試験当日
翌朝、目が覚めても胸の奥が重かった。
鏡に映る顔は、寝不足で少し青ざめている。
(大丈夫……昨日、アプリルに教えてもらったんだから……!)
鏡の前で何度も深呼吸し、リボンを結び直す。
(私はヒロイン。だから絶対に失敗しない……!)
教室へ行って、やがて試験が始まった。
緊張で手汗をにじませながら、私は答案用紙を前に震えていた。昨夜、アプリルに助けてもらったおかげで頭には答えが浮かんでくる。
(大丈夫……やれる……!)
すらすらと答えを書いていった。
だからこそ、私は後ろからモニカとその取り巻き達が冷たく見ていたのに、気がつかなかったのかもしれない。
「先生! この答案、おかしくありませんか?」
試験が終わって、答案が集められた時、モニカが大声を上げた。
「サフィー様、貴女はアプリルの手引きで答えを盗んだに違いありませんわ!」
ざわざわ……と教室が揺れた。
私の顔から血の気が引いていく。
「そ、そんなこと……」
私は否定するけれども、声が震えている。
これじゃあ、黒だって言っているようなもの。
「待ってください! 彼女は真面目に勉強していました。わたくしが証人ですわ!」
この騒ぎになったのを知ってか知らずか、教室にアプリルが慌てて入ってくる。掃除道具を手にしたまま。
当然、アプリルは弁護している。間違っていない。
でもモニカは鼻で笑っていた。
「あなたがルームメイトだからでしょ? 一緒に夜遅くまで勉強していたんですもの、答えを盗んでも不思議じゃないわ!」
周囲の生徒も「なるほど……」と囁き始める。
アプリルの声はかき消されて、私はカンニングをしたことにされようとしていた。
このままどうしようもないのかな。
「おやめなさい」
澄んだ声が教室に響いた。
扉のそばに立つグルナさんが、静かに歩み出る。
銀色の髪が光を受けて、彼女の姿はまるで聖女。
「サフィー様は潔白です。昨夜、図書室で参考書を探す彼女を見かけました。努力していたのを、この目で確認しています」
生徒達が一斉にざわめく。
「やっぱり……」
「さすがグルナ様……」
この瞬間、私の疑惑は徐々に晴れていった。
それと共にグルナさん……グルナ様への尊敬と感謝の心で包まれる。
「グルナ様……!」
私の胸が熱くなって、手が震える。
アプリルの声は、誰の耳にも届かなかった。
必死に庇ってくれていたはずなのに、周囲の囁きは「なるほど、怪しい」という冷たい響きばかり。
けれど……
「サフィー様は潔白です」
その一言が響いた瞬間、空気が一変した。
教室のざわめきが止み、光に照らされたグルナ様の姿を、皆が食い入るように見つめている。
誰もが頷き、誰もが信じた。
(……同じ事を言ったはずなのに……どうして?)
アプリルが懸命に差し伸べた手は届かず、グルナ様の囁きは奇跡のように人々を動かす。
私はその差をまざまざと見せつけられ、胸の奥で何かが軋んだ。
(これが……本物の聖女。誰からも信じられる存在……私は……この方を信じるべきなんだわ……この方を信じれば間違わないんだ……)
アプリルは悔しそうに唇を噛んでいるのを、私は見てしまった。
胸の奥に、微かな罪悪感が出てきてしまう。
教室はすぐに平穏を取り戻し、生徒達は「グルナ様のおかげだ」と称賛を続けた。
私は黙って席に座り直したけれども、心の中で二つの声が響いていた。
(アプリルの優しさ……)
(グルナ様の圧倒的な力……)
比較するように、心はグルナ様へと向かっていく。
私は徐々に彼女を信じようとしていた。
試験が終わって教室を出る時、私はアプリルに会いに行こうとしたけれど、背後から囁かれる声が耳に入ってしまった。
「アプリルが庇うなんて怪しい」
「やっぱり昔と同じね」
「そうそう。あの人、破滅する前はあくどいことをしていたじゃない」
鋭い視線が掃除をしている彼女に向けられ、私は思わず肩をすくめる。
どれほどアプリルが必死でも、誰も信じてくれない。
この話を聞いて私は立ち止まっているうちに、アプリルは別の場所に移動してしまった。
「でも……グルナ様が『潔白だ』と仰ったなら間違いないわ」
「やっぱり聖女よね……」
「あの人の言葉は清らかで、正しいのよね」
周囲の頷き。称賛の眼差し。
庇ってくれたのはアプリルだったはずなのに、みんなの心を動かしたのはグルナ様の一言だった。
(……優しいだけじゃ、誰も信じてくれない)
私は無意識に拳を握りしめていた。
そんな時、廊下の先に立つグルナ様を見つけた生徒達は、一斉に憧れの眼差しを向けた。
彼女が軽く微笑むだけで、ざわめきは潮が引くように収まり、空気は浄化される。
(……同じ『庇ってくれる』でも、こんなに違うんだ)
私は唇を噛み締めながら思った。
アプリルの声は届かない。けれどグルナ様なら、世界を変えてしまう。
(信じるなら……どっち?)
心は葛藤を続けていた。
「グルナ様!」
「あら、サフィーさん」
私はグルナ様に声をかける。お礼を言いたかったから。
「さ、さっきはありがとうございます……!」
「良いんですのよ。貴女の頑張りは本物ですから」
グルナ様は微笑みながら私の頭を撫でてくれた。
嬉しくてドキドキしちゃう。
「グルナ様……そう言ってくださって光栄です!」
「いえいえ。わたしはサフィーさんを大切に思っていますから」
「そんなに言ってもらえるなんて……!」
緊張していたけれども、グルナ様と会話しているうちに、ほぐれていって笑顔が出てきていた。
でも……
「アプリル、何をしているのかしら」
そのグルナ様の声で見てみると、アプリルが私の近くで掃除をしていた。
さっきここは掃除していたのに……それにアプリルは私とグルナ様を見ているような……
「いえ、わたくしは掃除をしているだけです」
「話をしているから、この場所は後ですればいいから」
「……分かりました」
アプリルはグルナ様の言葉に従って、離れていった。
グルナ様って……アプリルには冷たい……?
「あの、グルナ様……?」
「彼女は破滅する前は、試験時に取り巻き達と協力して色々と不正をしていたのよ」
「ほ、本当ですか……?」
「とはいえ、噂ですけれどね。そこまで信じなくても大丈夫よ」
微笑みを戻すけれどもそんな話、初めて聞いたな。
まあ、当然アプリルも自らする訳ないよね。
でも不正をしていたなんて……モヤモヤするかな。
(そういえば……ゲームでアプリルはそんな事をしていたっけ)
ルートの一つでは、確かアプリルは試験でカンニングとかをしていたのを思い出す。学院で一位を取るために。
となればグルナ様が言っている事は、真実だ。




