囁きに導かれて
黄昏の中庭。
夕陽が石畳を赤く染めていて、儚さと美しさを出していた。
私の影もこの場所を彩らせている。
そんな場所にもう一つ影がやってきた。
「……サフィー、少しお時間をいただけますか」
アプリルの声は静かで、それでも真剣さを出していた。
「なにかしら?」
私はちょっと緊張しながら、話を聞くことにする。
「グルナ様のことです」
アプリルは迷いなく言った。
「どうか……あの方を信じすぎてはなりません。彼女は、かつてわたくしを破滅へと追いやった張本人です」
「……!」
私の心臓が跳ねる。
昨日も、今日も、グルナ様は聖女のように皆を導いていた。
その姿と、アプリルの言葉がどうしても結びつかない。どうして彼女がアプリルを破滅に追いやるのよ。
アプリルが自滅するならまだしも……
「嘘よ……そんなはずないわ」
震えながらも私はアプリルに言葉を返す。
「嘘ではありません!」
アプリルは一歩踏み出して、私の手を掴んだ。
「わたくしは二度と同じ過ちを繰り返させたくないのです。どうか目を覚ましてください!」
サフィーの胸は大きく揺れる。
(アプリルの言葉は必死で……真実みたいに響く。でも、それを認めたら……私が”間違ったヒロイン”になる。”ヒドイン”と呼べる存在になっちゃう)
私は思いっきりアプリルの手を振り払った。
「もうやめて、アプリル。あなたはーー嫉妬しているだけよ!」
おそらく、私の言葉はナイフみたいに鋭くアプリルの心を傷つけている。それでもいい、アプリルは悪役令嬢だったんだから。
「……サフィー」
アプリルの声は小さく震えて、沈黙した。
(本当は……嫌いじゃない。むしろ優しい人だって知っている。でも……信じるのはグルナ様。だって私はヒロイン。間違っていたとは認めるわけには……いかないのよ……!)
夕陽の中で私達の影は交わらず、決して届かぬ距離を広げていった。
寮に戻ったあとも、胸の奥がざわざわして眠れなかった。アプリルはもう眠っている。顔を見ることは出来なかったけれど。
窓辺に腰をかけて夜空を見上げると、星はきらめいている。
異世界なので星座はどうなっているのか分からないけれど。
けれど、そんな星の光はどこか遠く、冷たく感じられた。
(アプリルは……私を守ろうとしてくれた。あの言葉も本気だったのかもしれない。でも……認めたら、私はヒロインじゃなくなる。間違った道を歩んでいるって認めることになる……)
私は両手で胸を押さえて、必死に自分へ言い聞かせる。
(大丈夫。私の道を導いてくれるのはグルナ様。あの方だけ……!)
そのとき、不意に耳元で囁くような声を聞いた気がした。
ーー『あなたは選ばれた人。恐れなくていい』
甘やかで、安心を与える響き。
夢と現の境目で、その声に縋るように私は目を閉じた。
夜風がカーテンを揺らし、静かな部屋の中で私は眠りへと落ちていった。




