選ばれたヒロイン
「グルナ様、お菓子を作ってきたんです」
私は異世界にある食材で、グルナ様へ手作りのお菓子を渡した。
とはいえ、元の世界にもあるものばっかりだけれども。
それだけでも美味しいお菓子を作るのは可能だし、私だって作ろうと思えば作れる。差し入れで作ったこともあるし。
「まあ、ありがとう。いただくわ」
グルナ様は美味しそうに食べていた。さくさくと少しずつ食べている。
食べている様子も美しい。
「美味しかったわ」
食べ終わると、私に微笑んでくれた。
「いえ! グルナ様が喜んでいただけてなによりです!」
「これは殿下に渡しても、宮廷で出されるお菓子と遜色ありませんわ」
遜色ない……
それって、私のお菓子が宮廷のもの並って事。
嬉しい!
「そんな……たいそうなお言葉を!」
これはグルナ様にもっと気に入れたよね!
だから王子にもっと近づけるかも。
「貴女は素晴らしい才媛ね」
「あ、ありがとうございます!」
こんなに褒めてくれるなんて。
グルナ様は本当に私を気に入っているんだ。
「サフィーさん……アプリルの事、どう思いますか?」
「え……?」
不意に名を出されて、私は言葉を詰まらせた。
アプリルは私を何度も庇ってくれた。夜遅くまで勉強を教えてくれたこともある。
でも、殿下に優しくされる彼女の姿を見てからはーー胸の奥に黒いものが渦巻いている。
「……殿下と、仲が良さそうで」
思わず、本心が零れた。
グルナ様は小さく頷き、憂うような表情を浮かべる。
「そう……わたしも気になっていたのですが、アプリルは婚約を破棄されたはずなのに、殿下に取り入ろうとしている。普通なら身を慎み、二度と殿下に近づかないはずです」
「…………」
ちくりと胸が痛む。
「もしあの方が再び”地位”を求めるなら……貴女こそ危うい立場に置かれるでしょう」
「わ、私が……?」
もしかしてアプリルが私を陥れようとするのかな。
それとも逆に私をメイドにでもするのかな。
「でも、心配しないで。わたしは貴女の味方です」
白銀の髪が揺れ、柔らかな笑みが向けられる。
それだけで胸が熱くなった。
「グルナ様……!」
「あなたは、わたしが見てきた中でも稀に見る真面目で優しい少女ですわ。手作りのお菓子からもそれが伝わってくる。だからこそ、誰かに利用されたり、邪魔されたりしてほしくないのです」
その声は、優しいのにどこか祈りのようで、胸の奥に染みこんでいく。
「アプリルの事を、悪く言うつもりはありません。ただ、彼女はかつて”地位”を守るために周囲を利用した前例がある……殿下に近づくことで、再びその立場を取り戻そうとしているかもしれません」
「……そんな」
「だから、気をつけて。あなたが輝いているほど、嫉妬する人も多いものです。けれども大丈夫。あなたが信じて進む限り、わたしは必ず支えます」
グルナ様は私の両手を包み込み、藤色の瞳を真っ直ぐに合わせてきた。
「あなたは選ばれたヒロイン。殿下に選ばれるのは、貴女です」
その言葉に胸が熱くなり、目頭がじんわりする。
優しいのに、その中に『アプリルへの疑念』と『自分への信頼』を同時に植え付けるような響きがあることに、私は気づかない。
(うん、そうよ……私はヒロイン。殿下に選ばれるべき存在。アプリルなんかに……邪魔されてたまるものですか!)




