試験前夜
試験前日。
「うう……難しい……」
当然、この世界でも試験はある。むしろ、佐奈だった時よりも難しいかもしれないような。高校でやる試験よりも何倍も。
しかも中間試験や期末試験といった感じじゃなくて、それぞれのタイミングで行われている。
それをこれまでも何度も行っていて、試験結果も良かったり悪かったりしていた。
勉強はしてきたけれども、簡単には覚えられない。
私はそれぞれの教科書を見ながら、ノートへ試験に出るであろう内容を書き込んでいく。
元の世界と同じような事は分かるけれど、歴史や制度といったものは一からに近い。
「この国の歴史がこんなに複雑なんて……落第したくない……」
思った以上に、この国って建国されてから、長くて多い。
覚えるのが辛すぎる……
でも、アプリルは涼しそうに私を見ていた。
「泣き言を言っている暇があるのでしたら、一問でも解けるように勉強しなさいな」
紅茶を飲みながら厳しい事を言うアプリルだけど、カップを私の前に置いてくれた。
そして隣に立って、別に教科書やノートを出す。
「どこが分からないのかしら?」
「アプリル……教えてくれるの?」
「わたくしがメイドでも、ルームメイトが落第では気分が悪いですわ」
呆れたような声を出しながらも、アプリルの表情は嬉しそうだった。
「ありがとう……」
それから私はアプリルに教えてもらいながら勉強をしていた。
夜はすっかり更け、窓の外には学院の塔が黒い影を落としていた。
蝋燭の小さな炎が私達の間を揺らし、紙の擦れる音だけが部屋に響く。
「この辺りは前回の試験にも出たわ。覚えておくといいですわ」
アプリルは紅茶を啜りながら、さらりと指先で図表を指し示した。その横顔はどこか遠く見ているようで、光に照らされた赤い瞳が影を落とす。
私はペンを止めて、つい彼女の手元に視線を落とした。
白魚のような指先には、雑務で新しく出来た小さなタコがある。
(どうして……破滅済みの悪役令嬢なのに、こんなにも頼もしくて、綺麗なんだろう)
「ありがとう……」
アプリルは微笑むでもなく、ただ静かに頷いただけだった。
勉強が終わって机に伏せながら、私は紅茶の香りにほっと息をつく。
(……アプリルって、本当に優しい。でも……私はヒロイン。ヒロインは自分の力で試練を乗り越えて、最後に選ばれる存在。だからーーどれほど助けられても、”私の物語”は譲れない……)




