イージーモードかと思ったら
学園での生活は、私にとって夢のようなものだった。
白を基調とした制服。石造りの荘厳な校舎。
豪奢な図書館に広い庭園。
ゲームで見てきた背景が、今は『現実』として目の前に広がっている。
さらに嬉しいのは、悪役令嬢のアプリル・ブラチスラバが本来ならサフィー・プラハ……私をいじめ抜き、最後に破滅するはずなんだけれども……
すでに堕ちていて、雑用係として働いていた。
(これで……安心。もうハッピーエンドは約束されたようなもの!)
私は心の中でガッツポーズをしていた。
でも、代わりに現れたのが、モニカ・ヴォローシンだった。
栗色の髪をカールさせ、いつも取り巻きを従えている彼女は、私を見つけると必ず嫌みを言っていた。
言うなれば悪役令嬢。
「まあサフィーさんったら、またそんな簡素なお菓子を? 王子に差し上げるなら、もっと上等な物にしないと笑われますわよ」
「あははは!」
「きゃははっ!」
「ひっ……」
取り巻きの笑い声が刺さる。
胸が痛むけれど、私は必死に絶えた。
(これもゲーム通り……ヒロインはいじめに耐えて、最後に王子様に救われる。だから大丈夫、これはイベントの一つなんだから……)
そう思って耐えていた。
しかし、モニカの嫌がらせはそれだけでは終わらなかった。
昼食のときには、私のスープにわざと塩を山盛りに入れてきたり。
舞踏会の準備の日には、私のドレスを隠したり。
「まあ大変。サフィーさんったら、またおっちょこちょいですわねぇ」
「……っ」
そのたびに、周囲の嘲笑が耳に突き刺さった。
私は何度も泣きそうになってしまう。
でも必ず、そんな時……
「やめなさい、モニカ」
きっぱりとした声が響いた。
振り向けば、そこに立っていたのはーーかつての悪役令嬢で同室の、アプリル・ブラチスラバ。
「……アプリル?」
「サフィーを侮辱するのは許しませんわ」
「あなたはもう破滅した身でしょう。口を出す立場ではありませんわ」
「破滅したからこそ、見過ごせませんの」
彼女は私の前に立って、堂々とモニカに向き合った。
私をアプリルは庇ってくれている。
そしてきっぱりとした声音。その姿は、かつて断罪されたはずの令嬢とは思えないほど気高く見えた。
「くっ……!」
モニカは顔を歪め、取り巻きと共に去って行く。
静けさが戻り、私はアプリルを見つめていた。
「……ありがとうございます」
「礼など不要ですわ。 ただ、同じ過ちは繰り返したくないだけです」
そう言って、彼女は掃除道具を抱えて去って行く。
(ヒロインなのに、悪役令嬢に助けられちゃった……)
とはいえ、モニカの嫌がらせが止まるわけはない。
「まあ、またお勉強ですの? でも、サフィーさんは庶民出身だから、きっと点数を取るのは難しいですわよね」
「え……」
「はははっ!」
試験前、図書館で本を抱えていた私に、モニカはわざとらしい笑みを向けてきた。
取り巻きの笑い声が、静かな館内に響く。
「静かにしなさいわ。迷惑ですわよ」
それを破るようにアプリルが強く言い放つ。
持っている道具からして、アプリルは図書館の掃除をしていたみたい。
「あら、アタシ達は本を読みに来たのよ」
「でしたら、それこそ静かにしなさい。他の方々に迷惑ですわよ」
「くっ……」
モニカ達は私から離れていった。
それを見て、何事も無かったかのように清掃作業に戻っていた。
(……なんで。悪役令嬢だったはずの貴女が、私を庇うなんて)




