
(……今の視線……でも、もう関係ない。殿下が見てくださるのは、私だけだから)
グルナ様がこちらに目配せし、安心させるように微笑む。
私は再び胸を張り、王子に向き直った。
こうして私は、夢見心地でお茶会を過ごしていった。
元悪役令嬢でメイドのアプリルは背景に置いていって。




