誘いの庭園
次の日、私は初めて王宮へ向かうことに。こんな場所、転生する前ですら行ったことがないし、行くことすら無いかも。
白い壁に大理石の床。
ドキドキしながら王宮の庭園へ向かう。
私は胸を高鳴らせながら回廊を歩いていた。
王子と話せるかもしれない……グルナ様が隣に座らせてくれるかもしれない……そう思うだけで、頬が自然と熱くなる。
その時だった。
「あ、アプリル……?」
柱の陰から、アプリルが姿を現した。いつものメイド服で、手にはトレイを抱えている。
「……サフィー」
呼び止められて、私は足を止めた。
けれど胸の奥には、なぜか冷たいものが走る。
「なに? もうすぐお茶会なの。時間が無いのよ」
少し急かすように言うと、アプリルは静かに目を伏せ、それから真剣な眼差しでこちらを見つめた。
「気をつけなさい。グルナ様は……貴女のために見えるかもしれない。でも、わたくしはあの方の”慈悲”の裏に別のものを見た」
「……またその話?」
私は思わず声を強めた。
せっかく楽しい気持ちだったのに、冷水を浴びせられたみたいで。
「わたくしが破滅したとき……最後に背を押したのは、あの方の言葉でした」
アプリルの指先が小さく震える。
それでも彼女の瞳は必死で、私に訴えかけていた。
「どうか、間違った道を選ばないで。サフィー、貴女まで同じ結末を迎えてほしくないの」
心臓がきゅっと締め付けられる。
一瞬だけ、その言葉が真実に響いた。
(……でも、認めちゃいけない。アプリルは悪役令嬢。私はヒロイン。信じるべきはグルナ様なんだ)
「やめてよ……嫉妬でそんなこと言うのは見苦しいわ」
私は冷たく言い放ち、踵を返した。
振り返る勇気はなかった。
背中にアプリルの小さな吐息が届く。
「……サフィー」
その声は哀しみに満ちていたけれど、私の足は止まらなかった。
(グルナ様を信じる……それが、私の”ヒロイン”としての道だから!)
胸の奥で繰り返し言い聞かせながら、私は庭園へと歩みを進めた。




