拒まれた手
その夜。
寮の部屋で、アプリルが机の上の蝋燭を灯しながら静かに口を開いた。
炎に照らされた横顔は、かすかに疲れが滲んでいる。
「……誤解されて、辛くはないの?」
震える声に、私は一瞬答えを失った。
けれど次の瞬間、唇からこぼれたのは、まるで用意された台詞のような言葉。
「大丈夫。だって……グルナ様が信じてくださったから」
ぱちりと蝋燭の炎が揺れる。
その光の中で、アプリルの赤い瞳が大きく揺れた。
けれど彼女は何も言わず、背を向けてしまった。残された沈黙が、重く、苦しい。
(アプリルは……私を庇ってくれた。でも信じなかった。やっぱり……信じるべきなのはグルナ様なんだ)
翌日。
授業の合間、グルナ様は忘れ物をした生徒に、自分の道具を貸していた。
その所作はあまりに自然で、優雅でーーまるで花が風に揺れるように。
「ありがとうございます、グルナ様……!」
生徒もさっきまで慌てていたけれども、その優しさでもう落ち着いていて、グルナ様に感謝している。
その声に続いて、教室中からため息まじりの憧れが広がる。
「本当に聖女みたいだわ……」
「彼女が居るだけで空気が清められる」
そんな声が響く中、王子がふと呟いた。
「グルナ嬢は本当に素晴らしい方だ。彼女の存在が、学院を清めているようだな」
王子の言葉は重みを持って教室に落ち、誰もが深く頷いた。
私は胸が一気に熱くなる。
(殿下までも……やっぱり、私は正しい道を選んでいる……!)
数日後。
廊下でアプリルがそっと声をかけてきた。
「サフィー、また勉強を一緒に……」
振り向いた赤い瞳は、どこか寂しげに揺れている。
私は、心臓がちくりと痛むのを覚えながらも、微笑んで首を振った。
一緒に勉強をしたい気持ちは当然ある。
「ごめんなさい。今日は……グルナ様のお話を伺いたいの」
アプリルの瞳がかすかに揺らぎ、息を呑む音が聞こえた。
それでも彼女は反論せず、目を伏せて一歩退く。
横顔は、諦めと孤独を帯びている。
けれど私は気づかないふりをして、前を向いた。
(仕方ないの……私はヒロイン。ヒロインは聖女と立ち並び、選ばれる存在。”悪役令嬢だった”アプリルに縋るわけにはいかない……)
胸に残る罪悪感を振り払いながら、私は銀の髪を輝かせるグルナ様の影を追い続けた。




